サンジ?まさか黒足のサンジか?まじまじと目の前の男を見やるが、どう見てもあの手配書とは似ても似つかない。片目が隠れてるとこと、ぐるぐるの部分くらい?まあだが、今掘り下げるような話でも無いか。
翼を戻し、黒足と視線を合わせるため砂浜にしゃがみ込む。シャボンディで見た時は意思の強そうだったその眉毛が、今は見る影もなくくたびれていた。
「おれァバーソロミュー・くまに飛ばされてここに来た」
「え、やっぱりお前も…!?」
状況は麦わらの一味と殆ど同じだった。黒足が言うには、まずパシフィスタというらしい機械に追われそれに苦戦していたところ突然本物のくまが現れ仲間が次々に消されていったという。ぐしゃぐしゃと金髪を掻き乱した男は、すっかり参った様子で煙草に火をつけた。
「あいつらも同じように生きてると思いたいが…」
「…それァ多分、間違いなく生きてる。じゃなきゃ飛ばした意味が無ェだろ。本来なら全部黄猿に任せときゃ良かったんだ。ローは強ェし、お前んとこの船長だってまあまあやるんだろうが…大将は桁違いだ。客観的にみたら、捕まっちまう確率の方が高かったと思う」
空を飛ばされていた間、考えていたことだった。大将は驚異的な能力者だ。それは身をもって知っている。
そして、あのシャボンディで天竜人の指示を受けた黄猿に追われて無事逃げられたかと問われれば、正直肯定できない。放っておけば倒されていたであろう海賊を、あの七武海は逃がしたのでは無いか。
黒足は頭の回転の速い人間のようだった。おれの言葉を咀嚼した後、すぐに「癪だがその通りだな」とつぶやいた。
「だが、何故だ?何のために。あのデカブツにそんな義理はねェだろ」
「おれ達を生かそうとした理由は知らねェ。正直今もローと引き離しやがってムカついてしゃーねェけど。お前の仲間が生きてるってのは多分当たってると思う」
「…なんだ。スカした野郎かと思えば、お前もしや良い奴か?」
細い煙を口から吐いて、黒足がひょいと眉を上げる。
「違ェよ……ロー達も同じ結論に至ってたらいいと思っただけだ」
「そういやお前の仲間は?同じように飛ばされたのか」
「……いや、多分おれだけだ」
深刻な雰囲気をかもしだすおれ達に気遣ってかカトリーヌ達はさっきまでの騒がしさが嘘に思える程黙りこくっていた。波の打ち寄せる音だけが響く砂浜で、真剣な表情でおれを見つめる黒足に向かって一本指を立てる。
「お前らとおれの共通点はひとつ。天竜人に狙われてたことだ。麦わらは連中をぶん殴った。お前らも連帯責任。おれはそもそも……いや、まァとにかく、黄猿はおれ達を捕らえろっていう天竜人の指示であそこに来た。くまもそれを知ってた。で、ロー達が飛ばされてねェ理由だが、おれを飛ばす前くまはまだお前らの所には行ってなかった。だが黄猿にやられる前にお前らを飛ばさなきゃならねェし、天竜人に狙われてる訳でも無いロー達を飛ばしてる暇も理由も無かったはずだ」
だからきっと飛ばされたのはおれだけだ。ロー達が無事だという推測ができただけて万々歳だろう。黙って聞いていた黒足は、納得したと言った風に頷いた。
「ローっていやァ確か、ルーキーの?」
「おれのキャプテン。そのルーキーの中で一番格好良くて強ェ奴」
「あん?てめェうちのルフィだってなあ……」
頭のキレるローのことだから、きっと気づいてくれるはずだ。おれが無事に生きているってことに。
黒足、落ち着いたか?じゃあカトリーヌ、船を貸してくれ。ローんとこ帰るから。あ?無理?無理なら飛んで帰る。じゃーな。
黒足が幾分か落ち着いたのを見守ってから、おれは挨拶がわりに片手をあげて海に向かって歩き出した。とっとと帰らねぇと。
しかし、おいおいおい待て待て待てと、慌てたように引き留めてきたのは黒足とニューカマー達だった。
翼を出し浜辺から飛び立とうとしたが、足首を筋骨隆々の人間たちに捕まれ身動きが取れない。
「離せ。おれはローんとこに帰んなきゃいけねェ」
「お前バカか!冴えた野郎かと思ったのに!!」
「んだと?」
「飛んで帰るって…この海域なめてんじゃねェぞ!それに、お前の仲間がまだシャボンディにいる確率は限りなくゼロだ!あの海軍の量見たろ!」
黒足はおれの肩を掴み、必死の形相で訴えてくる。ほかにも「目の前で死に行く奴を見過ごせる性分じゃねェ」などと言っていたが、多分今叫んでいる「こんな地獄におれを一人置いていくな!!」というのが十割だと思う。
「でも、ローが」
「うっせお前どんだけ好きだよ!仲間に会いてェのは分かるが冷静になれ!」
「そうよそうよ!!」
「それにまだドレス着てないじゃなーい!!約束でしょ!」
そういえばそんな約束したな。世話になった礼を反故にはできないので渋々海水に浸かっていた足を戻せば、息をのんだ黒足が絶望したような表情で崩れ落ちた。
「ド…ドレスって…お前もやっぱり…」
「飯と治療の礼に着るだけだ」
「あと髪の毛とメイクもね!!」
遺憾だが確かに、黒足の言っていたことは正しい。
シャボンディ諸島までの方角なんか分からねェし、このデタラメな海の上空を生きて飛んでいけるような気もしない。
…でも、それでも、会いたいって思っちまうもんはしょうがねェだろ。もう四日も会えていないなんて。やるせない思いで見つめた水平線には、島一つ浮かんでいなかった、
ニューカマー達は大いにはしゃぎながらおれと黒足を街まで先導した。城に泊めるには女王とやらの許可がいるとのことで、宿屋の部屋を貸してくれるらしい。
反応の平坦なおれと違って黒足は全てのちょっかいに過敏に反応するもんだから、宿屋につく頃には再び息も絶え絶えになっていた。
泣きついてきたのを何度振り払ったか分からない。悪ィが、おれはおれで割とナーバスになってるんだよ。
黒足とおれは、これまたハートの屋根のビビットな宿屋の二階、ベッドが二つ並んだ部屋に案内された。ツインか、と思わないでもなかったが、文句を言う身分で無いことは百も承知なので素直に礼を言った。
黒足はおれと同意見どころか、むしろ大げさな程喜んでいた。
「よーしリバー君!お前が唯一の安寧の地だ!せいぜいおれの盾の役目を果たせ!」
ぐっと親指を立てる黒足に、肩をすくめて返す。
おれとしても、同じような境遇の奴がいることに安心を覚えない訳ではなかった。
その夜から黒足と随分たくさんの話をした。
暫くは島から出られる見込みが無く二人とも随分とやきもきしていたし、黒足は街中でニューカマー達に散々追いかけられる日々を送っているようで、その愚痴も多かった。おれは遠巻きに眺められる程度なので、やはりこいつのリアクションの良さがニューカマー達の熱いいたずら心に油を注いでるのは間違いない。
変わって黒足が楽しそうに話すのは殆どが「ナミさん」と「ロビンちゃん」の話だった。目をハートにするその様は笑えたが、時折混じる他のクルーの話や元の職場だったというレストランの話、そのどれもこれも波乱に満ちていて、おれはいつの間にか前のめりになってしまっていた。
「こんなことまで話していいのか?おれ一応別の海賊団だけど」
バラティエの話が終わる頃に、ふと疑問に思った。そもそもこいつらの一味は、あのトナカイもそうだったが警戒心がやけに薄い。ニコ・ロビンあたりはそうは見えなかったけど。
「いいんだよ。おれも話してたら落ち着くし、それにお前はケイミ―ちゃんを探すの手伝ってくれたろ」
「大丈夫かよそんくらいで」
「そんくらいじゃねェよ。それに人を見る目には結構自信あるんだぜ」
片方しか見えない目を細めて黒足は笑顔を浮かべた。その表情に、ヒューマンショップで見た麦わらの太陽のような眩しさがダブって見える。
船長が船長なら、船員も船員。シャボンディでのローの言葉が脳内でリフレインした。
おれも人を見る目には結構うるさい方だ。それどころか治安の悪いスラムで散々な目にあったおかげで、まず疑ってかかる質だと思う。でも、こいつからは何一つ悪い性分が見えない。
「その目が間違ってねェことをおれも祈るよ」
話好きで無いことは自覚しているが、その割には多くのことをおれも黒足に話した。おれのお眼鏡にかなった、て訳だ。
「またローの話かよ」と逐一突っ込んでいた黒足が、しまいに「またロー」と略して突っ込むようになる程たくさんの話をした。
おれがこいつのことをサンジと呼ぶようになるまで、そう長い日数は必要なかった。