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小屋に戻ると、シャチとペンギンが一目散に駆け寄ってきた。

「リバーー!遅かったなァ!何やってたんだよおー!」
「まったく、心配したんだぜ!」

なんて言いながらも二人の手には骨付き肉がしっかりと握りしめられていて、いまいち信憑性に欠ける。他のクルー達は寝入っている者もいたが、何人かはまだ起きていて、おれに礼を投げかけてきた。隣に立つローが呆れたようにため息をつく。

「…お前ら、まだ食ってんのか」
「だってまだまだあるんですよ!荷車一杯に乗ってたし、船にいるヤツらにも持って帰ってやりましょうか」
「ほら、リバーも食えよ。よくこんな豪勢な飯手に入れられたなァ」

シャチがぽんぽんとおれの肩を叩きながら、小屋の中に運び込まれた荷車を指さした。そこには分厚いハムのはみ出たサンドイッチから赤身魚の握り飯、丸ごとフルーツに野菜サラダと、あらゆる飯が乗せられた飾り棚に詰め込まれていた。

あの男、どんだけ金をつぎ込んだんだ。おれは生気の失せた目で色とりどりの料理を眺めた。とんだ変態野郎だったが、金の気配を察したおれの目に狂いは無かったらしい。睦言のひとつでもくれてやった方が良かったか、と悲惨な末路を辿った男を一瞬哀れんだが、いやいや、とすぐに首を振る。大人しく縛られてやった時点で、この飯代は返したも同然だ。

「おい、食わねェのか?腹減ってるだろ」
「………いや、今は良い。気分じゃない」

肉を差し出してきたペンギンの手を掌をかざして止めた。男に縛られあまつさえ跨って乗られ撫でられた腹に、その金で買った飯を納めたくない。あの緊縛野郎、舐めようとまでしてやがったし。おえ、と顔をしかめたおれに、シャチとペンギンが慌てたようにしがみついてきた。

「ええ!食べろよ!新入りパシらせて自分達だけ食うとか、なんか後味悪ィだろ!」
「そうだぞ!それにお前、ウチ入ってから食うようになったけどまだ栄養不足だからな?」
「は、はあ?何、おいやめろって」

サンドイッチと握り飯を両端からぐいぐいと押し付けられて、おれは後ずさった。無理やり座らされて、あれも食えこれも食えとせっつかられる。食う気になれないと伝えても、二人は聞く耳を持たない。一体なんなんだ。


「…おい。とっとと食え」

声のした方を見上げると、爆睡するベポに凭れたローが、目を閉じながらおれを指さしていた。いや、あんたまでかよ。半ば寝る体勢になってるくせに、何を言い出す。おれが飯を食うような気分で無いこと、あんたが一番分かってるだろ。
むす、と睨んだおれを無視してローは帽子を目深に被った。

「食わなけりゃ、強くなれねェぞ」
「……!」
「そうだぜー。ほら、食え食え」

…確かに、おれはもっともっと強くならなきゃいけない。こんな弱いままではだめだ。いつかはおれが、ローや仲間を救えるようになるように。そう、いつも助けてくれるローの優しさに報いるために。

眉間に皺を寄せながら、シャチが差し出すサンドイッチをがぶりと食べた。二人は歓声をあげてやれ水だやれフルーツだと騒ぎ始める。

あれこれと世話を焼く二人に、おれはふと既視感を覚えた。たぶんこの光景は弟の面倒を見ていたかつてのおれとよく似ている。食べてくれないと不安で…元気で、健康でいてほしくて。自分の飯そっちのけで、弟に押し付けてたっけ。あいつはいつもそれに怒ってたけど。

口元に押し付けられた握り飯を大きく頬張った。ペンギンとシャチが楽しげに笑う。…何がそんなに嬉しいんだか。思わずおれもつられて苦笑した。小っ恥ずかしいけど、悪い気はしない。

でも、もしかしたら。おれを見るクリスもこんな気持ちだったのかな。…兄ちゃんて、こんな感じなのかな。

酷くあたたかい気持ちになった自分が恥ずかしくて、おれは二人の手からサンドイッチと握り飯を奪い、黙々とそれを食らった。愉快げな笑い声が響いて、さらに気恥ずかしくなってしまったけれど。



腹十分目、いやそれ以上。嫌悪感など嘘のようにおれは満腹になって、気付いたら眠っていたらしい。
窓から差す陽光が瞼を照らして、じわじわと目が覚めた。朝なのか昼なのか、寝ぼけた脳では判断できない。両端にはシャチとペンギンが寝転がってぐうぐうと眠りこけていた。

目線を上げた先、仰向けになって呑気に鼻ちょうちんを膨らますベポの腹に見慣れた姿が無くて、おれは緩慢に辺りを見渡した。すぐに、窓の横に立って太陽から身を隠すようにして外を眺めるローを見つけた。影になってよく見えないけど、その横顔は別に深刻そうでは無い。

固まっていた身体を伸ばしてから、シャチとペンギンを起こさぬように立ち上がる。他のクルー達も思い思いの場所で眠っていた。まだ朝なのだろうか。
ローの隣に立って、おれもその肩越しに窓を覗いた。広大な畑の跡地に人影は見えない。

「…追っ手は来てねェか?」
「ああ」
「もしかしたら、あの緊縛男が海軍に告げ口するかもと思ってたけど」
「…案外、そっちの具合が良かったんじゃねェか」
「………ぷっ」

振り返ったローと顔を見合わせてにやりと笑う。だったらおれも後腐れ無くて良いな。なんて思っていたら、ローがふと目を伏せた。逆光で影に覆われた意外と長い睫毛に気を取られていると、パーカーの袖口をするりとたくし上げられた。

見ると手首には縄の痕がまだうっすらと残っていて、ローの指がそれをなぞるようにして添えられている。冷たい指が肌の上を動く感触に耳に熱が集まるのを感じた。…なんだ、これ。どういう意味?ローの表情は全く変わらなくて、何を考えているか分からない。

「……なに」

照れくさくて少しむくれた声が出た。しかしローは何も言わないまま、ただおれの手首を握りしめるだけ。静かに二人分の手を見つめるローの後ろから日が差して、帽子や髪の輪郭が淡く光っている。それに目を奪われているうちにぱっと手首が離された。

ローは何事も無かったように再び窓の方を向いて「もう日が登った」と呟いた。おれも変な空気を雲散させるようにふるふると首を振って「そうだな」と返す。なんだったんだ、今の。

ローの指の感触を散らすようにさすってみたけど、握られていた手首はやけに熱いままだった。


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