「クソ、ちくしょう……!!!ちくしょう…ッ!」
全ての記事を読み終える頃、サンジは頭を掻きむしりベッドに突っ伏してしまった。同じ記事を読んでいて嫌でも目に入る彼の船長である麦わらの名前と、そしてその兄だという火拳のエース。
火拳とも会ったことがあるというサンジが一体今どんな心境なのか、理解はできなくとも想像くらいはできる。
しかし我ながら薄情にも、おれは震えるサンジの肩に手を置いてやることもせずその記事の末尾から視線が離せないでいた。魂の抜けたような心地がして、一人震え憤るサンジとは真逆に、呆然と固まりながら同じベッドに座り込む。
“突然戦場に現れたトラファルガー・ロー率いるハートの海賊団が、モンキー・D・ルフィ及び元七武海ジンベエを救出。海軍は彼らを捕らえることができなかった。”
ロー。ローだ。
味気の無い新聞の文字。だけどトラファルガー・ローという並びだけが輝いてみえる。
座ったばかりだというのによろりと立ち上がって、おれはベランダに出た。こんな顔悲しみにくれるサンジに見せられる訳が無かった。
「は、はは……ああ、ロー、ロー……!!」
だって、涙がとまんねェんだよ。一緒に笑いまで溢れてきやがる。
ロー。
皆。生きてたんだ、良かった。ポーラータング号は無事にシャボンディを出航できたんだ。それで、それで、あんたは危険な戦場に赴いてまで麦わらを助けた。
だって、気に入ってたもんな?麦わらを見る時の楽しそうな顔、忘れたくたって忘れられない。それにあんたは医者だ。根っこが医者なんだ。もっと他に理由はあんのかもしんねェけどさ。
マリンフォードに行くなんて、ロー以外の皆はおっかなびっくりだっただろう。想像しただけで笑えてくる。
「あーあ、おれもそこに、あんたの傍にいたかったなァ……」
涙が溢れて溢れて止まらない。よろめいて欄干についた手にぼたぼたと雫が落ちた。
なあ、ロー。
傍にいきたいよ。
頭を撫でてくれよ。
バカ、って言って額を弾いてくれ。
抱きしめてくれ。
あんたの香りに包まれたい。
隣で眠りたい。
一緒に飯を食いたい。
あんたに名前を呼ばれたい。
寂しくて仕方がない。
心がはち切れそうだ。
あんたがいないと、ろくに夜も眠れないよ。
自分の中の水という水が、全部目から流れ落ちているような気さえした。朝日が照らすベランダの床は、おれの涙で水溜まりができていた。
「ロー、ロー……」
柵をずるずると掴んだまま床に座り込んだ。どれだけ呼んでも、あの低い声が応えてくれることは無い。あいつらに着せられた妙な服を着たおれを笑ってほしいのに、あんたはいない。サンジに教わった料理を今すぐにでも振舞ってやりたいのに、いない。
虚しさからか溢れる涙は勢いを増すばかりだ。おれはただ、身を切るような寂しさと共に泣き続けた。
エンポリオ・イワンコフが帰還したのは、それから数日後のことだった。
*
女王が帰ってきたとかで大騒ぎのカマバッカ王国で、慌てるカトリーヌからその女王の名前を聞いたのが夜明け前。その名を聞いて、おれとサンジが二人して椅子を蹴っ飛ばし港に向かった時にもまだ朝日は登っていなかった。
そしてその十分後には、登り始める朝日の中城にある謎の大舞台に放り出され、何故か大勢の観客の目に晒されている。
記事に名前のあったエンポリオ・イワンコフは、正にニューカマー達の女王にふさわしいド迫力の姿をしていた。だがそんなことには目もくれず、おれとサンジはそれぞれローと麦わらの所在について、唯一の当事者に詰問を開始した。あいつはどーしてる、どーしてあーなった、あーだこーだ。
鬼気迫る顔で同時に話しだすおれ達に、イワンコフは痺れを切らして巨大な顔を更に大きくさせて叫んだ。
「ちょっとちょっと、落ち着きなさーーい!!まずそこのヴァナタ!!名を名乗って!!」
「おれはチェンバーズ・リバー。ハートの海賊団のクルーだ。ここの皆には随分世話になってる。まずその事の礼を言おうありがとう。それで、頂上戦争に現れたっていうトラファルガー・ローが今どこにいるか知らないか」
「ウーン、完璧な挨拶ね!!」
知る限りの礼儀を引っ張り出して、おれはイワンコフの前に跪いた。どんな些細なことでも良い。何かローのことが知りたかった。
イワンコフは隣に立つイナズマという人物から手配書を受け取り、おれの顔と見比べて頷いた。
「なるほど、一角天馬チェンバーズ・リバー。確かみたいね。いいわ教えてあげましょ。まずトラファルガー・ローについて知っているのは、麦わらボーイとジンベエを治療しそして……ボア・ハンコックと共にアマゾン・リリーに向かったということだけ。でも、ヴァターシが彼らと別れてもう既に日数が経ってるから、まだあの男禁制の島に滞在しているとは思えなっティブルね」
「………、そうか……」
確かにローが不必要に長い期間一箇所に留まるとは考えにくい。じゃあ、イワンコフは本当にローの今の所在を知らないことになる。
「ヴァナタ、トラファルガー・ローのビブルカードでも持ってるのかしら?」
「…いや、持ってねェ」
「なら、たとえ彼がまだアマゾン・リリーにいたとしても、ヴァナタにはどうしたって辿り着けないわ。そのレアな飛行能力を使って飛んで行くにしても、今のその弱っちろそうな身体じゃ無理ね」
派手な見た目とは裏腹に、イワンコフは至極真っ当な目線で物事を見る奴らしい。言われる全ては正論であり、自分自身しみじみと分かっていたことだった。
おれにはまだ、この海を飛んでローの元へ渡るだけの強さは無い。飢えて墜落するのは目に見えていた。
折角のヒントが現れたと思ったけど結局振り出しか。舞台の上で蹲り項垂れると、「リバーちゃん元気出して!!」と客席にいた大勢のニューカマー達から大きな声援が寄越されてきた。なぜか泣きながら応援してくる奴までいるもんだから、思わず笑ってしまう。
「……ありがとな」
「見た!?今あたしに微笑んだ!!」
「いや角度的に私!」
ここの島の奴らは、いつだって明るくて大抵笑ってる。ヘンテコな島だが、その点は結構気に入っていた。幾分か気を取り直しイワンコフに向き合う。
「……分かった。ローの事が聞けただけで嬉しい。悪ィがおれはもう暫くここで世話になる。時間がかかったとしても、どうにかしてあいつの所に飛んでいってみせる」
カトリーヌに特訓を増やしてもらおう。新人類拳法とかいう流派の師範代らしいカトリーヌは、甘え無しのそりゃもう厳しい稽古をつけてくれていた。拳法を発展させた天馬の角と翼を生かした技まで編み出してくれていて、本当に頭が上がらない。あれを続ければ、きっと単身海に出られる日がくるはずだ。
「あらやだ健気!!トラファルガー・ローも中々筋の通った人間だったわ。ヴァナタ達似てるわね」
「…!おれとローが似てる?え……そうかァ?んたことねーと思うけど……ローはちょっと他の追随を許さねェ勢いでかっこよすぎるし……いやでも悪ィ気はしねえな…!」
似てるなんて言われたのは初めてで、恥ずかしいやら嬉しいやらで顔面に熱が集まった。
「リバーちゃん照れてる!!!」
「やだかわいいィィ!抱きしめたい!!」
「……ねえちょっと何?このハンサムの人気。あ、ハンサムだからか!!一本取られたわヒーハー!!」
「おれが知るか!!おい次はこっちの番だ!ルフィはどういう状況で!!どんな様子なんだ!」
サンジの手配書のふざけた肖像のせいで、イワンコフは彼を麦わらの仲間だと認めないようだった。おれはいつの間にか出された豪華な造りの椅子に腰掛けながら、目の前で繰り広げられるイワンコフとサンジによる漫才のような茶番を見守った。しかしやっぱり、あの手配書は何度観ても笑えるな。
やがて問答に痺れを切らしたサンジは、どうやら船を賭けてイワンコフと一騎打ちすることにしたらしい。いや脊髄反射すぎ。
「おい大丈夫か?こいつ結構強そうだけど」
「うっせェ!!もう決めたんだ!悪ィがリバー、おれは一足先にこの島を出るぜ……!!!」
「別にそれは良いけどよォ」
そして、そんな風に肩をいからせていきり立っていたサンジがイワンコフに瞬殺されたのが、ついさっき。
椅子の次は一騎打ちの舞台であった森の中で切り株に腰掛け、おれは丸焦げになったサンジを眺めていた。気が急いていたのは分かるが、あんな集中力に欠けた状態じゃ勝てるもんも勝てないだろ。