子供に続いて、栄える港町を横断する。おれはフードを深く被って俯きながら小さな踵を黙々と追いかけた。
靴音響く石畳の階段と、建物の間を縫うように入り組んだ細い路地の多い街。勝手知ったる、といった風に先導する少年の背中を追いながら、そんな印象を抱いた。
にこにこと度々こちらを振り返りながら歩く少年は、名前をピエトロというらしい。階段を行き交う人や店先に灯りを点け始めた店員達が、ピエトロの姿を見つけては陽気に声をかけていく。噴水のある大きな広場に出ると、屋台で野菜を売っている男がまた此方に大きく手を振った。
「おう、肉屋んとこのピエトロじゃねェか。親父さんが探してたぜ?また何かやらかしたんじゃねェだろうな!」
「今日はまだ何もやらかしてないよ!ごめん、父さんに夜には戻るって言っといてくれない?」
「そりゃあ別に良いけど…その後ろの男前は?観光か?」
快活そうな屋台の主人が首を傾げながらおれを見やる。ピエトロが困ったように振り返ったので、適当に誤魔化せ、と小さく頷きを返した。おれの顔を見た少年はいたずらっぽく笑顔になる。くるくると跳ねたブルネットの髪がかつての弟に似ているなと、ふと思った。
「ウン、そんな感じ!この人案内し終わったら帰るからさ」
「へーー……おいあんちゃん、今この島にゃタチの悪い海賊が来てるって噂だから観光は気をつけてしろよ!」
「………あァ」
多分そいつら、ウチのキャプテンが全員斬っちまったぜ。なんて事を言う筈もなく適当に返事を返した。
あまり声をかけられては目的地に着くのが遅れると判断したらしいピエトロが、「こっちだよ」とおれの腕を取って歩く速度を早めた。小さい手に引かれながら、なんとなく上を見上げる。高い建物に囲まれた石畳の広場は、夕日でオレンジに染まっていて眩しいほどだった。
ピエトロに連れられて何本かの道を曲がり何個かの階段を降りて、景色の中の建物の数が減り畑と木が増えた。やがて視界が開けて向こう側には広い海、そして目の前に鮮やかな黄色い果実がたくさん実った木々が並ぶ畑にたどり着いた。
「これがフォーリア名物レモン畑だよ」
「へェ…確かにすげえ量」
「すっごい美味しいんだよ!後でぼくの家のあげるね」
「いや、おれァ別に…」
「あっ!ほら、あの大きいのが教会。モコモコ帽子の人もいると思うよ」
ピエトロは忙しなく話しながら斜面の上に建った背の高い石造りの建物を指さした。細っこい屋根が今にも折れそうだ。ローはあの中か。繋がれていたピエトロの手をするりと外す。
慌てたような足音がパタパタと着いてくるがそれは無視。教会は簡素な造りだが、人々が大事に管理をしていることは伝わってきた。よく手入れされた庭へ入ると、中から人の声が漏れ聞こえてきた。
「も、もう解放してくれよ…!」
「全部話しただろお!」
「おれの身体を戻してくれ!!」
複数の人間が苦しそうに呻いている。扉の前に立って聞き耳を立てると、間髪入れず低い声が被さった。
「いや、まだだ。お前らのジョリーロジャーのことを聞いてねェ」
「な、なンの話だ!」
「その旗に描いてるスマイルマークのことだ。…あいつのことを知ったのは、人買いと繋がっていたからだろう」
「ジョーカー絡みのな」
一息置いて吐き出された聞き覚えの無い名前。
「ゲッ!?お前、なんでボスを知ってやがんだ!」
海賊が途端に慌てて捲し立て始めたが、おれはドアノブに掛けた手を動かせなくなった。ジョーカー。なんだそれ。誰だ、それ。なんてことの無い単語なのに妙に耳にこびりつく。
だってあんた、なんでそんな聞いたことの無いドン底みてェな声でその名前を呼ぶんだ。いつも低い声が輪をかけて、まるで地を這うような。
「……ジョーカーがあいつを狙っているのか」
「おいおい、流石にボスの話はできね……ッぎゃあ!いてててて!!死ぬ、それおれの心臓!分かった話すから!!」
「ボ、ボスが直接狙ってる訳じゃねェ!ただおれ達ァ自分で言うのもなんだが下っ端も下っ端だから、詳しくは知らん!ただ、あの馬には国一個を傾ける程の値がついてるとだけ教えられたんだ!」
「嘘か真か知らねえが……天竜人が、一角天馬にいたくご執心だとジョーカーは笑っていたのさ!ケケ!おめェんとこのクルーは唾付きだったってこと……いででで!!やめろ離せ!!」
心臓を鷲掴みにされた悲鳴に紛れて、足音がでないように後ずさる。鼓動の音が耳にうるさい。天竜人?って、あの?
よろめくおれの背中を慌てて支えたピエトロにもたれながら、教会の壁にずるずると座り込んだ。
「だ、大丈夫?お兄ちゃん。なにか怖い言葉でも聞こえたの?」
世界政府が何故かおれの存在を隠したがっていることは知っていた。そんな無駄なことをする原因がまるで分からなかったが、そうか、天竜人のわがままか。
別に物のように見られようが、ローが不敵に構えて傍にいてさえくれればおれは自分を見失わないで済む。だけど、今聞いたあの焦ったような声。
聞いたことが無いほど張り詰めた、緊張の籠った。
ジョーカー、って、なんなんだよ。