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軽快にプロペラを回しながら、ポーラータング号は今日も海中を進む。

レッドラインのすぐ側にあるというその島は、全てが樹木で形成されており磁場が無いという。なんだそりゃ?好奇心が止まらない。
その樹木の名前は?なぜシャボンディ?レッドラインの向こう側は?食堂でベポから説明を受け、余りの興味深さにどんどんと質問を重ねていると、ペンギンがシチューの入った皿を持って輪に入ってきた。

「レッドラインの上にはな、マリージョアっつう貴族サマ方の聖地がある。だからシャボンディはおれ達にとっちゃ中々危険の多い島だぜ」

貴族、てことは、天竜人。柔らかい鶏肉を噛み締めながらおれはまだ見ぬ天竜人とやらを脳内で往復ビンタした。きっと性根の悪さが滲み出た顔をしているに違いない。

「貴族サマ見つけたら殴っちまうかも、おれ」
「うわー!絶対やめてよ!」
「なんで」
「天竜人に何かあったら、海軍大将来ちゃうから!」
首を振って青ざめるベポに、ペンギンがそうだそうだと同調する。
「なんか前の島にも大将の青雉来てたらしいけどよ、会わなくて運が良かったぜ。あんなん人災みてェなもんだから」

シチューをかき込む手がぴたりと止まった。ふう、と吐いた息が白み、真白の氷がパキパキと腕を覆い尽くす幻覚まで見えやがる。……青雉。あいつの気が変わってなかったら、おれは今頃。
ぶる、と身体が震えて思わず腕をさすった。あの野郎とんでもないトラウマ植え付けてくれやがって。

「リバーどうした?」
「さみィ」
「えっ、ほんと?」
「ちょっとだけ。もうそろそろそのシャボンディ諸島に着くんだよな?おれ今回船番すっから、ちょっと寝とくわ」

聖地とやらが近いなら、政府直々に報酬なんてかけられてるおれは島を出歩かない方がいい。それに、青雉が見せてきたあのヒューマンショップのリスト。あれにはシャボンディの文字があった。シャボンの浮かぶ島に興味はあるが、胸糞の悪い店がある土地に降り立つのはゴメンだ。

「えー、楽しみにしてたのに?」
「…お前、前の島でなんかあったか?」

ベポとペンギンが気遣わしげにこちらを覗き込んできていた。心配させちまったらしい。

「あァ、あった。皆混乱するだろうしあんま言えないけど……ちょっと尊厳的に死にかけたところをローが助けてくれた。から、もう大丈夫」
素直に頷いて答えれば、ベポは「大丈夫って何が!?」と焦っていたが、ペンギンは口元しか見えない表情をぱっと明るくした。

「おーおーえらく素直になっちゃってまァ。ほんとに大丈夫みたいだな。キャプテンにはおれから言っとくから、ゆっくりしとけ」
「……ん、ありがと」

わし、と頭を撫でられ食堂を後にする。賑わうクルー達といくつか会話を交わしてから、たどり着いた船員室にはもう誰も残っていなかった。

二段ベッドの上によじ登って、ごろりと寝そべる。こんなに静かな寝床は久しぶりだ。
あの凍った路地裏でのローとのやり取りがあってから、クルーの皆に遠慮してしまうことが減ったように思う。傍にいたい、という自分の欲を認めることが出来たから。

笑っちまうよな。大人に噛み付いてばかりだったおれがこんなに素直になったところを見たら、弟は腹をかかえて笑うだろう。

それから目を閉じて、数分の間眠りに落ちていたらしい。船員室の扉が開く音で意識が浮上した。誰かが忘れ物でも取りに来たかと思ったが、足音が近付くのと一緒にすっかり慣れてしまった香りがしたもんだからハッキリと目が覚めた。

「……ロー?」
「起こしたか?島に着いた。お前は船に残るんだな?」
「ああ…」
「天竜人か」
「……まァ、うん」

全くこのキャプテンは何から何までお見通しらしい。じと、と声の方を見れば、ベッドの柵に肘をかけたローがいつも通りの無表情でこちらを見下ろしていた。
今日、顔を合わせるのは初めてだ。寝返りを打ってローに向き直る。あー、抱きつきてェな。いや、これから出発っていうときに抱きついてくる部下って鬱陶しすぎるか。やめよう。

「…なんか、色々やばい海賊が集まってんだっけ?超新星とかなんとか……でもまァ、新聞で見た感じだとあんたが一番…えっと、一番…」
「一番?」
「い、一番強そうだった」

ダントツで一番かっこよかった。
なんて、真っ直ぐ言えるはずもなく。幾分か素直にできるようにはなったが、恥ずかしいもんは恥ずかしい。しかしあっという間に顔が赤くなったせいか、ローにはやはり何が言いたかったかお見通しだったらしい。低く笑いながら頭をわしわしとされてそれを察した。あー、一生勝てるビジョンが見えなくて腹立つ。

「おれが見てェのは麦わら屋だな。あんなに滅茶苦茶な奴は他にいない」

時折口にする、麦わら帽子の海賊の話。こいつの話をする時ローはやけに楽しそうで、おれはなんとなく面白くなかった。政府の旗を撃ち抜いたり、裁判所に突っ込んだり。誌面で読んでるだけでもやべェ奴なのに、実際に会っちまったら案外刺激を好むローなんか麦わらに惹かれちまうに決まってる。面白くない。全くもって。

「…来てんのか、そいつ」
「恐らくな」
「あっそ」
「あァ。エニエス・ロビーを出てから暫く音沙汰無かったが……」

わざとつっけんどんな返事をして、身体を起こす。色々考えてたけど、もう知るか。そんな楽しそうに他の海賊の話するあんたが悪い。多分。
未だに麦わらの話を続けるローを遮るように、ベッドの柵ごしに思いきり抱きついてやる。肩に顔をぐりぐりとすれば、大好きな香りが肺をいっぱいにして、少し気分が良くなる。

難なくおれを受けとめたローは、一瞬黙ったあと「あァ、嫉妬ってやつか」と新たな知見を得たように呟いた。鼻先をうずめたまま、おれはふるふると首を振った。

「ちげェよ。嫉妬ってあれだろ、一回話しただけの奴が、他の奴と喋ってるの見て襲ってきたりするあれだろ?おれのは違う」
「お前…それは運が悪かっただけだろう」
「おれはあんたを縛ったりしない。だから嫉妬じゃない」

宥めるように髪を撫でられる。ますます離れがたくなって、おれはローのピアスに、バレないように小さくキスをした。

「…随分髪が伸びたな」

静かな声が耳元でする。くせっ毛の黒髪は、所々ウェーブを描きながら肩を追い越す程に長くなっていた。イッカクとシャンプーやらリンスやらを共有してまで手入れしていることは内緒だ。別に撫でられること期待してるわけじゃない。ほんとに、断じて。

「切るタイミング無くてさ。あー…参考程度に聞くけど、あんた長いの嫌い?」
「いや、なんでもいい」
「へー、ふーん…」

髪の長さにこだわり無し、なるほど一個インプット。ローはおれの髪をくるくると指に巻き付けて遊んでいるようだった。気の済むまで何時までも、むしろ永遠にやってほしい。

「…切りてェなら、今度おれが切ってやろうか」
「え!!」

幻聴かと思うほど魅力的な案が聞こえて、ぱっと顔を上げる。なに、その最高すぎる提案。ローと目を合わせ音が出る程頷いて、また抱きつく。

「最高。いくらでも切って。あんたになら坊主にされてもいい。どんなになってもいい」
「おい舐めるなよ。やるからには完璧にやってやる」
「うん、何でもいい。あー…まじで最高。すげェ楽しみなんだけど」

昂った気持ちそのまま、ローの頬にキスをした。答えるように頭を優しく撫でて、ローの身体が離れる。

「夜には戻る」
「ん」
「あと、この島には賞金稼ぎがうじゃうじゃいやがる。一人でうろつくなよ」
「わかった」
「ついでだ。髪をくくるゴムでも買ってきてやる」
「はあ!?」

絶叫するおれにニヒルな笑みを残して、ローは踵を返して船員室を出ていった。

頬が火照る。どうしよう、とんでもない楽しみが出来てしまった。たった一人の船員室で、おれはこぼれる笑みを抑えることが出来なかった。

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