結局おれは極限までフードを深く被って目元を隠し、一番警戒心の薄そうなトナカイとともに人攫いのグループに聞き込みをして回った。
しかしどいつもこいつも人魚を札束としか見てねェ連中で、苛立ちまじりに口を割らない奴を蹴っ飛ばしてはトナカイに諌められた。
麦わらの一味は電伝虫で迅速に連絡を取り合い、人魚がバウンドペッツなる人攫いチームに攫われたことを突き止めた。連携の取れた連中だ、と思う。おれ達よりも少数でここまで辿り着いただけのことはある。
目的地が決まり尚のこと慌てるトナカイをトビウオに引っ張りあげてやると「おおありがとよ!」なんて真っ直ぐに言われて些か気が抜ける。毛皮に覆われたキラキラの笑顔には邪心ってやつが一欠片も見当たらない。それはもう、心配になるレベルで。まさしく何処の馬の骨とも知れない輩であるおれに、警戒心薄すぎだろ。
猛スピードで件の人攫いがいるという1番GRに向かう道中、「今更だがおれを連れて行って良いのか」と問えば、「いいよお前良い奴そうだし」と能天気な返事が返ってくる。
内心で舌を巻いて、おれはフードを深く被り直した。本当にこんな連中、ローが面白がるはずだ。
トビウオから転がり落ちるように降り立ったヒューマンショップの前には、既に麦わらの一味が幾人か集まっていた。一足遅れてやってきたぐるぐる眉毛のスーツが店員に詰め寄るが、取り尽くしまが無い。
いつの間にやらでかくなっていたトナカイの後ろに隠れながら、ぎり、と歯を食いしめた。
名前のある、命あるものを売り捌く外道どもが、目の前にいる。だったらやる事なんか決まりきってるだろ。
「こいつら全員殺しちまえば良い」
おれが思わず口に出してしまったと同時に、「そうだこうすりゃいいだろ!」と叫んだ水色の髪の大男が自らの手から銃口を出し、店員らに向けた。
しかし慌てたタコの魚人曰く、中には「天竜人」がいて、人魚の首には「首輪」が取り付けられているから、もはや手出しは出来ないそうだった。腐った奴は考えることまで腐っているらしい。
「爆発する首輪とは、胸糞悪ィもん思い付きやがる」
「全くだぜ……てかお前誰だよ!!!」
「やだいつからいたの?あんたトビウオライダーズの一員でも無いわよね?」
「どこの誰だテメー!」
やべ、めんどくせェ。金髪とオレンジ髪と青髪。個性の強い連中から途端に向けられる疑惑の声をそっぽを向いて全て無視する。
するとトナカイが「こいつケイミー探すの手伝ってくれたから良い奴だぞ」と的外れなフォローをしてくれたのでそれに乗っかることにした。トナカイ、お前は逆なもうちょっと疑った方が良いけど。つーか角はトナカイのままだけど今は殆ど人間みたいな形になってる。変な生きものだ。
「そう、ただの助っ人」
「あァ?おいおいチョッパーそう簡単に信じるんじゃねェよ怪しすぎるだろ…フードの中見せやがれ」
至極マトモなことを言って覗き込もうとしてきたスーツの男から顔を逸らし、ヒューマンショップの方へ顎をしゃくった。
「おれに構ってる場合か?今は人魚が優先だろう」
「ん、ああそりゃそうだ」
連中はあっさりとおれへの追求を中止した。話が早くて助かる。
流れを見守っていれば、どうやら人魚を競り落とすことに決めたらしい。妥当な案だと思う。ここまでくれば全てを見届けようと、おれはスーツに続いて店へと足を踏み入れた。
天竜人。奴隷。人身売買。
おれにも因縁のあるものばかりだ。島に着く前は及び腰になっていたが、やはり逃げてばかりもいられない。
「……あ、ロー」
店の中を見渡してすぐにハートの海賊団の皆がいることに気が付いた。見慣れた帽子やらシロクマが見えて嬉々として合流しようとしたが、真横から聞こえた苦しげな呻き声にそれはかき消された。
「天竜人だ」
すぐ隣に立つスーツが、ぽつりと呟く。身体が一気に冷えるのが分かった。ローの元へ向かおうとしていた足を止めて、顔を上げる。
あれが、天竜人。足蹴にされているのが奴隷だろう。一目見ただけで分かる。笑えるほど度し難い、吐き気を感じる得体の知れない何か。
「……あんなに気持ちわりィとはな。吐きそうだ」
半ば笑みさえ零れちまうほどの、気持ち悪さ。あんな連中に国がおれを売ろうとしたがため、弟は死んだのだ。
怒りからか悲しさからか震えるおれをたしなめるように、隣のスーツが振り返った。
「…おい、気持ちは分かるが耐えろよ。逆らえば海軍大将が来るって話だ」
「知ってる。知ってるよ大丈夫だ…」
しゃがみこんで天竜人を視界から追い出し、スーツに覆われた黒い脚に隠れるように床に座った。そういえば、おれが巾着袋に突っ込んだ麦わらの一味の手配書の男は、黒足のサンジとかいう名前だった。隣の男も黒足だが、あのヘンテコな肖像画とは似ても似つかないからまァ別人だろう。
奴隷の売買は続いていく。おれは喧騒から目を逸らすように瞳をキツく閉じた。変な汗が身体中から出ては、寒気までしてきやがる。頭がガンガンと痛む。
「……おい、しんどそうだけど大丈夫か?」
蹲っていれば、トナカイが上から心配そうに声をかけてきた。まじで海賊向いてねーだろ、こいつ。優しすぎ。止まない頭痛に襲われ、それにヒラヒラと手を振ることしか出来ない。檻の中で何度もぶつけては意識を繋いだ額が、悲鳴をあげているようだった。
こんな胸糞の悪い場所があの地下牢以外に存在したとは。
暫く経った後。会場のざわめきがでかくなって、隣に立っていたスーツとオレンジ髪の女、それにトナカイが、いきり立つように姿勢を正した。人魚の番が来たのだ。痛む頭を抱えながら、おれもよろよろと立ち上がる。胸糞の悪い口上と共に現れたのは、水槽に入れられたケイミーという人魚。見世物同然の自分の状況に呆然としているようにも見える。その華奢な首には不釣り合いな大きな首輪。
吐き気がする。ああ、あんなのは駄目だ。全く他人事として見れない。
あの子は、おれだったかもしれないんだ。
オレンジ髪がやる気を込めて袖をまくるのを横目に、おれも祈るように手を組んだ。神なんか信じちゃいねェが、どうかあの子を解放してやってくれ。
しかし、その祈りは一瞬で儚く散った。
天竜人が叫んだ法外な金額に、麦わらの一味に絶望が走るのが分かる。5億だって?ああクソ喰らえ。誰でも良い、あのクソッたれの天竜人をぶっ飛ばしてくれ。
おれも余りの怒りにくらりとたたらを踏んだが、すぐに絶句していたオレンジ髪の女の肩を掴んだ。さっきまで気丈に振舞っていたその顔は、呆然とこちらを振り向きながらもうすっかり青ざめている。多分、おれも同じ顔をしている。
「……おい、切り替えよう。裏に回って鍵を探して、あいつを解放するしかない」
「そ、そうね。ああ、でもまさか…」
会場を見渡して裏へと続く道を探し出した時だった。誰かが、ふと天井を見あげる。
つられて見上げたそこには、ピシリとヒビが入っていた。続けて、徐々に大きくなる叫び声。
「あああああ!!!!」
爆風と共に瓦礫が舞う。続けざまに何かが着地する音。会場中が呆然と見つめるど真ん中に、その男は立っていた。
一際明るく映える麦わら帽子。
おれは思わずローの姿を探した。ベポが目立っているからあいつはすぐに見つかった。その横顔は、想像通り楽しそうに微笑んでいる。
おれにまるで気づかないで、薄灰の瞳は麦わらを映して細められていて、あー腹立つなァ。
でもそりゃそうだよな。こんな登場のされ方したら、悔しいけどもう何も言えない。
どこまでもズルい奴だ。
「……あれが、麦わらのルフィ」