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「大将黄猿が、今麦わらの一味の所にいる…全てが終われば、次に来るのはここだ」
「なに、なんだお前…なんで二人いる?」
「青雉はどうだったかは知らないが…もう逃げられない。なぜならお前を必ず捕らえるよう、天竜人が黄猿に命令を出している」

淡々と話す大男は、おれの声が聞こえていないかのように話続けた。
ぱ、と開かれたその手の平には、人間には似つかわしくない物体がくっついている。なんだあれ、肉球?ごく、と飲んだ生唾が食道を通る感触まで自覚できるほど、全身が緊張していた。この威圧感、血の通った声。あの機械とは違う。生きた人間の空気。

なにかやばい。ロー、ロー!!

立ち上がろうともがいた足が地面をかく。しかし巨体は、もう目の前に迫っていた。



「…旅行するなら、どこに行きたい?」




ローがそれに気が付いたのは、バーソロミュー・くまを模した機械が発したビームを避けて、その軌道の先へ目をやった時だった。

「……リバー?」

目を疑う。ビームで焼き払われた樹木の向こう側に見えたのは、目の前の機械仕掛けの七武海と全く同じ背格好の、七武海。バーソロミュー・くま。

「あいつ… リバーに何を…!?」

ビームが直撃した半身を抑え、身体のあちこちから血を流すリバーは、岩場を背にしていてもはや逃げられる状況では無い。座り込みながらも必死に立ち上がろうとしているが、くまの手の平が迫ろうとしている。なんだ、あいつは。何故七武海が二人。あの能力は。リバー。

「ッリバー!!立て!!逃げろッ!!」

あらん限りの大声を出して、“ROOM”を広げる。届きさえすれば、助けられる。

届きさえすれば。

「ロー…!」

ローの声に振り返ったリバーは怯えきった顔から一転、ほっと安堵した表情でこちらに手を伸ばした。明るい大きなグレーの瞳が、青色の膜を映して色を変える。その指先に、“ROOM”が触れた。瞬間。

「ろ、」

ローを呼ぶリバーの言葉が途中で切れる。ぱ、という微かな音がする。一拍遅れて、リバーがいた場所に風が渦を巻く。

「…… リバー?」

肺が凍ったように呼吸が固くなった。
岩場には手の平を広げたバーソロミュー・くましかいない。さっきまでリバーがいたそこには、血の跡だけが残っていた。
呆然とするローの肩をビームが掠める。くらりとよろめいて、ベポが慌てて腕を引いてくれたらしかったのに気付いた。

「っ危ないよキャプテン!リバーがどうしたの!?」
「…………消えた」
「ええっ!?」

ローは音のなる程歯を噛み締めた。
くるりと振り返り、未だ辺りを破壊し続ける機械を“ROOM”の射程に捉える。照準を定め、その頭部をローが的確に撃ち抜くのと、ユースタス・C・キッドの磁気の腕が腹部を殴り飛ばすのは殆ど同時だった。

機械が焦げたような煙を出して停止するのを横目に、ローは青年の消えた岩場に向かって大股に歩き出した。

とてつもなく、苛立っていた。

「バーソロミュー・くま!!!おれのクルーに
何をしやがった!!!」

踵を返して既にその場から去ろうとしていたくまは、振り返らぬまま静かに応えた。

「…大将黄猿が来ている」

だからなんだ。
心底からそう言ってやりたかった。ふつふつと燃える怒りの中、ローは七武海について探りを入れた過去の記憶を思い返す。あの男の手の平で消された人間は、嘘か真か、三日三晩空を飛ぶという。

何故それをリバーに。黄猿が来るからだと?点と点を線で繋ぐのが腹立たしく、ローは鬼哭をぎりりと握りしめた。

「ふざけるな…っ!!!」

“ROOM”を広げようとした左手を、ベポの大きな手が止めた。振り返れば、ベポは心配と焦燥がない混ぜになった、こんがらがった顔していた。

「キャプテン!!リバー心配だけど、周り見て!海軍いっぱいだし、大将も来ちゃうよ!」
「…くそ!」

七武海は強い。機械なら露知らず、本物なら尚更。もう見えなくなったその後ろ姿を怒りで震えた瞳で睨みつける。
ローは包囲された海軍から一斉に放たれる銃撃を全てひっくり返しながら、思考を巡らせた。

死んじゃいない。
それは恐らく、間違いない。でなければリバーを飛ばす意味がない。舌打ちの止まらないローの腕を引いて、ベポがポーラータング号まで一直線に走り出す。

だが、何処へ行っちまったのか分かる術が無い。あんなに怯えた顔をしたまま、そしてローを見て安心しきった顔をしたまま、リバーはこの海のどこかへ消えてしまった。つい先刻までリバーが寄りかかっていた温かみが、ローの片腕にまだ残っているような心地さえするのに。

シャボンディ諸島は今や海軍に完全に包囲されていた。道中数多の海軍を蹴り飛ばし切り飛ばしながら、ローとベポの視界にようやくポーラータング号が入る。その時、とんでもない威圧感が背後から襲ってきた。

「逃がさないよォ、トラファルガー・ロー」
「ッ!!!」
「おや、あれれぇ、チェンバーズ・リバーがいないねェ…」
「大将黄猿……!!」

一瞬目の前が白くなって、気が付いたときには前方に黄猿が移動していた。確か、光の能力者だったか。ベポと二人、足を止めらざるを得ない。
こんな短い期間で三人しかいない大将のうち二人に会うとは、つくづく運の悪いことだ。ローは怒りと焦燥でどうにかなりそうだった。

「そこをどけ…!」
「いやいやその前にねェ… チェンバーズ・リバーをどうしたんだい?わっしァあの坊主を捕えなきゃいけないんでねェ……」
不思議そうに首を傾げる黄猿に、鋭い舌打ちで返す。ゆったりとしたその喋り方が逸る心情に棘を刺すようだった。
「……お前のお仲間が消してくれやがったが」
「何…?ああ~~~そういうことかいバーソロミュー・くまァ…!参ったねこりゃ…麦わらの一味に続き一角天馬まで飛ばしてくれるとは…!天竜人にどやされるのはわっしだってのにねえ…!!」

本当に参った様子の黄猿が、一瞬ロー達から意識を逸らした。その隙を見逃さず、ローはベポと己を甲板の石ころと入れ替え、ポーラータング号へと降り立った。銃弾の雨の中、先に到着していたシャチやペンギン、ジャンバールが船内から出てくる。
すると今度は、港に泊まっていた大量の軍艦から砲撃が降り始めた。黄猿が我に返ったらしい。

「お前ら中に入れ!!出航する!」
「えっでもキャプテン、リバーがまだ…」

疑問を呈すペンギン含め甲板にいた全員を、船内に転がっていた空き瓶と入れ替える。焦って追いかけてくるシャチとペンギンを振り切り、ローは操舵室へと一直線に向かった。

「おい、出航だ!!この軍艦振り切って、何処か適当な海域に浮上しろ!」
「りょ、了解!!」
「ちょちょ、キャプテン!?」
「出航って!リバーはどうしたんです!?」

息を吐いて静かに振り向けば、シャチとペンギンはローの表情を見るなり押し黙って口を噤んだ。只事で無い空気に奥から他のクルー達も出てきて、操舵室へと押し寄せる。
砲弾の衝撃で不安定な中、ポーラータング号は潜水を始めた。もうすっかり慣れた揺れを耐えて、クルー達がローの言葉を待つ。

「…… リバーは…飛ばされた!七武海バーソロミュー・くまに!」
「え…!?」
「あいつが何処にいるのか、どうなっちまってるのか、今おれ達に分かる術が無い…!」
「…!!!!」

「そんな」と震えながら呟いたシャチがへたりと床に座り込んだ。戸惑いからか涙を流す者もいて、リバーがここで過ごした月日の重みを思わせた。
新世界に伝わるビブルカードも作っちゃいない。たとえばエターナルポースなんてもんもリバーは持っていない。

「今は待つことしかできねェ…」

暗く、重い空気が艦内に立ち込めた。唯一ローと共にあの場にいたベポはすっかり落ち込んで、床にのめり込みそうなほど沈んでいる。

「き…きっと戻ってきますよ…あいつキャプテンのこと大好きだから…」

所々裏返ったペンギンの声が、操舵室に反響した。
ローは人知れず、デニムのポケットに手を忍ばせた。リバーのためにと買った一本のヘアゴムが、真新しい袋に包まれてそこにある。

「…… リバー」

生きていてくれ。心の底からそう思う。
もう二度と、大事な人を失うのはごめんだ。

ローは手から血の出そうな程、ヘアゴムをぎりりと握り締めた。

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