隣にくっつくおれを放置したまま、ローは港まで歩を進めた。中心部から少し離れた隅に、ポーラータング号と見慣れたツナギのクルー達が見える。
こちらに気づいて駆け寄ってきたシャチとペンギンがローの腕に引っ付く不審なおれの状態をまるっと無視して両隣からばしばしと肩を叩いてきた。
「よっ、賞金首!!」
「よっ、一角天馬チェンバーズ・リバー!!」
「うっせ~」
ベポの元へ行ったローと別れ、二人に引きずられて集まっていたクルー達の元へ連行される。そこではおれの手配書を肴に、真昼間から酒を飲む連中が集っていた。
「お、主役登場じゃねェか!!」
「あーなんだっけな、ビボーの失格天馬だっけ」
「バカ美貌の一角メンマだよ!!」
仮にも主役を差し置いて完全に出来上がってやがる。あっという間にジョッキを押し付けられ、歌自慢の何人かが舟歌を歌い出す。聞いたことのない歌だったが思わず笑い出してしまうような、そんなメロディーをしていた。
「これ、なんて曲?」
「えー、知らないの!ビンクスの酒よう!」
もう既に手配書を10枚も手に入れていたイッカクに肩を組まれながら、目の前の酒を一気に半分程煽る。クソ喰らえと思っていた自分の手配書が、酷く愉快なものに見えてきた。
ああ、こいつらの元に戻ってこられて良かった。
「リバー!これと一緒のポーズして!」
「おー任せろ。…こうか?」
「あっはは!無駄にイケメン!!」
「キャー天馬サマこっち向いてー!」
「ほらよ」
髪をかき上げ、シャチにウインクをかます。全員が腹を抱えて爆笑する。多分、生まれて初めてこんなに笑いを生み出した。
「ウインクまでしやがったー!コノヤロもう一杯飲め!」
ウニが街で仕入れたばかりの酒を継ぎ足し、正直大して酒に強くないおれはもうすっかり出来上がってしまった。あー、気分が良い。
「おいお前ら、船に戻れ。ログが溜まった」
「ロー!」
近づいてきたローの腰に、座ったまま抱きつく。「酔っぱらいが。弱ェから飲むなっつってるだろ」とか言いながらも引き剥がされないのを良いことに、薄い色のデニムに思う存分頬を擦り寄せた。良い匂い、大好き。
クルーの皆はそんなおれの奇行を大して気にもせず、揃ってベポのログポースに視線を注いだ。
「なんか……針が下向いてません?」
「うん。次はついに魚人島だよー!」
「いやっほー!人魚に会えるゥ!」
魚人島。確か、弟が見てみたいって言ってた島のひとつだ。突然懐かしい思い出に襲われる。酔いまじりに鼻をすすってローに抱きつく腕にますますぎゅっと力を込めれば、大きな手がぽんと頭に置かれた。何、エスパー?嬉しすぎるからやめてほしい。嘘、やめないで。
「でも確か魚人島の前に……」
「ああ。その上にあるシャボンディ諸島に行くのが先だ。おもしれェ連中が集まってくるはずだ」
「おもしれェってどいつのことです?」
「そりゃおめー麦わらだろ」
「ユースタス・C・キッドのことですよねェ?」
その時。突然鳴ったドォン……という砲撃の音が、シャボンディ談議で盛り上がっていたハートの海賊団の会話を止めた。衝撃で降ってきた海水の粒を見て、おれはとっさに翼を広げてローを守った。
いやローめちゃくちゃため息ついてるけど、そりゃ海水に弱いのはおれもなんだけどさ。条件反射ってやつだから仕方ないだろ。しんなりした翼をぶるぶる降って、海水をできる限り振り落とした。
「いたぞ!人獣型だがあの額の角、黒い翼!一角天馬だ!その後ろにはトラファルガー・ロー!!ハートの海賊団です!」
「まったくクザンさんは何処行っちまったんだ!?」
「とっくに本部に帰ったってよ!!」
「自由すぎんだろ!!!」
海軍の軍艦が一隻、ポーラータング号へ向けて砲台を構えている。青雉の応援で来たようだが、連携はまるで取れていないようだった。
「シャチ、ペンギン、あいつらの船沈めてやれ」
「よし来た!!」
「まかしとけ!」
酔っていたはずの二人が電光石火の勢いで海へと飛び込む。海戦なら負け知らず、とは散々聞いていたが、実際に見るのは初めてだった。魚もかくやの勢いで二人の影が消えていくのを見て、心が浮き立つ。
「ロー、おれは!」
「お前は上の奴らを吹きとばせ!砲弾はおれがぶった切ってやる!!残りは全員ポーラータングへ!」
「了解!!!」
蓄積された鬱憤を解き放つ勢いで、久しぶりに天馬の姿になった。海軍の遥か上空まで飛び、大きく翼を広げる。漆黒の羽根が軍艦の上に雪のように散るのを、海兵たちはあんぐりと口を開けて見上げていた。
「うわァ!本当に角付きペガサスになった!!」
「でけぇ!あれ何メートルあるんだ?」
「噂には聞いていたが、あれが天竜人が報酬金まで賭けたという美しさか…!!」
気持ちの悪い言葉が聞こえたと同時に、おれは暴風を生み出す翼を思いきり振り仰いだ。風の斬撃が海兵を吹き飛ばすと共に、シャチとペンギンの攻撃によって軍艦が大きくぐらつく。
「し、沈む!」
「奴らの潜水艦を狙え!!撃て、撃てェ!!」
立て続けに発射された大砲は、ローの振るった鬼哭の斬撃によって呆気なく海に落ちた。おれは上空から降下し、角で軍艦の帆を真っ二つに割いてやった。これでもう動けねーな。
「よっしゃあ、お気の毒様!!」
「ハートの海賊団ナメてんなよ!」
ざぱん、とシャチとペンギンが甲板に降り立ち、慌てふためく海兵隊に笑いかけた。そして撃たれる銃弾を、シャチの口から飛び出た水泡が弾き落とす。すげえ、本当に海戦じゃ負け無しじゃねェか。
「リバー!!お疲れー!」
手を振るペンギンの隣りに降り立つと、濡れた手で角がわしわしと撫でられた。海水は力が抜けるから嫌いなんだが、こいつらに触られるのは嫌じゃないってのが困ったとこ。
未だ銃を構える数少ない海兵達を大きないななきで威嚇すると、腰を抜かした連中はぽろぽろと銃を落とした。次第に海水が流れ込んできた甲板に戦意を喪失したらしい。
「任務完了か?」
「おお、上出来だぜリバー」
シャチにぽんと背を撫でられ、思わず振ってしまった尻尾を隠すようにしておれは二人の前で膝を曲げてしゃがみ込んだ。
「ほら、乗れよ。船まで運ぶ。前乗りてェって言ってたろ?」
「えええ!!良いのか!!」
「まじか!!」
「いいよ。クルーの奴らなら」
シャチとペンギンは、こちらが引いてしまうほど喜び、まだ敵地のど真ん中だというのに少年のようにはしゃいでいた。痺れを切らして翼ではたくと、慌てたように二人前後に並んでおれの背中に跨った。
呆然とする海兵達を置いて、ばさりと翼を仰ぐ。おれ達が飛び立つとほぼ同時に、大きな軍艦が海へと沈み始めた。
シャチとペンギンのため、その上を優雅に一周飛んでやってからポーラータング号へと空を駆ける。
「うわーー…飛んでるよ…」
「おれ達風になってるぜ…」
気持ちよさそうな二人の声を聞くのは嬉しい。この姿にも意味があるのだと思える。いつもより時間をかけて、甲板で待つベポとローの元へと降り立った。
「いいなーいいなー!リバー、今度おれも載せてよ!!」
「もちろん」
シャチとペンギンがはしゃぎながら背中から降りると、ベポが指を咥えながら見てきたので頷きを返してやる。ハートの皆なら、いくらでも安いもんだ。
「よくやった」
「……あァ」
微笑んだローが頬を撫でてくれたのが嬉しくて、甘えるように角を帽子に擦り寄せた。天馬の姿で触れられるのは、毛皮があるせいか人間の時とはまた違った気持ちよさがある。
ひとしきりローの手を堪能して、勢いあまって角の先端に帽子を引っ掛けてしまったおれは慌てて人型に戻った。戻る間際に角から帽子を回収して、羽根が舞い散る中ローの頭へと被せ直す。ローは口角を上げて、今度は人間になったおれの頬をまた撫でてくれた。人間の皮膚で触られるのも、これまた天馬の時と違う気持ちよさがある。
「はしゃぎすぎだ」
「う、悪ィ…」
しょぼくれながら船内へ続くドアを開けると、クルー達が既に戦勝祝いの準備をしながらおれ達を待っていた。
「キャプテン!出航しますか!!」
隣に立つローを見上げる。不敵に笑う姿に、クルー全員の胸が高鳴るのが分かった。ポーラータング号のすぐ隣で、軍艦が轟音を立てて沈んで行く。
「あァ……行くぞ、シャボンディ諸島へ!」