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下卑た髭面の男が舌なめずりをしながらおれを指さし一角天馬だ、一角天馬だ、と歯を剥き出しにして笑いだした。

「てことはお前、トラファルガー・ローの仲間ってことか…!?ああだからか!あの野郎いきなり襲ってきてやたらと根掘り葉掘り聞いてきやがるから妙だと思ったんだ…合点がいったぜ!」

突然流れ込んできた情報にぐるぐる駆け巡る脳をよそに、目は冷静に男を観察した。上等とは言えない身なり、ぎらぎら光る剣、浅黒い肌。故郷の島で度々目にした海賊の印象そのままの姿だった。ああ、なるほど。

「お前、この前の夏島でおれの噂してたっていう海賊の一人か。ローは何処だ」
「けっ誰が教えるかってんだ!お前はここでとっ捕まえて売りさばいてやる!剥製にしたらさぞかしご立派な置物になるだろうよ!」

雄叫びをあげて斬りかかってきた男をはらりと避ける。ここで倒しちまったら、事の子細を聞き出すことが出来なくなる。さてどうしたもんか。男の間合いから離れるために大きく翼を仰いで宙にはばたくと、背中の上で震えていた子供が落ち着きを取り戻したのか身を乗り出してきた。

「あ、あのっ助けてくれてありがとう!」
「あのまま落っこちられたら夢見が悪ィからな。…それより、お前なんで追われてた」

飛び道具の類は持っていないらしく、男は剣を振り回して眼下で喚いている。やかましいので軽く翼を仰いで風圧で躓かせておく。

「店の家賃をね、大家さんとこに納めに行くとこだったんだよ。そしたら急に海賊に襲われて…でもモコモコの帽子の男の人が、こう、スパーンって斬って助けてくれたんだ」

モコモコ。そう言われてすぐにローの姿が思い浮かぶ。

「へー。それでなんであの野郎だけ無事なんだ」
「どこかに一人だけ隠れてたみたい。帽子の人があの海賊団から何か聞き出してる隙に攫われて…なんとか逃げたんだけど、いつの間にかこんなとこまで追い詰められちゃった」
「てことは、お前そのモコモコ帽子の奴の居場所知ってるな?」
「え、う、うん!町外れの教会にいるよ。バラバラの生首と一緒に……あれ、そういえばなんであの生首喋ってたんだろう」

つまりこの子供を襲おうとしていた海賊達をローが問い詰めて、天馬の噂をしていた連中か確かめようとしたと。そしてその勘が当たった訳だ。これでローの居場所は分かった。つまりあの男に情報源としての価値はもはや無い。思う存分やっちまって良いってことだな。
翼を固くして力を込める。この数日書斎で密かに特訓を積んできた。そもそも天馬は多分、元来そこまで戦いに向いている方では無いと思う。だが使い方次第でどうとでもなる。

「おい、ちゃんと掴まっとけよ。振り落とされんな」
「えっ?わ、分かった!」

少年が返事をしてたてがみを強く掴み直したのを合図に、翼を水平にして横に大きく広げる。後は完璧に、角の照準を男に合わせる。
距離は数メートル。男が慌てたように迎撃しようと剣を構えた。宙を駆け出すと同時に、一気に最高速度まで持っていく。

「ダーティハリー!!」
「!?、ぐァァッ!」

空を割いて身体ごと突撃した角を男の剣の切っ先が掠ったが、こちらの方が勢いは上だった。角が肉を抉った感覚がして、生暖かい血が羽に降りかかった。うえ。
最高速度で突撃すれば、角は槍のような強度に変わる。鍛えていた成果は確実にあらわれてくれた。
身体を震わして血を落としながら崖の上に降り立つと、背後で呻き声をあげて男が倒れた。人を一人傷つけたというのになんとも言えない達成感に包まれる。これで、少しは強くなれたのだろうか。ぼんやり突っ立っていると、背中で固まっていた子供が恐る恐る後ろを振り返って震えた声をだした。

「し、しんだの」
「いや殺しちゃねェ」
「そっか、えっと…助けてくれてありがとう」
「別に。…お前、降りてくんない?そのモコモコ帽子の奴んとこまで案内してくれ」
「あ、うん分かった!」

膝を曲げて少年が降りやすいようにしてやる。ジャンプして少年が地面に降り立ったと同時に、天馬の姿から人間へと戻った。フワフワと舞い落ちる黒い羽の中、髪についた羽を手で払った。毎度毎度羽が抜けるのなんとかなんねェかな。外なら良いけど部屋の中だと掃除がめんどいんだよな。
振り払うように髪をかきあげて後ろに立つ子供を振り返った。見下ろすとぴょんぴょんと好き勝手に跳ねたその短い髪にも、おれから落ちた羽がひとつ着地していた。

「おい、教会ってのは町の方なんだろ。さっさと連れてけ」

動き出さない少年にそう言ったが、小さな身体は呆けたように此方を見上げたまま動こうとしない。

「なに」
「…に、人間、だったの?」
「あァ、悪魔の実」
「あああ悪魔の実…!ゾオン系ってやつだよね!?すんげェ、ぼくペガサスなんて初めて見たよ!しかもお兄さん滅茶苦茶強いしかっこいいし!!ヒャー、す、すごい!」
「……おい、うるせーぞ」

キラキラと笑顔を見せてくるその様子が、かつて故郷のスラムにいた少年達を彷彿とさせた。天馬に変身してやる度に、弟と一緒に駆け寄ってきては戯れてたっけ。
ぴょんぴょんはしゃいで歩きださない少年に背を向けて、一足先に町へと歩を進める。すると少年は慌てたように追いかけてきた。

「ご、ごめんなさい、はしゃいじゃって。あの、教会はここから島の反対側のレモン畑の上にあるから、一回街中を通るよ」
「レモン畑?」
「フォーリア海岸は、レモンが名産なんだ」
「へェ」
「そんなに時間も経ってないし、まだいるんじゃないかな」

後ろの空を振り返ると、夕日がさっきよりも大きくなっていた。ローは夜には戻ると言っていたから、そろそろ引き上げるかもしれない。

「急ぐぞ」
「うん。……ねぇあのモコモコ帽子の人もすごい強かったけどさ、お兄さんの仲間なの?」
「ああ、まァそんな感じ」
「やっぱり、そっか」

紅葉した木々の間を縫って歩くと、まばらに家が建ち始めた。街までは割とすぐに着きそうだ。
一歩先を歩いていた少年が、ふと此方を振り返った。

「あの帽子の人もね、こーんな隈こさえておっかない顔してたけど凄くかっこよかったんだ。大きい刀でスパスパ悪い奴らを斬ってね……あのさ、お兄さん達さ、海賊なんでしょ」

少年の目は、おれのパーカーに描かれたハートの海賊団のマークへ注がれていた。ローの服にも同じマークがある。ジョリーロジャー。だったらなんだよ、の意を込めておれは少年を見返す。
赤い太陽に照らされた少年は、少し耳を赤くして微笑んだ。

「お兄ちゃんも、あの帽子の人もさ、ぼくが知ってる海賊とは大分違うや。…こんなにかっこいい海賊もいるんだね」

そう言われて、目を見開いた。夕日で家々の影が長く伸びる中に初めてあいつと会った地下牢の景色がチカチカと蘇った。
刺青だらけの、おっかなくて怖い奴。でも。

「…おれも、あいつを初めて見たとき同じこと思った」

街の喧騒は、もうすぐそこまで来ている。

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