14


ローの行動は早かった。一瞬で“ROOM”を広げたかと思うと外を飛んでいた新聞売りのカモメを枕と入れ替え、突然の瞬間移動に慌て暴れるカモメに料金を押し付け新聞を引っこ抜き、そしてまた枕と入れ替え直した。30秒もかけずに行われたあまりにも鮮やかな一連の流れに、ただ呆けることしか出来ない。
入手した新聞をローがばさばさと揺すれば、中から一枚のポスターが舞い落ちた。それをキャッチして二人同時に覗き込む。

「見たか、リバー!お前に7500万の懸賞金だぜ!」

7500万、ってことはローの懸賞金引く1億2500万か。まあ正直金額に興味は無ェ。政府が決めた金額なんて全くもってクソ喰らえ。しかし下降するおれのテンションとは裏腹に、電伝虫越しに叫ぶシャチの向こう側ではイェーイ!!というクルー達の騒いだ声が聞こえる。どうやら皆で集まっているらしい。

「初動にしちゃでかいぜ!」
「やったなリバー!!」
「ねえねえしかもさあ、写真の映り滅茶苦茶良いじゃない!!私これ壁に飾るわ!!」

はしゃいだイッカクの声につられて見ると、全くいつ撮られたのか覚えの無い自分の顔写真と目が合う。カメラ目線のおれが、髪を耳にかけている途中のところ。これぞ調子に乗った若者といった印象を受ける。もっとマシな写真なかったのか。

「……なあ、どこが映り良いんだ?」
「あんったホント分かってないわね!全部よ全部!カメラマンにお礼言っときなさいよ!!!」
「なんでだよ」

おれとイッカクが言い合う間にも、ローの目はベッドに広げた紙面を忙しなく追っていた。
「――先の海軍100人が突如現れた湖に沈んだ騒動にも、このチェンバーズ・リバーが関与していたことが明かされた。有翼のユニコーンに姿を変えるこの男は、死の外科医トラファルガー・ロー率いるハートの海賊団の一員とみられている。黒い翼、黒い角、黒い髪。そんな空飛ぶ一角天馬を見つけた際にはどうぞ最寄りの海軍支部まで通報を――、おれ達があの軍隊とやり合ったのは随分前だ。こいつは後付けに過ぎない。きっかけは昨日だ」

ローと視線を合わせて、おれも頷いた。

「……青雉」
「あァ。海軍大将を寄越しても捕らえられなかった。そう認識されたってことだ。実際のところはあいつの気まぐれの結果だが、そんな事知ったこっちゃねェんだろう」

声を潜めて話していると、電伝虫が今度はペンギンの声になった。

「でもキャプテン、手配書の文字がどうもおかしくて…見てくださいよ。“DEAD OR ALIVE“の下、“BUT UNHARMED“。生死問わず、ただし無傷でって……どういう意味ですかね?しかも“無傷で捕らえた者には、懸賞金とは別に特別報酬を与える”とかご丁寧に書いてやがって。こんなんあんのリバーだけですよ」

不審げなペンギンの言葉通り、顔写真の下にその文はあった。死んでようが構わないが、傷一つ無く。それが出来れば報酬金。身体は既に傷がいくつもあるが、こいつらが言ってるのは顔のことだろう。
ぎゅ、と拳を握りしめる。4億ベリーのことだ。天竜人がおれにつけた値段。弟が死ぬきっかけになった値段。これで、名実ともにどこまでもついて回ることになった訳だ。

「なるほどな。初動にしちゃ金額がでけェと思ったが、懸賞金で目を引かせて本命はこっちの報酬だろうな。天竜人のわがままに付き合う海軍もご苦労なことだ」

ローは相変わらず落ち着き払っていた。それに酷く安心して、おれは広い胸元に後ろ向きにもたれかかった。もう、こんくらいは許してもらえる。そんな確信があった。思った通りローは特に何も反応しないまま、おれを抱えながら新聞の続きを読み始めた。
肩に置かれたローの腕にもたれるという最高の環境で自分の手配書を睨みつける。写真の中の自分が睨み返しているように見えて苛立ちが募った。この顔に、なんでここまでの価値がつくのかまるで分からねェ。

「……そーだ。もういっそ顔に傷つけてやったら良くねェか?思いっきりバツ印の切り傷とか入れたらさあ、流石に価値無くなんだろ」
「そんなふざけた真似しやがったら、おれが傷跡ひとつ残さず縫合してやる」
「リバー、アホな事考えてんなよー」
「そういうのキャプテン大っ嫌いだから!」

名案だと思ったが、頭上からロー、電伝虫からペンギン、それに割って入ってきたシャチに立て続けに否定されて思わず口を尖らせた。

「別にいいじゃん、おれの顔だろ」
「おまえ~キャプテンに嫌われてもいいのか?」
「……」
「一瞬で言い負けたじゃん。まァお前にはこれからも、おれらのナンパ成功のため最前列に立ってもらうから!大事にしてくれよ!」

シャチがおちゃらけた口調で言ったのは全くもってふざけた使い道だったが、おれには何故だか、4億なんかよりもよっぽど意味のあるものに思えた。おれが最前列に立ったところで、こいつのナンパが成功してるところはあまり見たことないけど。
緊張していた手からふっと力が抜ける。その上からローの手が覆いかぶさってきて、後ろを見上げれば片方の口角を上げたローが愉快げに笑っていた。あーくそ、笑うな格好いいから。

「じゃーキャプテン、この後港集合で!なんか海軍の船も来てるようですし、ログ溜まったらとっとと出ましょう!」
「あァ」

ガチャ、と電伝虫が切れると同時に、ローが長身を曲げておれを覗き込んできた。ふわふわの帽子の下、さっきまで笑っていた顔から表情が消えている。怒っている訳ではないだろうけど、話し始めないローに焦って「なに?」と聞けば、「いや」という返事とともにローは捕まえていたおれの手を持ち上げて、その甲にキスをした。キス、を、した。

「……!?!?」
「アホ面」

低い声がぽつりと言って、そのまま目を伏せたかと思えば顔が近付いてくる。未だ手の甲に残る感触を反芻して茫然自失としていたおれは、ローの帽子が額にぶつかったことにも気が付かなかった。
あ、と思った時にはもう、伏し目がちのローがどアップになっていて、唇に柔らかい感触。なに、何?なんで?大量のハテナと、白旗を振るちっこい自分が脳内を駆け巡る。昨日のあれが許してもらえる最初で最後かななんて思っていたのに、もうしてしまった。それもローから。

伏せられていた瞼があげられて、ぼやけるローと視線が合う。その目がにっと細められたのを見て、おれは2億もあるこいつの懸賞金の意味を知ったような気がした。キスひとつで男の腰を抜かすから2億なんだ、絶対そうだ。
ガクンと関節から力が抜けたおれの腰に後ろから腕が回って、くっついていた口同士が離れる。腹の前で組まれたローの腕は、力強かった。「リバー」と呼ぶ声が鼓膜に直接吹き込まれる。

「今度顔に傷つけるとか言いやがったら、もう二度とキスしてやらねェ」

冷たい声でそう言われて、ローがかなり怒っていたことに今更ながら気がついた。そして縋るように服を掴んで「やだ、もう二度と言わねェから」と言う自分がいて、己の弱点にローのキスがとっくにランクインしたことにも気がついた。
間髪入れずに降参したおれに、ローは満足気に微笑んだ。

「単純で結構。行くぞ」

すたすたと歩き始めるキャプテンに、よろめきながら着いていく。手の平で転がされているようで腹立つが、今更ながらこいつ、男にキスすんのは良いのか?おれはあんただから良いけどさ。

「……なあ、おれ変じゃねェ?気持ち悪くないのか?」

キャプテンとのキスで腰抜けになるクルーとか、どうなんだ?不安だらけのおれを、宿屋の階段を降りようとしていたローが振り返った。

「おれは自分がしたいことしかしない」

それだけ言って、長い脚の持ち主はさっさと一階へと降りていってしまった。慌てて後を追いかけて、受付で金を払うローの背中にぐりぐりと頭を押し付けた。
全くこのキャプテンは、どこまでおれを歓喜させたら気が済むんだろう。

- 56 -

*prevnext#

back

TOP