自分をニューカマー…新人類だと称するそいつは、カトリーヌと名乗った。
カトリーヌは痛みからか驚きからかろくに歩けないおれを抱えながら、今は何月何日だとかここはグランドラインのどこだとかシャボンディ諸島はどうなっただとかの質問に楽しそうに答えてくれた。
既にあの日から4日は経っていること、ここはグランドラインの外れであること、シャボンディの一件は新聞を騒がせてはいるが、詳細は分からないこと。名前の割に低く渋い声が丁寧に説明してくれる。
桃色の森を抜け、輪をかけて華やかな色合いの住宅街に出る。行き交う人々は皆似たような服を着て楽しそうに走り回っていて、曲がりくねった家々は窓から屋根までハート型をしていた。
「…ハートの海賊団のことは…」
「え、ハート?」
「おれのいる海賊団の名前なんだ。そいつらの――…」
絞り出した声は震えていた。あんだけ海軍がいたんだ。無事ならとっくに出航しているに決まってる。海のことを殆ど知らないおれに、追いつけるだろうかーー。
「ちょっっとカトリーヌ!!!なんなのそのキュートボーイ!!」
「とんだ美青年じゃないのよう!!紹介しなさい!!」
「あらでも待って!この子傷だらけよ!!」
不安に襲われたのは一瞬で、すぐに四方八方からの野太い歓声にかき消された。カトリーヌとよく似た雰囲気のニューカマーたちにわらわらと取り囲まれ顔を覗き込まれる。今まで感じたことの無い迫力に押されおれは何も口を挟むことが出来ないまま、胴上げのように担がれでかい建物の医務室へと放り込まれた。
大きなベッドに寝かされたかと思えば、手際の良い医者が骨折箇所やらを的確に処置してくれる。おさげ髪のその医者は、こびり付いた血を丁寧に拭うことまでしてくれたので、「ありがとう」と素直に礼を言った。
「あらいいのよ。貴方、拭う度綺麗になってくからやりがいがあるわァ!」
「悪ィ、助かる……」
「でも栄養失調も酷いわよ!何日食べてない?」
四日、と返せば、おさげ髪を逆立てる勢いで怒った医者に俵のように担がれ、今度は食堂に放り込まれた。おれだってそこそこ身長あるはずなのに、この島の住人ときたら全員軽い荷物のように扱ってくれやがる。なんなんだここは。イスに座らされた途端溢れるように出てきた料理をとりあえず頬張れば、それはもうフォークが止まらなくなるほど美味かった。
「うめェ……しかもなんか、身体が軽くなってきた」
「あら、よく分かったわね!レシピに秘密があるのよ!骨折なんかあっという間に治っちゃうわ」
料理を運んでくれたのは、ここの給仕係だというカトリーヌだった。やけにでかい建物だとは思ったが、この王国の城だったらしい。
確かに食えば食うほど痛みやだるさが引いていく感じがする。そしてそれと同時にぼやけていた思考も鮮明になっていく。
カトリーヌの口ぶりでは、ここはグランドラインでも端の方に位置しており、シャボンディから距離もあるとのことだった。だけど、たとえ翼がちぎれたっておれはローの元に帰らなければならない。
「…名乗ってなかったよな。おれはリバー」
礼を言えば、カトリーヌからにっこりと笑みが返される。
「リバーちゃんね!それで…ねえ、あなたも“そう”なの?私たちと同じ?」
「いや違う」
「あらそお残念だわ〜」
何が“そう”なのかは察することしか出来ないが、多分違うことは確実だ。
「何から何までありがとな。あー…何か出来ることがあればやらせてくれ」
「あらホント!?じゃあリバーちゃん、このドレス着てみてちょうだい!」
ぱん、と手を叩いたカトリーヌが、喜色満面の笑みでブルーのドレスを取り出した。そしてドレスの登場と共に、顔を輝かせた大量のニューカマーたちが食堂に押し寄せてくる。一体どこから出てきやがった。
思わず後ずさりしたが、背後にはおさげの医者が逃がさんとばかりに仁王立ちしていた。なにこの連帯感。怖ェんだけど。
「なんで……いや、いい。分かった。そんなことで良いなら。着るもんにこだわり無ェし」
ドレスだろうがワンピースだろうが、服なんてどうでもいい。簡単な礼で済みそうで安心した。迷いなく手を差し出せばニューカマー達が踊り狂って感激しだしたので、また後ずさりする事になってしまった。
「いやっほーーー!!もっとレースつけちゃえ!」
「このワンピースも着てみて!あと髪も結わせて!メイクも!」
「…あー、なんでも着るからさ、なんか船とかありゃ…」
「ちょっとおおお!!みんな!!みんな!!」
さりげなく船を譲り受けようとした考えは、大声とともに転がり込んできた人物によって阻止された。息せききって食堂のドアを開け放った新たなニューカマーが、全員の注目を一斉に集める。
「今良いところなのにい、どうしたの?」
「大変よ!また空から男の子が!!そこのイケメンと同じ、変な形の穴ぼこの中から出てきたわ!」
ニューカマー達がわっと色めき立つ。反対におれは呆然と立ち尽くした。
空から?そんなこと、一日に何度もあるわけがない。もしかして、また誰か飛ばされた?
だったら、それなら、ハートの誰かかもしれない!
「おい、それどこだ!!」
「やだこのイケメン近いわ照れちゃう!西の海岸よ!」
西か。おれは大勢のニューカマー達の先陣を切る形で城を飛び出した。暗くなってきた空を見ればハート型にゆらめく日が既に傾きかけている。あっちが西だ。天馬になるのがてっとり早いと判断して、背中から勢いよく翼を出す。
的確な治療とあの料理のおかげで、身体はすっかり本調子に戻っていた。
地面を駆けつつ四本足になって、夕日を目指して空へと舞いあがる。びゅん、と風を受けつつスピードを上げれば、地上のニューカマー達はあっという間に小さくなった。
「ねえちょっとー!あの子ペガサスになったわよ!!」
「角まで生えてたわ!盛りすぎじゃない!?」
「待ってよリバーちゃーーん!」
ざわめきを背に全速力で空を飛ぶ。ハートの誰かだったら良いのに。クルーの誰かなら、誰であっても全力で抱き着いてやる。
遠くに見えていた海岸が近くなるごとに、何やら尋常ではない叫び声が耳に入ってきた。
「ウオオオオオ!!おれは違うううう!!」
余りの叫びに耳がパタパタと動く。徐々に高度を下げて目を細めて見れば、海岸線に傾く夕日を背に逆光で浮かび上がるたくさんのシルエットがあった。誰かが……男が、大勢のニューカマーに追われている。
浜辺に降り立って、翼から徐々に力が抜けた。落胆と、困惑。
ハートの誰かじゃない。でも、知らない誰かでもない。
あいつを見たことがある。しかも、つい四日前に。
「…麦わらの一味の奴だ」
「えっリバーちゃんあの子知ってるの!!ていうかねェ、あなたペガサスちゃんだったの!!?」
カトリーヌ一行がいつの間にか追いついていたらしい。独り言に返事があったもんだからいささか驚いた。それにしても足はえーな。
カトリーヌ達は、今にもあのスーツを追いかける群れに加わる勢いだった。しかしあの逃げっぷり。流石に可哀そうに思えて、おれは大きく翼を広げてカトリーヌ達の前に立った。
「顔見知りだ。おれが声かけて来てもいいか」
翼と角をだけ残し人獣型に変化しながら問えば、ニューカマー達はあんぐりと口を開けて頷きを返してくれた。
「そーんな美しすぎるお馬さんに言われちゃ断れないわよ…!あなた、地獄の天使?」
「…いや、一角天馬ってやつなんだ」
「あー!新聞で見たことある!そうだわ、イケメンすぎる海賊チェンバーズ・リバー!!」
「どーも…じゃ、悪ィけど後ろで追っかけてる連中を止めてくれないか」
翼を仰ぎ、未だ波打ち際を逃げ惑うスーツを追いかける。
「おい!お前、麦わらの仲間だろ!なんでここにいる!」
「アアアおれは男だああ」
「全然聞こえてねェな」
すぐ隣を翼と角を生やした不審人物が平行しているというのに、泣き叫ぶスーツは全く気が付く様子が無い。
気の毒に錯乱状態らしい。仕方ないので奴の進路を妨害することにした。
大きく羽ばたき、全速力で駆けるスーツの前に降り立つ。翼をぱたぱたと仰いでアピールすれば、さすがにその視界におれの姿が入ってくれたらしい。砂を撒き散らしながらスーツは急ブレーキをかけ、目を見開いた。
「おい、いい加減止まれ」
「お前…お前は…!シャボンディにいた!!男!!!男だ!男だよな!?」
「あたりめーだろ。…うっ」
おんおんと号泣しながらスーツがおれの胸元にダイブしてきた。細身に見えるが中々の筋肉量だ。支えきれずよろめいたおれの腰に縋り付き、黒いスーツを砂まみれにしながら男はぺしょぺしょに泣き続けている。
どんだけトラウマなってんだよ。ロー以外とこんなにもくっつくのは全くもって本意ではないが、あまりの傷心ぶりに同情心が湧いてそのままにしてやった。
「で、リバーちゃん!!この子“そう”なの!?」
「違うっつってたろ。話聞いてやれよ」
「あらそお、残念」
「あん!?おい!!なんっでこいつが言うことにはそんな素直なんだ!おれが言っても信じなかったくせに!!」
隠れるようにおれの背に回ってなおもしがみ付きながら、スーツがニューカマー達に怒り狂う。
「だってあなた」
「リアクションが面白いから」
「リバーちゃんクールなんだもの」
「いじれる雰囲気じゃないし」
真顔で言い放つニューカマー達に、スーツはまた「うわああナミさーんロビンちゃーん!」と泣き始めた。
大分元気が戻ってきたらしい。もう抱き着かせてやる義理も無いと判断し、その身体を無理やり引きはがした。
「おい、おれはチェンバーズ・リバー。あんた麦わらの仲間だよな」
「ん、ああ…おれはサンジだ…そういやお前、なんでこんなとこに?まさか……おれと同じか?」