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眠りについた時と全く同じ体勢で意識が浮上した。暫くパチパチと瞬きを繰り返して現状把握に勤しむ。
夢も見ずに、死んだように眠っていたみたいだ。身体を包む布団からは相変わらずローの匂いがする。うつ伏せに枕に顔を埋めて思わず堪能してしまう。
おれ、匂いフェチの変態だったのか。いやでも他人の匂いを気にしたことなんて一回も無い。…ロー以外は。いやおいおいそれってどうなんだ?なんであいつ限定?
悶々と唸り声をあげてから、ふと外の状況が気になった。夜には戻るとローは言ってたが、どんくらい眠ってたんだろうか。

煩悩と戦いながらなんとかベッドから這い出て船長室を後にした。廊下についた船窓から見える景色は、もう深海ではなくなっていた。
船内に差す日光は夕焼けの色をしている。立ち止まって外の様子を伺うと、また見た事のない島の景色が広がっていた。

船は崖に囲まれた入り江に錨を降ろしたようだった。切り立った崖には赤く色付いた木が立ち並び、その向こうには鮮やかなオレンジ色の屋根の家々が急峻な崖の斜面に沿って段々に建っている。青い海岸に面して築かれた、綺麗な街だ。
確か秋島だと聞いたが、あの赤い葉っぱが紅葉ってやつなんだろうか。夕日が街と木々を照らしてきらきらと輝いている。

「すげェ」

思わず感嘆の声が漏れる。本当に、島によってまるで雰囲気が違う。前の島なんて緑一色のジャングルだったのに。
これは是非肉眼で見ときたい。甲板目指して船内を早足で進み、途中食堂にいたウニに外へ出ることを伝えておこうと足を止めた。ウニは毛玉のような髪型をした長身の男だ。今は一人武器の手入れをしていたようだったが、入口に立ったおれに気付いて手を止めた。

「ウニ、ちょっと島見てくる」
「おー、リバー起きたのか。りょーかい、おれとイッカクも留守番で残ってるからこっちは気にすんな。夜には戻ってこいよ」
「分かった。…な、この島名前は?景色がなんつーか、すげェな」
「あァ、フォーリアっつったっけな。グランドラインいち美しい海岸って有名らしいぜ。まァ堪能してこいよ!おれも明日買い出し予定だから」
「へェ…ありがと、行ってくる」

食堂を後にして甲板へと急ぐ。新しい島ってどうしてこうも昂るんだろう。弟があんなに熱心にたくさんの本を読んでいた理由が、今ならよく分かる気がする。
甲板への扉を開けると、春島とも夏島とも違う爽やかで乾いた風が髪を揺らした。これが秋島の空気。灰色の崖に囲まれた入り江に打ち寄せる水色の波に白い砂浜、赤い木々。崖の向こうには夕日の落ちる鮮やかな街並み。綺麗だ、と素直な感想が頭に浮かぶ。
暫く手すりに頬杖をついて目の前に広がる景色を眺めた。もうじきローも帰ってくるだろうし、街に行くのは明日にしよう。

…どうせなら、あいつの隣でこの感動を味わいたかった。

「……て、いやいや…はァ?」

なんだそれ。隣って、馬鹿か。自分で自分を心底気持ち悪いと思うのはこれで何度目だ。誰かの隣で綺麗な景色を見たいとか、柄じゃねェにも程があるぞ。冗談じゃない。

半ば青ざめながら手すりから手を離した時、視界の隅で何かの影が動いた。それは入江を囲む崖の上を木の間を縫うようによたよたと横切っていく。一瞬動物か、と思ったが違う。

「……子供だ」

目を凝らして見ると十歳かそこらの少年が一人、崖の上を危ういバランスで歩いている。何やってんだあんな所で。多分この島の子供だろうが、あそこを歩くことに慣れているようには到底見えない。
今にも落ちそうな子供を見捨てる趣味も無いのでその足取りをじっと見守っていると、少年の後ろに男が一人現れた。何か叫びながら、少年を追っている。振り上げた手には剣。

後ろを振り返って男を見た少年が慌てたように駆け出して、とうとう一歩を崖から踏み外した。
おれは迷う間もなく甲板の手すりに足を掛けて、勢いよく背から翼を押し広げる。人助けをしたいわけじゃねェが、目の前で子供に死なれるのは大嫌いだ。飛び立ちながら手を蹄に、髪をたてがみに変化させていく。完全に天馬の姿になるのも久しぶりな気がする。
最高速度で空を駆け、崖から滑り落ちた少年を角で受け止め、すんでの所で背中に着地させることが出来た。

「っは?な、なんだァこの黒ェ馬!?角が生えて、ってまさか…て、天馬!?」
「………うわっ……え、えっ?ペガサスっ?」

ひっくり返った男の叫び声と、おれの背中に倒れ込んだ少年の素っ頓狂な声が同時にした。両方とも無視して、崖の上に静かに降り立つ。少年はひええ、と情けない声をあげながらもしっかりとたてがみを掴んで縮こまっているようだった。
腰を抜かして呆然と此方を見上げる男に向かって大きく翼を広げる。事情は知らねェけど、まあ細かいことはどうでもいい。とりあえず吹っ飛ばしてやろ。

ひと扇ぎしようとすると、男の顔つきが少し変わった。驚愕一色だったのが、どこか嬉々とした表情に変化していく。

「…は、はは…まじでいたのか、角付き天馬の実の人間……!」



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