中将との間合いを測りながら、ローは天馬となったリバーが天高く舞い上がるのを横目に見た。海兵達は空に向かってがむしゃらに銃を放つが、空へと駆ける天馬の速度にはまるで敵わないようだった。届かない弾丸を嘲笑うように、黒々とした翼が勢いよく振り下ろされる。
二日前、賞金稼ぎの男を薙ぎ払った時と同じ、翼の風圧による斬撃だ。真下にいた海兵達が風のあおりを受けてばたばたと倒れていく。
流れるようなリバーの攻撃に、ローは密かに微笑んだ。うだうだと何やら悩むリバーも別に構わないが、そうやって溌剌としていてくれた方が此方の気も楽だ。
すらり、と鬼哭を抜きながら、意識を前に戻す。…サークル内に収まった目の前の強靭な海兵は、先程から何故かローに集中しきれていなかった。中将ともあろう者が、一体何に気を取られているのか。
「……おい、その剣はお飾りか」
「……っ!!」
構えた鬼哭を、空気を割くように薙ぐ。真っ直ぐに飛んだ太刀筋のすんでの所で飛び上がり、中将は二歩三歩、宙を駆けてそれを避けた。確か、六式とかいう体術の一種だった筈だ。空中を闊歩し此方に向かってくる姿を冷静に見ながら、鬼哭を再び構える。
宙から斬りかかってきた刀を、頭上で難なく受け止めた。ぎりぎりと擦れ合う刀越しに、相手が嫌に切羽詰まった顔で睨み上げてきたのでローは眉を顰めた。ただ単に海賊を憎む海兵、という単純な感情で動いているのでは無さそうだ。
「……ットラファルガー!あの一角天馬は、貴様のなんだ…!」
「………部下だが、それが何だ」
「部下だと!あれの価値も知らずぬけぬけと……っ!」
「価値だと?…おい、何の話をしてやがる」
「あれは海賊に見合う代物では無い!!手放せ!!」
「おれのもんを、何故手放さなきゃならねェ。……タクト」
リバーが風圧で弾き飛ばした海兵の刀を、切っ先を中将に向けて真っ直ぐに飛ばす。一体、何の話をしているのだこの海兵は。リバーのことを知っているような口振りで。
飛ばした刀が蹴り飛ばされ、競り合っていた鬼哭が強い力で押し返された。その力を横に受け流して後退するローを、何かに焦ったような目がキツく睨む。
と、その時、ローの円の中に真新しい制服をきた若い海兵が飛び込んできた。手には何も武器を持っていない。リバーの風に飛ばされたのだろう。明らかに絶望しきった顔で、その海兵はよろよろと敬礼の姿勢をとる。
「…っ、モモンガ中将!!あの馬、弾丸が届きません!大砲使用許可を!」
「馬鹿者、あれは傷つけては駄目だ!」
「え?し、しかし…」
「無傷で生け捕りにしろ!!」
「そ、そんな…!!」
一体どうやって、とあからさまに動揺する一兵卒は、自らがローのサークル内に入ったことに気が付いていない。モモンガと言うらしい中将が真っ先にそれを認め、「阿呆か、円内から出ろ!!」と声を張り上げる。
無能な海兵のお守りまで仕事のうちとは、さぞ気苦労の多いことだろう。鼻で笑って、ローは無情に鬼哭を振りかざした。
「もう遅ェ」
「ぎゃあッ!!……っえ、ええ!?」
胴を境に真っ二つに切れた海兵は、それでも痛み無く動く身体に青ざめ叫び声をあげた。
そのままモモンガに放った斬撃は、ひらりと紙のように躱される。これも恐らく、六式の一つ。伊達に中将を名乗っている訳では無いようだ。しかし、注意散漫のままではローの前にその粗を隠すことは出来ない。
「……シャンブルズ」
「…!!」
サークル内に入るのは駄目だと知っていても、技までは把握していなかったらしい。モモンガの足元の石と入れ替わったローに一瞬後ずさったその隙をついて、顔面に向かい直線上に鬼哭を突く。そしてそれと同時に左手の指をくい、と動かした。
「タクト」
突きを避けたモモンガの足に、胴にまで届く大きさの岩を勢いよくぶつけた。バランスを崩して倒れるその上半身を、思いきり足で踏みつける。
「…は、無様だな。リバーに気を取られていたことは言い訳にならねェぞ」
「…っ、トラファルガー、大人しくあの青年を引き渡せ!!」
鬼哭を顔面の横の地面に突き立て、ローはモモンガの胸を踏む足に力を込めた。肺を圧迫されたモモンガは、しかし依然として闘志の燃える目でローを睨み上げる。
「…さっきから、ふざけた事ばかりほざきやがる。何故リバーを知っている」
「今、ここでお前に告げる必要はない!しかしあれは、断じてお前の物では無い…!!」
物。物か。リバーが、物?ローの脳裏に、昨日の夜、縄の痕の残る手首に必死に爪を立てていたリバーの姿がよぎる。
彼はあの寒々しい島で弟と二人、飢えに苦しみながら必死に生き抜こうとしてきた。両親にごみのように捨てられ、そして受け継いだその見目を売り物にしたくないと死に物狂いで抗ってきた。
しかしローの言葉に感化され、つい先日彼はその身を犠牲にしようとしてしまった。物のように縛られた後、その縄の痕に恐れ慄いた青年が、ローを見て安堵したその一瞬の顔を、この海兵は知らない。
普段飄々と構えた青年が、今にも泣き出しそうな目で此方を見ていたのだ。
あれを見て、物などと言えるものか。