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しん、と沈黙がおりる。目の前の薄青の瞳に、自分の顔が映っているのをぼんやり眺めた。
あんたは今、何考えてんだろうな。言うこときかない可愛くねェ部下に呆れてる?怒ってる?
でも、どうせあの故郷で朽ちるはずだった命だろ。全部あんたのために使っちまったとしても、最期の時きっと後悔は無い。

ローが先に目を逸らして、自分とおれとの視線を切った。ふ、と酸素が回って、頭が再び痛み出す。
後ろを振り返ったローは、黙ってやりとりを聞いていた男を見下ろした。男がまた静かに頭を下げたので、おれは顔を背けて舌打ちを漏らした。自己満足の礼なんていらねェってのに。

「…すまない。元はと言えば私が、」
「意味の無い謝罪はいらねェ。どうせ後悔はしてねェんだろうが」

押し黙った男から目を離さないままにそう言って、ローの掌がおれの傷跡に押し当てられた。未だじくじくと痛みを訴える皮膚の熱が、ローの手に移っていく。
きっと一生消えないであろう痕。おれの身体は、そんなもんだらけだ。海賊なんてものになったんだから、これからもっと増えていくんだろう。
ちらりと見上げた先、帽子の影で薄暗くなった目元が、仄かに光った。


「…リバー。お前が意識を失ってから、こいつに話を聞いた。……少々知りたいことがあったんで、引き換えにこの村に蔓延してる疫病を調べることにした。原因は、樹熱という古い疫病だった。460年前の北の海発祥、現在の致死率は3%。この島は完全に時代に取り残されてやがった。今症状がでてる連中の処置は出来たから、後は原因の樹木を根こそぎ切っちまえばこの島での用は終了だ。……それだけだ、分かったな?」

澱みなく入ってくる言葉を、脳で理解していく。再びおれを見たローは、問いかけておきながら有無を言わせぬ様子だった。
おれはすぐに首肯した。ごちゃごちゃと考えていたが、あんたが言うのなら、細かいことはどうだっていい。
ローはにやりといつもの笑みを浮かべて、傷跡の上から手を引き抜いた。

疫病、樹熱、少々知りたいこと。流れ込んできた言葉をパズルのように組み立てて、咀嚼する。結論、やはりもう、どうだっていい。あんたが、全部納得してそこにいるのなら。

発言する機会を完全に奪われただ頭を垂れていた男が、恐る恐るといった風に顔を上げた。
ローは既に立ち上がってすたすたと歩き始めていて、おれはベポに抱かれて宙に浮いたところだった。別に良い、と言おうとしたけど、この貧血じゃまともに歩ける気もしないのでされるがままになることにした。

「わ、私の家族も、皆嘘のように健やかに眠っている。なんと礼を言えば良いのか…」
「しつけェぞ。礼はいらない。助けたわけじゃない…これはただの取引だ」
「しかし」
「ベポ、明日の朝には発つ。あいつらにも伝えておけ」
「アイアイキャプテーン!」

子気味よく返事をして駆け出したベポの肩越しに、後ろを振り返った。ローは鬼哭の刀身を抜きながら森へと入っていく。恐らく、疫病の原因の樹木を切りにいくのだろう。傍らの男は、またおれの方へ頭を下げていた。もうどうでもいいってのに。


ローの命を受けたベポはおれを担いだまま、村に散らばっていたクルーたちの元を回っていった。ベポの腕の中で大人しく縮こまるおれを指さしてみんな大爆笑していたので、後で翼で吹き飛ばしてやろうと決めた。

「ぎゃっははは、そうしてるとただの餓鬼んちょじゃねェかリバー!!」

はーおもしれェ、と笑いながらつんつん頬をつついてくるシャチの指を、憮然としてはらい落としてやった。何にもおもしろくねェよ。調子乗んな、の意志を込めて睨んだけど、依然へらへらと笑い続けるクルー達に全く効果は無い。
ベポの方へ顔を向けて黙り込んでいると、今度は結んでいた後ろ髪を軽く引っ張られた。

「リバーあんた、傷はどうなのよ?」

むっつり振り返った先では、イッカクが気遣わしげな顔でこちらを見下ろしていた。

「……え?」
「え、じゃなくてさ。キャプテン庇ってざっくりやられてたじゃない。処置はしてもらってたけど、やっぱまだ痛む?大丈夫?」
「………」

まっすぐ心配してもらえることに、やはりまだ、慣れることが出来ずにいる。

本当にただ、おれのことを案じているのが分かる。周りのクルー達も、笑みを消しておれを見ている。さっきまであんなに笑ってやがったじゃないか。

胸が熱い。鼻の奥がなぜだか痛む。弟の笑顔が、頭でチカチカと点滅する。返事をしようと思うのに喉が詰まって、おれは馬鹿みたいに瞬きを繰り返しながら、ただイッカクを見返すことしかできない。

「…リバー?」

頭上でベポの不思議そうな声がする。おれはふるふると首を横に降った。
もう痛くない。大丈夫。
それで通じたのか、イッカクはにかりと笑ってぐしゃぐしゃと頭を撫でてきた。ローとは違う、細っこくて、あたたかい手だった。

「ま、今日くらいゆっくり眠んなさいよ」
「そうだぜこの意地っ張り野郎めが」
「おやすみリバーチャン~~」

俯いて小さく頷いた頭を、色々な掌が撫でては離れていった。されるがまま、髪が乱れていく。人に触れられることなんて大嫌いだったのに、このザマだ。

ふかふかのベポの首元に顔を埋めて、おれはじっと、きゃらきゃらと笑うクルー達の声に耳を澄ませた。
ずっと皆のこの声を聴いていられたら良いのに、なんて。妙な欲望が、胸を渦巻き始めていた。


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