上が、おれの存在を公にしたくない?何故、どうして?言葉の整合性がとれない。おれと政府にはなんの関わりも無い。繋がりが無い。
両親はただの貧しい商人だったし、捨てられてからも何にも頼らず生きてきた。政府とも海軍とも、ひとつだって交わる事の無い人生だったはずだ。
「…あの海軍の中将が妙なことを言っていた。お前は海賊の手に負える代物じゃないと」
「なんだそりゃ…なんで海軍がおれのこと知ってんだ」
「……確かあの島では、城に囚われていたな」
「そうだ、けど」
「何か言われなかったか」
と、言われても。城に入るまでの記憶は正直なところ曖昧だ。目の前で弟が死んで、その亡骸に駆け寄ることも叶わずに人買いに強引に引きずられて。前後不覚になる程叫び、半ば意識を失っていた覚えはある。牢に入れられてからの事もあまり覚えていない。
自分がいるのが王宮だと気付いたのも、次の日やけに身なりのいい男が牢の前に来た時だった。そこで確か、男が何かを人買いの親父と話していて……
「……こいつを売れば、完成に近づくための莫大な金が手に入る」
「…何?」
「そう、言ってた。王も喜ぶだろうって…」
「完成ってのは何の事だ」
「…分かんねェ。あん時のおれ、ぐちゃぐちゃだったから」
首を横に振って俯いた。思い出したくもない日々だ。弟の死という受け入れ難い事実と、汚い言葉を投げかけてくる人買い。次から次へ牢を訪れる下卑た連中。
項垂れるおれの頭を、ローがぽんぽんと撫でてきた。…自分の状況も分からない奴にまで優しくしてくれんのかよ。がしがしと、雑にもとれる動きで髪を梳きながらローは「くだらねェ連中の考えることなんざ分からなくても良い」とぽつり漏らした。
「…妙なのは、城に売られたはずのお前を更にどこかに売ろうとしてたってことだ。てっきり人買いが王宮から金をとろうとお前を攫ったのかと思ったが、もしかしたら先に目をつけてたのは王宮の方なのかもしれねェ」
「…王宮が、おれを売るために人買いに攫わせた…ってことか。何で、そんなこと」
「さァな。推測でしか無い。何を完成させるつもりだったのか、何のために金がいったのか、まるで分からん」
おれを何処かへ売って、国は莫大な金を得ようとしていた。…全ては恐らく、おれが幻獣種の悪魔の実なんか食っちまったことが原因なんだろうけど。たった、それだけのことで。そんな事のために、物のようにたらい回しにされて、たった一人の大事な弟を殺されなきゃならなかったのか?
…ローが気に入ってるって言ってくれなきゃあ、天馬の翼なんぞ今すぐひきちぎっていた。おれは、物じゃない。弟の命はあんな簡単に奪われていいものでは無かった。挙句政府まで出てきやがって、これ以上おれに何の用があるっていうんだ。
海水に濡れた甲板を睨みつけていると、頭を撫でていたローの手が頬に添えられて、そのまま顔を上げるように導かれた。見上げた先のローはとても静かな顔をしていて、何故だか自分の心まで凪いでいくのを感じる。
ローの背後には淡い青空が広がり、今まさに朝日が登ろうとしている。影になって暗がるローの顔の中で、薄灰色の瞳だけがきらきらと光っていた。
「お前にどんな値打ちがあろうと、それはどうでもいい」
「………」
「…リバー。お前は、何処にいたい」
「おれ、おれは……」
言っても、いいだろうか。ここにいたいと。自分の得体も知れない、これからどんな迷惑をかけるのかも分からない。政府に存在を消されていること、それがどれだけの事態なのかもよく分からないんだ。ハートの皆を危険に晒すことになるかもしれない。
…でも、でも、おれは。
「お前はどこのリバーでありたい」
吹いた風が帽子を被っていないローの髪を揺らして、顔に光が差した。照らされる口元が不敵に弧を描くから、おれも思わず眉を下げて笑ってしまった。
言っても、いいんだな。あんたは、こんなおれでも受け止めてくれるんだな。
「…おれは、ここにいたい。あんたの傍で、一緒に海を進みたい。……弟の分まで」
言い切ると、ローはにやりと微笑んでおれの目元を親指で撫でた。…泣いては、いないはずだけど。変な顔をしてただろうか。
「上出来だ。…お前は物じゃない。ウチのクルーだ」
「ん……うん」
「だから、政府が来ようが海軍が来ようが、胸張って海賊やってりゃ良い。…おれも少し過敏になっていた。悪ィな」
「いいよ……全然、そんなの」
ぼそぼそと言って、おれはぎゅっと目を閉じた。ローがまた笑った気配がして、冷たい手が髪を梳く。一体何を思っておれに触れてくれるのか分からないけど、ローに撫でられるとふわふわして熱くなって、今まで感じたことの無い感情になる。悔しいけどそれが酷く心地よくて、こうやって甘んじて受け入れてしまう。
…たとえおれの身体が物のように売買されていたとしても、ローがおれをおれとして見てくれているなら、それで良い。
瞼の裏でそんなことを思っていると、カンカンと足音を響かせて誰かが上がってくる気配がした。ローの手が離れ、おれも顔を扉の方へ目を向けた。
「キャプテーン、そろそろ潜りますー?あれ、リバーもいたのか」
「あァ。今行く」
ひょっこりと顔を出したのはシャチだった。恐らくローは新聞だけ買ってすぐに船内に引っ込むつもりだったのだろうが、思いがけず長居させてしまった。
連れ立って甲板を後にすると、シャチがおれの持っていた新聞に目を留めてあっと声を漏らした。
「この麦わら帽子の奴、前も新聞載ってましたよね?どっかの船長で、確かアラバスタとかいう国で騒ぎ起こしたって」
記事に目を落とすと、麦わら帽子を被った男の満面の笑顔がでかでかと掲載されている。緊張感の欠片も無い顔。…これが、船長?
『ーー司法の島エニエス・ロビーにて、政府の旗を狙撃する蛮行。一連の事件は、モンキー・D・ルフィ率いる麦わらの一味の世界政府に対する宣戦布告と捉えて差し支えないだろうーーー』
記事を読む限り、かなり無鉄砲な連中のようだ。世界のことを大して知らないおれでも、政府への攻撃という行為の重みは分かる。しかしこの麦わらの男、懸賞金の跳ね上がり方が凄い。
「…懸賞金3億ベリーだって」
「えェ!?だってそいつ一年かそこらのルーキーだろお?政府に面と向かって楯突くような馬鹿はすげェなあ」
「あァ……麦わら屋か」
麦わら、屋?知ってんのか。前を歩くローを見上げると、既に記事を読んでいたのか愉快げに笑っている。てか麦わら屋ってなんだ。こいつ麦わら帽子売りながら海賊してんのか?
もう一度へらへらとした笑みを浮かべる男の写真を見つめていると、シャチがからからと笑い声をあげた。
「あんま気にすんな。キャプテンのこれは癖だから」
「……癖ェ?」
屋ってつけんのが?…どんな癖だよ。しかしローはおれ達の会話に全く耳を傾けず、相変わらず楽しげな表情でモンキー・D・ルフィが載った新聞の一面を見下ろした。
「…海軍が揉み消しちゃいるが、恐らくアラバスタでクロコダイルを討ったのはこいつだ」
「えっ!?まじですか?ひょえ~~~……」
「七武海の一角を退け、次は世界政府。イカれてやがる。面白ェ」
あんたが、そこまで言うのか。むっとして睨んだ先の紙の向こうの男からは、何の威厳も感じられない。
でも、過去とか自分の存在とかにうじうじ悩む自分が阿呆らしくなるような、そんな呆気からんとした笑みを持つ男だと思った。ローがこんなにも興味を持つなんて、何だか少し腹が立つ。