「ねえねえねえ、何だったのあれ!悪魔の実よね?あれペガサス?でも角生えてたわよね?幻獣種なの?ゾオン系って人型にもなれるって聞いた事あるけどどうなんの?上半身だけ馬になるの?それって絵面的にどうなんの?」
「…………………」
海軍を水に沈め、バラバラに解体して島を出航したその日の夕食。大人数を相手にする戦闘は初めてだったこともあって全身だるいし、とっととベッドに飛び込んで眠りにつきたい。
その一心でおれはテーブルの一番端を陣取り、誰とも話をせず目の前の料理とだけ向き合っていた。筈だったのだが。
「ていうかペガサスって白じゃないの?まあいいや、黒がキャプテンに似合ってたし。いやー、キャプテンかっこ良かったなァ…あんた自分じゃ見えないだろうけどさあ、かなりイカしてたわよ、あんたの上に乗ってたキャプテン!でさ、飛んでる時ってどんな感じ?ねえ聞いてる?」
肉を刺したフォークを口に加えたまま、おれは隣で永遠と喋り続けるイッカクをじとりと睨んだ。さっきからずっとこの調子だ。おれの睥睨など意にも止めず、答えを促すような笑みだけを向けてくる。
解放してくれそうにも無いので、おれは嘆息してイッカクの問いを思い返した。
「…あんたの想像通り、幻獣種の悪魔の実だ。ウマウマの実のアリコーン…まあ羽の生えたユニコーンだ。半獣型にもなれるけど、利便性が悪ィから翼を出すだけに留めてる。何で黒いかは知らない。ただおれには白の要素が一つも無い。飛ぶのは、歩く感覚とそんなに変わらない。翼を扇ぐのも脚を前に出すのも同じような感じだ」
「はーーーー………すっごいわね…キャプテンもあんたのこと拾うはずだわ」
別に、ローはおれが幻獣種だからって船に乗せた訳じゃないだろ。……と、思いたい。そういや仲間にしようとした理由なんぞ、聞いたことが無い。…聞いて、みようか。いやでも、能力者だから勧誘したなんて言われたらちょっと嫌だからやっぱやめとこう。思慮深いローのことだから、きっとそれだけでは無いと思うけど。
悶々と熟考しつつ、そろそろ食事を終えようと食器類を片付けようとすると、疑問が解消したらしいイッカクが何やらごそごそとつなぎをまさぐり、丸まった新聞を取り出した。
幾筋も皺の寄ったそれはこの女の豪快な性分をよく表していて、おれは間髪入れず「きたねェ」と感想を述べた。
「読めたら良いのよ、読むためのものなんだから。これ、今日の夕刊。さっき一瞬浮上した時に買ったんだ」
「…へェ。それが何」
「うーん…もしかしたらと思ったけど、流石にさっきの今だからあんたのことは載ってないわ」
ああ、成程。確かに海軍相手にあれだけの大立ち回りをしたのだから、新聞に記事を刷られても不思議じゃない。
「大丈夫、明日の朝刊には載ってるわよ!賞金もついたりしてねー!この船キャプテン以外には大した額の首がいないから、あんたがここでドカンといってくれれば鼻も高いってもんよ!」
「おれは別にどうでも」
「いやーー良い顔使われるといいわね…キャプテンの手配書はあたしら部屋に貼りまくってんのよ…」
「…………」
相変わらず人の話を聞かない奴だ。おれもこいつの話を聞かないことにして、さっさと席を立つ。
懸賞金、ね。所詮政府が政府の基準で定めた枠組みに、どうして海賊が喜んだり嘆いたりするのか、おれにはよく分からない。推測に過ぎないが、多分シャチやペンギンの言うところのロマンってやつなんだろう。ローもまるで興味が無さそうだったし、理解できないままで良いと思う。
ただ、もし懸賞金がついたら身の危険が増大することは必至だろう。追ってくる相手の強さもどんどんと膨れ上がることは確実だし、おれはまだ精々二等兵くらいしか倒せない。ローのように海軍中将を相手取るには技量も度胸も全然足りない。
ふう、と重く息を吐いて、喧騒ざわめく食堂を後にした。船員室への通路を進みながら、今日の戦いを振り返る。まずおれに一番に足りないのは、恐らく体力だ。正直序盤からもう疲れていたし、技の威力もだんだんと落ちていた。
故郷では弟を守るために鍛えてはいたけど、大抵が変身した途端に腰を抜かして逃げていったし、しつこい奴も翼のひと仰ぎで飛んでいった。
でもこれから先は、そうもいかないだろう。生まれ育った海なのに全く知らなかったが、北の海から来たシャチ達曰くグランドラインってのはとんでもない猛者が集う海らしい。能力者の数も四つの海とは段違い、ここは前半だからまだマシだが後半に行くと更に奇天烈なことになるそうだ。
…ローは、そんな危険な海で、何故おれを船に乗せてくれたんだろう。悲しみを受け持つなんて、どうして言ったんだろう。役に立つかも分からないのに。
気になる。それは嘘じゃないけど、本当は理由なんて何だっていい。能力者だったからとか、そんなきっかけだったとしても別に良いんだ。出会ってから今までの間に、ローがたまにくれた酷く優しいものを守りたい。それは弟と生きていた時に、確かにおれ達の間にあった何かに似ている。柔らかくて、温かいもの。
ローだけじゃない。この船にある温かい何かを、守れるようになりたい。
そんなことを考えて、ふと気付いたら船員室に着いていた。中は静まり返っていて人がいなかった。皆まだ飯を食べている時分だろう。
広めの室内には、二段ベッドが幾つか置かれている。おれは一番手前のベッドの上階に勢いよく飛び込んだ。すぐ横の壁にある船窓から、深海をぼんやりと眺める。
紺碧の暗い海が、苦しんで死んだ弟を差し置いて居心地の良い場所を見つけた自分を攻めているような心地がして、酷く胸が傷んだ。ごめん、ごめんな。お前を死なせちまった、駄目な兄ちゃんで本当にごめん。
ぎゅっと目を閉じる。…何処からか、良いんだよ、という優しい声が降ってきたような気がした。
唸るような機械の音と、がたがたと激しい船の揺れではっと目が覚める。瞼を開けた先の窓には淡い色彩の海があって、自分が仰向けのまま昨晩と全く同じ体勢で寝入っていたことに気づく。
緩慢に体を起こして下を見ると、同じ様に目覚めたらしいクルー達が、不思議そうに顔を見合わせざわめきだしていた。確かにまだ、次の島に着くには早すぎる。
何か異常でもあったか。そう思ってベッドから飛び降りようとした時、船員室の扉か勢いよく開いた。見ると、駆けてきたらしいペンギンがどたばたと入ってくる。
「キャプテンが上に用あるらしくってよ、一瞬浮上した!またすぐ潜るから気にすんなとよ~!」
なんだァ、りょうかーい、とバラバラの返事が返る。よし、と頷いたペンギンはまた部屋を出ていった。
用、ってなんだ。なんとなく気になって、ベッドに掛けていた脚を踏み込んで床に飛び降りる。二度寝に突入するもの、起きて船の整備を始めるもの。途端に騒がしくなった船員室を後にして、おれは甲板へと向かった。
途中もしかしてと寄った船長室にやはりローはいなかったから、おれは確信を持って甲板へ続くドアを開けた。
まだ海水で濡れている甲板は、朝日を受けて眩しく光っている。薄暗い船内に慣れた目をしぱしぱと瞬かせながら前を見ると、ローが柵にもたれて手元に目線を落としていた。
多分おれが出てきた事には気付いてるだろうに、やけに難しい顔をして面を上げようとはしない。ぺたぺたと足音を鳴らして近づいてみると、どうやらローの手にあるのは新聞らしかった。もしかしてこれを買うために水面に出たのか?
すぐ隣で立ち止まって、おれも新聞を覗き込む。その間もローは何も言わず頁をめくり続け、とうとう最後の記事まで目を通してばさりとそれを閉じた。
ちら、と見上げると、困惑したような目と視線がかち合う。
「お前が、載ってねェ」
「……え?」
「昨日の海軍との小競り合いの記事だ。こいつ曰く、あそこで大量の海兵をやったのはおれ一人ってことになってる」
「…どういうことだ?」
「さっぱりだ」
苛立たしげに嘆息したローにずいと差し出された一面には、確かに昨日の島での一悶着が記事になっていた。そしてざっと目を通した中の一行にも、天馬のての字も無い。おれの存在がまるであそこに無かったかのように、文字が連なっている。
「…トラファルガー・ローの大立ち回りで海軍全滅………おれのこと見えて無かったんじゃねェの?」
「そんな訳があるか。あんな目立つもんはそうそう無い」
「…じゃあ、なんで?」
ローは帽子を深く被って目元を隠した。程なくして大きな舌打ちが鳴る。
「…どうも上は、お前の存在を公にしたくねェらしい」