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その夜、ハートの海賊団は村人たちの半ば強引な誘いにより、村の空き家に泊まることとなった。家には病気にかからなかった村人が代わる代わる訪れては、ひたすらに礼を述べたり魚を届けにきたりと落ち着く間もない。

「おれたちゃ海賊だっつーのにな」
「そもそも病気治したのはキャプテンだしなァ」
「ありがとう、とか言われてもなァ」
「な~~」

ペンギンはシャチと二人、歯にものが詰まったような表情を浮かべて壁際に佇んでいた。我らがキャプテンは、“いい事”をしたわけじゃない。リバーのことを言いふらしていた海賊どもの足取りを聞き出すため、交換条件としてこの村を巣食っていた病を解明しただけだ。
そりゃ確かに、根っこにある医者の本能みたいなものが刺激されたってこともあるにはあるかもしれないが。
欠伸を噛み殺しながら、ペンギンは村人が持ってきた酒樽をひとつ持ち上げた。

「まァ貰えるもんは貰っとくか。これキャプテンに持っていってくるわ」
「おー…あ、ついでにリバーいねェか見てきてくれよ。さっきまでそこで寝てたのにいなくなっちまった」
「お?わーった、多分外だろ」

シャチに言われて部屋の奥を見てみると、既に寝入っているベポの隣りに、さっきまでいたはずのリバーの姿が無かった。本調子には程遠いだろうに、全くあの新入りは、大層無茶をする傾向にあるようだ。


もうすっかりハートのクルーに馴染んだリバーという人間は、まだ餓鬼のくせにスカしていて、弱音のひとつも吐かない青年だった。雪に覆われた灰色の島の、たった一人の生き残り。そんなに強くいられるはずなんか、無いのに。

キャプテンを庇って斬られた黒い毛並みの天馬が、ふとペンギンの脳裏に蘇った。舞い散る羽と、吹き出る夥しい血。
ツタに足を捕らえられて、落下する彼を受け止めることも出来なかった。したたかに打ち付けられた苦しげないななきが、耳にこびりついている。思わず舌打ちが漏れた。情けないったらありゃしないぜ、おれ先輩なのによ。

この島に着く直前、制御室で見たリバーの横顔を思い出す。

あんたらに心配してもらう度、なんか返さなきゃって思うよ。そう言った少し苦しそうな顔。

こんがらがった、頑固な奴だ。仲間なんだから気にすることねーっつーのに。世話がやけるぜまったく。
ふう、と息を吐きながら扉を開けた。途端、夏島の蒸し暑い夜風が体を包み込む。いくらグランドラインの気候に多少慣れたとはいえ、生まれは北の海だ。この暑さはキツいものがある。ペンギンは半袖を更にたくし上げながら、既に日の落ちた村を見渡した。


リバーはすぐに見つかった。
痩躯を丸めて昼間にいた休憩所の石に座り、じっと何かを見つめている。
ペンギンがあげたゴムで結んでいた髪は今は下ろされ、肩まで伸びた黒髪が風に靡いていた。表情のない端正な顔が、長い髪をさらさらと受け流していく。雪国育ちの白い肌も相まって、夜風に攫われちまいそうだな、とペンギンは到底本人には言わないであろう感想を抱いた。

酒樽を抱えて近づきながらリバーの視線の先を見やると、そこには予想通りにハートの海賊団キャプテンがいた。数メートル離れた位置にあるかがり火の下で、村人数人と何やら話し込んでいるようだった。オペオペの能力をフル活用して幾本もの樹木を切ったのだから疲労はあるだろうに、全く表には見せないのだから、毎度感心してしまう。

動かないリバーに視線を戻す。影のかかったグレーの瞳に、ローの姿とかがり火が反射しては煌めいていた。迫るペンギンには全く気が付いていないようだった。
人を寄せ付けない境界線のようなものが青年の周りにはあったが、ペンギンは当然それを無視して彼のテリトリーへと踏み込んだ。

「よっ、調子はどうですかリバーくんよ」
「……っペンギン」

軽く声をかけると、リバーが弾かれたように振り返った。切れ長の目が真ん丸に見開かれて、きょとりと此方を見上げている。どんだけキャプテンに集中してたんだよ、とペンギンはにやりと笑った。
それに気がついたのか、涼しげな眉がきゅっと引き寄せられた。

「…何ニヤついてんだ」
「べっつにィ?」
「………じゃ、なんの用だよ」
「なんの用もねェけど。キャプテンに酒届けに行くだけ」
「へーェ、あっそ。さっさと行けば」

膝に頬杖をついて、むくれた面がそっぽを向いた。
こういう時は照れてるんだって、もうすっかり分かるようになっちまったぜ。ペンギンはますます笑みを深くした。

「酒、お前も飲む?やめとく?」
「……やめとく」

ぽつりと答えたリバーの意識はまた、ローの方へと飛んでしまったようだった。長い睫毛に覆われた目が、ひたすらに一点を見つめている。そんなにしたらキャプテンに穴が開いちまうぜ、とペンギンは頬をかいた。

過去、この青年になにがあったのか、ローとどのような時間を積み重ねてきたのか、ペンギンはそう深くは知らない。知る必要も無いと思う。
ただ、古い付き合いの自分やシャチ、ベポとのどれとも違う何かが、二人の間にはある。

ふと、とっくに視線に気が付いていたであろうローが、ちらりと此方を振り返った。びくっと肩を震わせたリバーが、ぎこちなく俯いてその視線から逃げる。
風に吹かれて現れたシャープな耳たぶが、真っ赤に染まっているのが見えた。

「……いや、お前なんだそりゃ」

初恋かよ。なんてツッコもうとした時、背後からざりりと遠慮がちな足音が響いた。振り返って見ると、小さな少女が、手に1本の花を携えて立ちすくんでいた。日に焼けた肌に、見慣れない民族衣装のような出で立ち。この村で病にかからなかった、貴重な子どもだろう。

「……お、お兄、さん」

震える声で呼びかけて少女が見つめたのは、ペンギンではなくリバーだった。呼びかけておきながら、ペンギンを盾にするように少女が背後に回り込んだもんだから、なんとなく動けなくなる。

「あ、あの……私の、お父さんが、あなたに怪我させた。…ごめんなさい…この花、傷跡に効くの。使ってください…」

ああ、あの男の娘だったのか。ペンギンの背から踏み出しておずおずとリバーの前に歩み寄った少女は、小さな手で一輪の花を差し出した。
しかし目の前で揺れるそれに、リバーはまったく反応すること無く俯いたままだ。さっきまでの照れ顔が嘘のように殻に閉じこもってしまったその様子に、ペンギンは少し面食らう。
クルー以外と話す場面を見る機会はあまり無かったが、こんなにも雰囲気が変わってしまうものなのか。無表情で黙り込んだリバーには、ナイフで切った跡のような尖った空気が漂っていた。

「…おい、リバー?」

面倒臭ェのは分かるがそんくらい受け取っとけば、の意を込めて呼びかけると、伏せられていた睫毛が持ち上がり大きな目がひたりと少女を見据えた。小さな肩が、気圧されたようにびくりと震えた。

「いらねェ」
「え、で、でも…」
「うちのキャプテンがもう処置はした。他にはいらねェ」

リバーの少し低い掠れた声が、冷えきった色をしていた。確かに存在する、拒絶の空気。きっとこうやって、他人との間に幾重にも壁を作って生きてきたんだろう。
なんとなく彼と最初に出会った地下牢を思い出しながら、ペンギンは少女とリバーの間に割って入った。

「いらねーってさ。嬢ちゃん、もう家に帰んな」
「……うん。分かった」

返事をしてもらえただけでも上々だと判断したのか、少女は幾分明るい表情になって、ぺこりと頭を下げると踵を返した。
しかし、数歩進んだところで歩みを止めて、再び此方を振り返る。訝しげに眉を顰めたリバーと二人、少女と暫し見つめ合う。真っ直ぐな子どもの目が、きらきらと月の光を受けている。

「…お兄さん、気をつけてね」
「……?」
「お父さんが、あなたのこと天馬って言ってた。前に島に来た悪い人たちも、天馬の話してた。……お金になる姿をしてるから、いつかどこかに売られちゃうんだって。私、聞いた時には意味が分からなかったけど……あなたを見て、少し分かっちゃった」

少女は一瞬息を止めて、瞳いっぱいにリバーの姿を映した。ペンギンは無意識の内に、リバーを守るように少女との間に腕を翳した。伸ばされたペンギンの腕越しに、青年と少女と視線が絡み合う。


「…だってあなた、とっても、綺麗だもの」


ひゅ、と背後でリバーが息を呑むのが分かった。ペンギンは思わず空を仰いだ。今の一言で、触れてはいけなかった細い糸が幾つか切れたのが分かる。飲み込みの早いこいつのことだから、キャプテンが何故この村を救ったのか、全部分かってしまっただろう。
また重く受け止めるだろうから、隠しておこうと思ってたのに。


「あなた達のおかげで、皆救われた。ありがとう。……絶対、死なないでね」
「……ご忠告どーも」


去っていく少女の足音が消えると、しん、と空気が重くなった。厄介事だけ残していきやがって。ペンギンは小さくため息をついて、俯いて動かないリバーの隣へ同じように腰掛けた。
揺れる髪に隠れて、その表情は見えない。ただ、膝の上に乗せられた手が、白くなるほど強く握りしめられていた。

こいつ、まだ18だっけか。
いつも大人びた顔をして背伸びをしているから分かりにくいが、自分とは8歳もの差があるのだ。ペンギンは深く被った帽子のつばを抑え、なんとなく星が瞬き始めた空を見上げた。


「…な、リバー。前も言ったけどさァ、おれたちゃ仲間だろ。お前のことを気にかけるのに、理由も何もないんだぜ?」
「……全然、慣れねェ…それ」

打ちひしがれたような声色だった。

「ほんとに、全然……」
「じき慣れるさ」
「………」

隣合わせのリバーが今どんな顔をしているのか、ペンギンにはなんとなく分かった。だから、空を見上げたまま、顔を動かさなかった。
見なくていいし、見たいとも思わない。
弱いところを見せるのを嫌う奴だから。きっと自分は、この位置に座っているだけで良いのだ。


向こうから、話を終えたらしいローがこちらへ歩いてくるのが見えた。項垂れたリバーはまだ気が付いていない。ペンギンは、帽子で隠れた目元をほっと緩めた。


多分あの人が、この頑固な男に効く唯一の特効薬。
後は我らがキャプテンに任せるとしよう。




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