2


船内に残っていたのはクリオネとハクガンだった。おれは二人と窓から見えるシャボンの話やら超新星の話やら、結局うちのキャプテンが一番だな談議やらで盛り上がって、ほぼ半日を潰した。

「お前が船に乗った時には、キャプテンにここまで懐くとは思ってなかったぜ」
「べっつに懐いてる訳じゃねェよ、慕ってるだけだ」
「十人中十人が懐いてるって言うよ!!今度アンケート取ろうぜハート内で」
「やめろそんな無駄なアンケート」

何も起こらないに越したことは無いが、船番は中々に暇だ。中身の無い会話をだらだらと繰り返した後、おれは「甲板から島見てきて良いか?」と二人に問いかけた。樹木で出来た島、やっぱり一目見て置にたい。あっさりと了承をもらって意気揚々と甲板へ出る。

途端に照りつけた眩しい日差しに目を細める。徐々に慣れた視界の中、潮風とともに眼前に広がった景色は本の中のように幻想的なものだった。

「すっげェ……」

甲板の柵から身を乗り出して、人知れず感嘆の声を漏らした。44番GRと書かれた縞模様の大きな木。奥には同じ木々が立ち並び、地面からは絶えず泡が宙へと登っていく。今まで通ってきた島も見事な景色だったが、また圧巻の綺麗さだ。ヒューマンショップやら聖地やらが絡んでいる島とは思えない。

弟にも見せてやりたい。航海が積み重なるたび何度も思っていたことが、改めて反芻される。きっと飛び上がって喜んだだろうな。

感傷に浸ってぼんやり島を眺めていると、頭上を何かが風圧を生む勢いで通り過ぎた。被っていたフードが風に煽られて脱げる。
鳥か何かか?上を見上げると、その何かが動きを止めた。泡で浮かぶ……自転車?乗っていた人間達と目が合ってすぐ、思わず眉をひそめた。故郷で目にした海賊のような、人相の悪さ。睨みつければ、想像通りの下卑た笑みを浮かべた男たちが5、6人、おれの周りを取り囲んだ。

「おいおいおいおい……そのジョリーロジャー、まさかとは思ったが……」
「お前のお綺麗なツラ、何度夢見たか分かんねェぜ!!」
「なあ、チェンバーズ・リバー君よォ!!お前を突き出しゃガッポガッポだぜ!」
「ああ?いきなり出てきてうるせェなあクソが……汚ねー口で名前呼んでんじゃねーよ」
「おいおいお上品な顔してお口が悪いんじゃねえのか!!口の利き方教えてやらァ!!」

賞金稼ぎ。ローの警告を思い出す。だが空を飛んできやがるとは思わねェだろ。男達は既に刀やら銃やらを構えだしている。このままではポーラータング号を傷つける、と判断して一気に翼を生やす。甲板を蹴って舞い上がると、下品な口笛が辺りに響いた。

「おお、一角天馬だ!」
「傷一つつけんなよォ!!あの馬一体でウン億って話だ!!!」

怒りがいななきとなって口から漏れる。

「黙りやがれ、気持ちわりィ……!!」

全速力で島の岸辺に降り立つと同時に、思いきり翼を振り切る。生み出された暴風が、こちらを追ってきた男達の漕ぐ自転車の泡を宙へと吹き飛ばした。ギャァァァァという汚い叫びと共に、呆気なく賞金稼ぎ達は海へと落ちていく。口ほどにもねぇ。

それを見送って、大きくため息をついた。賞金首になるってのは、こういう事なんだ。ローがいればビビって近寄って来なかった奴も、おれ一人なら舐めてかかってくる。餓鬼を一人無傷で政府に渡せば懸賞金とは別に報酬まで貰えるってんだから、襲う価値もあるってもんだろう。

ぶるぶると首を振って人型に戻ろうとして、ふと気がついた。周りに人だかりが出来ている。好奇に満ちた目、目、目。その向こうからは、「一角天馬だァ!!」「捕まえろ!!」という別の賞金稼ぎの声。
自分の翼がしんなりとするのが分かった。なんて面倒臭ェ状況だ。ポーラータング号に戻るのも凶、人混みの中で戦うにしても周りに危害が及ぶので凶。人型に戻って隠れる?こんな注目の的じゃそれも無理だろう。

その時だった。空の向こう側から、魚のような何かが飛んでくるのが見えたのは。ヒュンヒュンと音を立てて、豪速球で飛ぶそいつには、必死な形相をした男達が乗っていた。おれには目も止めずどこかを目指している。泡だったり魚だったり、この島の乗り物はどうなってやがる?

しかし乗るならこいつだ、と思い、おれは大地を勢いよく蹴り飛ばした。かなりの速度の空飛ぶ魚に追いついて、そのヒレに掴まる。下で口を開いている間抜け共に舌を出すのも忘れずに。ざまーみろ。

「う、うわあああ!不審人物が乗り込んできたァ!!羽生えてる!!角生えてる!!なんっだお前!!」

ひょいひょいと魚をよじ登って操縦席に挨拶をしようかと思えば、運転手の後ろにいた長鼻が絶叫しながらおれを指さしてきた。悪いとは思ったので両手を挙げ、翼と角をしまう。

「あー、急に悪ィ。ちょっと追われてたから、乗せてもらった。適当な場所で降りっからほっといてくれると助かる」
「は、はァ!?適当な場所って……あのなあ、おれ達は今から友達を助けに行くんだよ!不審人物を乗せてる余裕なんて……」
「ちょ、ちょい待ち!お前、チェンバーズ・リバーじゃねェか!?」

操縦席の男が驚いた顔で見てくるのに、素直に頷いて返す。全くクソ喰らえな名前の売れ方しちまった。

「え、有名人なのか?」
「人攫い界隈じゃあトップレベルの狙い筋だぜ!この美貌に加え世にも珍しい幻獣種、それも大層見事な漆黒の一角天馬に変身するってんで天竜人がご所望だって噂だ」
「ほえー、大変なんだなお前……ってそれどころじゃねんだよ!とっととチョッパーとブルックの所へ急げ!!!」

チョッパーという名前には聞き覚えがいった。エニエス・ロビーでの麦わらの事件の後、賞金首になったそのクルーの一員だ。ローが楽しそうに記事を読んでいたからよく覚えている。操縦席の端に足を組んで腰掛け、目の前の長鼻と脳内の手配書を照らし合わせる。「おいお前何優雅に座ってやがんだ!」とぷりぷり怒るその顔は。

「お前、麦わらの一味のそげキングとかいう野郎か?」
長鼻が一瞬、白目を向いて固まった。リアクションがでかくて面白ェ奴だ。
「おいおいおいおい何あっさり見抜いちゃってくれてんだ!あんまでけェ声で言うな!!」
「麦わらのとこへ行くのか?……ならおれも連れてけ。興味がある」
「だっっから、今それどころじゃ……あー!いた!あのベンチに二人!!」

でかい遊具が並んだ遊園地とかいう場所で、タヌキと骨を拾って魚は空を急ぎ駆け続けた。おれは世にも珍しい喋るタヌキと骨に前のめりになってしまったのを、長鼻に慌てて制止された。

「なに、なんで喋れんの。タヌキと骨……」
「タヌキじゃねェトナカイだ!ウソップ!!誰だよこいつゥ!」
「貴方いつかの新聞に載ってませんでした?いつか忘れましたけど」
「知らねーよ急に乗り込んで来たんだよ!降りろっつっても聞かねェし…もういいよ、今はそれどころじゃねェ!」

道中、この魚はトビウオだと長鼻が教えてくれた。どうやらおれへの対処は後回しにすることにしたらしい。懸命な判断。更に状況の説明を求めるおれに、頭の中を整理するためだと言ってこれまでの経緯の要所をかいつまんで語ってくれた。

曰く、心優しい人魚と友達になった事。その人魚が人攫いに攫われたこと。救い出すために諸島中の人攫い屋を当たらねばならないこと。

ヒューマンショップのリストで人魚族の値段が高く設定されていたことを思い出す。先程襲ってきた賞金稼ぎの中には、人攫いも混ざっていたかもしれない。おれはある程度は戦えるから追い払うことが出来るが、普通の非力な生き物だったら抵抗だってできないだろう。
ローのおかげで天竜人のペットにならずにすんだが、そんな守ってくれる存在の無い弱い生き物が、今も苦しみながら聖地とやらで一生を送っているかもしれない。

トナカイの隣に腰掛けて組んだ自分の足が、苛立ちから揺れるのが分かった。

友達を救うだなんて海賊らしくない行動をする連中だと思ったが、エニエス・ロビーでの騒動を思い返せば納得がいく。ローが面白がるはずだ。おれは立ち上がって、長鼻に向き直った。

「それ、おれも手伝う。乗せてもらった借りもある」
「え、いいよ。お前すげー目立つじゃん」
「…………」
「こらウソップ!落ち込んじゃったじゃねーか!誰だか知んないけど!」
「大丈夫ですよハンサムな御人。良ければその目立つお顔を隠すのに私のアフロをお使いください」

トナカイと骨からの生ぬるいフォローが身にしみた。

- 59 -

*prevnext#

back

TOP