「攫われたんじゃない、おれは自分の意思であいつらの船に乗った」
睨みつけ言えば、青雉は全く意に介さないで肩を竦めた。
「まァそうだろうな、見てりゃ分かる」
「……お前こんな事までおれに話してなんになるんだ……一体何の為に?」
一王国が政府に反逆しようとしていたこと。それを武力でねじ伏せ罪なき人間を虐殺したこと。どう考えたって海軍大将が漏らしていい内容じゃない。
おれを捕らえるという目的を全く果たそうとしない青雉の真意をまるで読み取ることができない。青雉はぽりぽりと顎をかき、組んだ膝に頬杖をつくと、幾分か真剣な目でこちらを見あげてきた。
「てめェの国を滅ぼした奴らのペットになっていいのか?」
ひゅ、と喉に息が詰まる。静かに問われた言葉に海楼石で抜けたはずの力が拳に戻った。握りしめた爪が皮膚に食い込む。怒りといっしょに手のひらに血が滲み出た。
良いわけが無い。良いわけが無いだろう。一生首輪に繋がれて、気色の悪い奴らに飼われる。地獄の方がまだマシだ。でも。
「別に良い」
確かな決意を持ってそう答える。青雉の眉がひょいと上がって、その口が初めて愉快そうに曲がった。
「……そんなに大事か、トラファルガー・ローが」
そうだ、とは答えずにただ目を閉じた。
あいつが無事でいてくれるなら、あいつらが生きていてくれるなら、ペットになろうが地獄だろうが構わない。本気でそう思う。
ポーラータング号は海の中を進む。こいつの能力で海を凍らせられたら、旅路はそこで終わりだ。そんなことには絶対にさせない。
「随分懐いたなァ」
「懐いてねェ」
「はは、嘘を言いなさんな」
「……関係ねェだろ、お前はお前の仕事をしにきたんじゃねェのか」
揶揄う口調に思わず目を開けて睨むと、青雉は思いの外真面目な顔をしていた。
「船員に思われる船長は、同じくらい船員を思ってるよなァ」
「……そうとも限らないだろ。あいつはドライだ」
「そうかねェ」
「どうでもいいだろ。連れてくならとっととしろよ、天竜人の所へでもどこでも」
「おれとハートの海賊団をそんなに遠ざけたいか。どいつもこいつも似たような事考えちゃってくれてほんと」
なんなんだこの男は。海軍ってなら、とっととおれを政府にでも引き渡せばいい。そのために来たんだろ。早く、早く、あいつらが気づいちまう前におれを連れてってくれよ。
じゃないと、気づいたらきっとあいつはおれを助けようとしてくれる。ドライなんかじゃない、そんな事嫌という程分かってる、
「お前とあの女が同じ考えってんなら、トラファルガー・ローもお前を取り返そうと追いかけてくると思うか?」
フゥ、と吐き出された青雉の息が白い霧となる。
「……何の話だ」
感情の読めない声が、「ニコ・ロビンさ」と呟いた。
「エニエスロビーでの麦わらの一件、お前も知ってるだろ?バスターコールが発動された島から、麦わらは仲間を連れ帰ってみせた。あんな騒ぎまた起こされちゃたまんねェから、正直ここでお前を殺すのが一番平和っちゃ平和なんだけどなァ」
パキパキ、と青雉の足元から瞬く間に氷が広がった。狭い路地の石畳が氷河期もかくやといった光景に変わり果てる。
「でもお偉いさんはさ、お前を綺麗な形のまんま連れて来いっていうのね。生憎おれの能力じゃあバキバキのバラバラになっちまうからなァ。氷漬けの美少年ってのも変態には好まれるかね?」
「……だから、好きにしろよ」
「でもおれにはそんな趣味ねェんだよなあ」
パン、と膝を叩いて青雉が立ち上がった。おれは不審感を募らせ、長身をただ見上げることしかできなかった。路地が氷漬けになったせいで、歯が鳴るほど寒い。
シャツ1枚で船を出たことを後悔しながら、思考がぐるぐると回った。天竜人の命令に逆らおうとしている?海軍大将が?……なぜ?
「おれも、何が正義なのか段々分かんなくなっちまっててなァ」
「……てめェの背中に、書いてあんだろうが」
「これ、一体なんなんだろねェ……お前は、トラファルガー・ローのためなら天竜人のペットにされても良いってんだな」
良い、良いに決まってる。良くねえこともあるけど。
おれをペットにするために弟が死んだこと。そんな糞みたいな話、良いなんて思うわけねえけど。でも、あいつらのことを救いたいって言ったら、弟はきっと「兄ちゃん偉いね」って褒めてくれるはずだ。そうだろ?
ありったけの決意を持って青雉を睨みつける。読めない男は、色んな感情をない混ぜにしたような笑みを浮かべた。
「よっぽど好きなのねェ、仲間が。…とりわけ、トラファルガー・ローが。まー当たり前か。あの島で唯一生き残ったボロボロのお前を、あいつが拾ったって訳だもんな」
「関係ねェっつってんだろ。……益がありそうだったから乗っただけだ。あんな船とっとと降りたかった。いっつも辛気臭い顔した、あんな男なんか、」
「……ポーカーフェイスが引き攣ってるぜ?まるでトラファルガー・ローに懸想でもしてるみたいじゃねェの。若くて良いねェ」
「………は?何?」
「恋。お前、恋でもしてるみたいな目ェしてやがる」
途端に軽薄な空気を纏った青雉は、取り出したライターをおれの手錠を繋ぎ止める氷に近づけた。
そんな奇行よりも、おれは奴の言葉を反芻するのに必死だった。こいつ、今なんつった?
「こ、い?……おいおい…まじでなんなんだお前──どういう思考回路になったら……何故そんな言葉がでてくる?あいつはなあ、ローは、そんなクソみてぇな感情を向けていい相手じゃねえんだ……」
「お、発破かけたつもりだったがようやく本音が出たな。声が震えてるぜ兄ちゃん」
「正気じゃねェよ……海軍大将ってのは嘘か?こんな、阿呆みてェな…」
そんな安っぽい一言で、あいつを片付けてくれるな。 恋?そんなもんの相手にしていい訳がないだろう。
あいつは強くて、あったかくて、厳しくて、優しくて、筋が通ってて、こんな、こんなおれなんかじゃ。
茫然自失となったおれを良いことに、青雉は手錠の周りの氷をすっかり溶かしてしまったらしい。いつの間にか身体が解放され、よろめいたおれは青雉の肩に抱えられていた。
「まーァなんでもいいが、おれは気が変わった。お前を天竜人にはやらんことにした」
「………………?」
「…あら、丁度いい。お迎えだ」