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「もののついでだお前ら助けてやるよ!表の掃除はしといてやるから安心しな」

不意に入口の方から聞こえた言葉に、ローは肩をぴくりと揺らし苛立たし気な舌打ちまでした。その剣幕に驚いて肩から頭を上げてローの顔を伺うと、眉間に皺を寄せて声の主であるガラの悪い男をにらみつけているところだった。
「あちゃー、ユースタス・C・キッドだ」
「それってよく新聞に載ってる奴?あのツンツン頭が?」
お手上げといった風に肩をすくめるペンギンに問えば、頷きが返ってくる。確か3億超えの船長。なるほど、ローの負けず嫌いな琴線に触れまくる存在ってことか。横を見れば、麦わらもローとほとんど同じ顔をしている。船長ってのはこういう生き物らしい。

ゆらりと立ち上がったローに道を譲って椅子の上で丸くなっていれば、タコの魚人を担いだトナカイが心配そうに声を掛けてきた。
「お前、さっき天竜人に色々言われてたけど、大丈夫か?」
「…あァ、慣れてるから問題ない」
「慣れてるって…その角と翼のせいか?」
「まァ、そう」
そういえば戻すのを忘れていた。トナカイは傍にいた爺さんに「知り合いか?」と問われ、「ケイミ―探すの手伝ってくれたんだ」と明るく答えている。もうおれが海賊だってことは分かっているだろうに、お人よしな連中だ。

「一角天馬のチェンバーズ・リバー…間近で見ると圧巻ね」

おれが人魚捜索につき合ったことを知ったからか、ニコ・ロビンが興味深げにしながら近寄ってきた。その表情に警戒心は見えず、研究者然とした視線を隠そうともしない。おれも一方的にではあるが、青雉を通して彼女の名前を聞いたという縁がある。見せてやっても良いかと思い、翼を目の前に広げてやる。
すると後ろのペンギンが「うわ素直っ気持ちわるっ」と失礼極まりないことを言ってきやがったので、振り返って角で突いてやった。

ニコ・ロビンは観察者然とした表情で広がる翼や額からせり出た角を眺め出したので、おれは足を組んでそれを見返した。下卑た視線では無く、まるで研究対象のようにあちこち見られるのは少し新鮮でもあった。

「言われ慣れているでしょうけれど、本当に美しいのね」
「あァ、どーも」
何の感慨も湧かない賛辞に適当な返事をすれば、ニコ・ロビンはまるで気にせず観察を続けた。
「有翼のユニコーン…政府も天竜人の指示を受けてあなたを狙っていると噂に聞いているわ」
「はっ、お前よりはマシだろ」

目の前のこの女に、メリーゴーランド以上の価値があることは明白だ。思ったままを言えば、「てんめえ口の利き方に気をつけろクソが」とスーツが突然割り込んできた。なんだこいつ。

「新聞には美貌の一角天馬なんて書いてたから興味があったのだけれど、正に言葉通りね。拝見できて良かったわ。ありがとう天馬さん」

バカ真面目に礼を言ってくるニコ・ロビンに肩をすくめ、下唇を突き出しながら詰め寄ってくるスーツを無視してからベポ達の方へ向き直る。ローと麦わらとユースタス・C・キッドが出ていった扉の向こうから、叫び声やら呻き声やらがさっきから段々と大きくなっていた。

「外、大分騒がしいな」
「ああ、キャプテン大暴れしてるっぽいな」
「そろそろ撤収しようぜ~~大将と鉢合わせなんてごめんだ」

ペンギンとシャチと頷き合って一気に店の外まで駆け抜ける。だんだんと大きくなる海兵たちの叫び声を聞きながら、おれは天馬へと姿を変えた。
「ペ、ペガサスだーー!!かっけー!!」やら「空島で見たのと全然違う!!」やら麦わらの一味の気の抜けた声を背に、外へと躍り出た。

「ロー!!」

入口の傍に立っていた船長に襲い掛かる海兵を角で突き、ベポが別の海兵を蹴り飛ばそうとするのを翼を踏み台にして助走を手伝ってやる。見渡せば、ロー達にやられたらしい海兵達の阿鼻叫喚でヒューマンショップの周りは混沌としていた。麦わらやユースタスのそれぞれの仲間も加勢し、戦況は更に激しくなりそうな気配がする。

「ええっペガサスう!?喋るクマにペガサスってお前…お前…!!」

麦わらがやけにキラキラとした目でこちらを見るのに、ローは自慢げに鼻を鳴らした。なんか麦わらが絡むとやけに子供っぽくなるな、あんた。おれは正気に戻そうとローの背中を鼻でぐりぐりと押した。

「おいロー、とっとと行こう。大将が直に来る。おれァあんなのと会うのは二度とごめんだ」
「ああ、同感だ。っとその前に…」

ローはおれのたてがみをポンと撫で、解放された奴隷の一人に声を掛けた。ジャンバール、というらしいその大男は、元は一海賊団のキャプテンだったそうだ。ひとつ返事で了承したジャンバールは、言ったそばから辺りの海兵を殴り飛ばす活躍を見せた。ローのやることに文句なんかあるはずもなく、おれは翼を仰いで飛び上がり、ジャンバールと目線を合わせた。

「よろしく。おれはリバー」
「ああ、おれはジャンバールという。この海賊団の役に立って見せるとしよう!!」

辺りの敵をなぎ払いながら、シャチとペンギンの先導でポーラータング号を目指す。次から次へとおれ達を追って飛び出てくる海兵を上空から吹き飛ばしながら、思わず舌打ちをした。

「キリねぇなあ!町の方にもまだいるだろ!!」
「うん!急がないとほんとに大将が来ちゃうよ!」

俊敏な動きで海兵を張り倒して、ベポが焦ったように叫ぶ。青雉の他の大将は、確か黄猿と赤犬。どちらも災害レベルの能力者だったはずだ。新聞で得た知識を思い返しながら、ついこの前凍らせられた身体がぶるりと震えた。あんなんがあと二人もいるとか、たまったもんじゃない。

「キャプテン!!アレ…」

全速力で走っていると、張り詰めたシャチの声が前方から聞こえてきた。見ればそこには先程までヒューマンショップにいたユースタス・C・キッドと、その一味が立ち往生していた。
そしてその向こうの樹木の根の上に立っていたのは、それはもう大きな、青雉よりも更にでかい大男。頭には、獣の耳。土煙を纏いながら立つ大男は、まるで狙いを定めるように辺りを見渡した。

「なんで七武海がこんな所に…!!」

驚いたようなローの言葉で、七武海の記事をばらばらと思い出す。海軍に協力する海賊、だっけか?
だがあの大男からは、なんの息遣いも聞こえない。……海賊というには静かすぎねえか?

「トラファルガー・ロー…」

人間味の感じられない声がローの名前を呼ぶ。嫌な予感がザワザワと体を駆け巡って、おれはその場の誰よりも早く動き出した。
「おい待てリバー!!」
「あんの馬ァ…!抜け駆けしやがって!!」
叫んだローとユースタスがあっという間に残像になる。今までで一番の速さで飛び、深く帽子を被ったその頭に狙いを定めた。

「退けデカブツ…!!!」

思いきりその顔面の中心に角を突き刺した。はずだった。
「……!!!」
みしみしと角にヒビが入る感触がして、目の前の大男の口がぱかりと開く。真っ暗な口腔内から、何かが溢れんばかりに光り始める。避けようにもでかい手で角を掴まれ動けない。そしてその光は、すぐに辺りを焼き尽くす凶器に変わった。

「リバーー!!」
「っ、ぐああああッッ!!!!」

すんでのところでベポが蹴り飛ばしてくれたおかげで真正面からの直撃は避けられたが、片方の翼と身体はもろにその光を受けた。
熱い。焼けるように熱い。叫びながらただ地面でもんどり打つことしか出来ない。

割れた角は、あの大男の異様な硬さを示していた。焼け焦げた毛皮と羽がチリチリと辺りに舞うのを霞んだ視界が捉える。人間じゃねェ。分かったのはそれだけだった。

「リバーッ!!生きてるか!離れてろ!!」

駆けつけたローは“ROOM”を広げ、おれを皆の後ろへと避難させた。これ以上は戦力にはならないと自分でも判断して、人型へと戻る。
「っロー!!」
そしてデカブツと対峙するローの後ろ姿にありったけの声量で叫んだ。何処かしらが折れているのか、身体から嫌な音がボキボキと鳴る。
「そいつ、機械だ…!!人間じゃない…っ!!」
「ああ見た!お前はそこで待機だ安静にしてろ!!くそ、どうなってやがるバーソロミュー・くま…!!」

ロー達が一斉にデカブツへと攻撃を開始する。それを横目に、血だらけの身体を引きずって岩場にもたれかかった。額からはダラダラと血が流れて止まらない。知らなかったが、角をやられると額が傷つくようだ。
多分直に後ろから海兵が来る。それまでにあの機械をぶっ壊さねェと。

戦いを続けるローを、ブレる視界の中見逃さないように見つめ続けた。役に立ちたいのに、あっという間に戦力外とかなっさけねェの。これからレッドラインを超えるってのに、おれはもっともっと強くならなきゃ駄目だ。あんなデカブツに一発KOされてるようじゃ先が思いやられる。

ローはユースタスと競い合うように機械に攻撃を繰り広げていた。ローと同じくらい強い奴、初めて見たかも。でもやっぱ、ローの方がかっけェし強い。

ローに見惚れ、あちこちでの闘いの喧騒と自分の荒い呼吸にかき消されていたせいで、間近に迫っていた足音にまるで気が付かなかったのも無理はないと思う。


草を踏みしめる音が近付いたのに気づいて顔を上げた時には、そいつはもう目の前にいた。“BIBLE”と書かれた本を片手に、平坦な顔でこちらを見下ろす、大男。

「は……?」

どくんと心臓が跳ねて思わず後ろを振り返れば、ロー達はあの機械とやり合っている真っ最中だった。でも、じゃあ、こいつは?

「…… チェンバーズ・リバーだな」

大男はするりと手袋を外しながら、静かな声でおれの名を呼んだ。吐息の混じった、人間の声で。

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