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響いてくるはずのものが響いてこない。
触れ合った肌越しに、あんたの鼓動が聞こえない。

自分の胸がバクバクと、嫌なリズムを刻みだすのが分かった。

愕然と見つめた先で、ローは凪いだように静かな表情をしていた。それですぐに察した。ああ、おれが気づくって分かってたんだ。気づかれても構わないと思って、それでも抱きしめてくれた?
ていうか、なんで?生きてるんだよな?なんでそんな事になってんの。

蒼白になったおれの手を取って、ローは自分の服の下に手を入れて胸元に導いた。冷えきった指が肌の上を滑って、筋肉の凹凸を辿った先。本来心臓があるはずの場所には、四角の大きな穴が開いていた。嘘の様にくり抜かれた身体。こんなこと、出来る奴なんか一人しかいない。

浅くなる呼吸につられるように思考が一気にフル回転しだした。

心臓が無いのにローは生きてる。腕や首の脈はある。どこかで心臓は動いてるんだ。こんな、こんなデタラメな真似が出来るのはあんた自身しかいない。じゃあ、なぜ?
思い出されるのは、あの金網にあった世界政府のマーク。海賊の心臓を100個届けてまでなった七武海。不自然な単独行動。今この部屋には無いローの心臓。きっと別の奴が持っている。
ローは何かと引き換えに差し出したんだ。じゃなきゃ負けず嫌いのこいつは地の果てまで追いかけて奪い返すに決まってる。
こんなとこで、呑気しておれの頭なんか撫でてない。

……ああ。もしかして、ここにいる代わりに心臓を?

半ば睨むようにして己のキャプテンを見上げる。

「この島に一体何がある?心臓と引き換えに拠点にしてんのか?七武海になったことと関係あんだろ」
「よく分かったな」

こっちは怒りで震えてるってのに、ローは素直に感心しながら片手でおれの頬をはさんで、口を尖らせてきた。

「はなへ。おこるぞ」
「もう怒ってるだろ」

子供を落ち着かせるようなキスを額にされて一気に顔に熱が集まったが、そんなことでは誤魔化されない。
理性をフル動員してローの顔を引きはがす。これ多分、初めての反抗だ。

「ど…っこにある!!あんたの心臓!」
「この島にはあるはずだ」
「ああ!?じゃあ探してくる。どこだ、あっちの燃えてた方か?」

立ち上がって部屋を出ようとすれば、手首をぱしりと掴まれた。振り返って睨みつければ、ソファに腰かけたままのローが表情無くこちらを見上げている。

「あれはおれの交渉材料だ」
「分かってるよんなこと」
「なら、見つけてどうする」
「おれの心臓とすり替えりゃいいだろ。あんたの能力なら簡単だ」

言いきらないうちに、ぎし、と音を立てて骨がきしむほど、手首を掴む手に力が込められた。
キンと部屋に沈黙が走る。さっきまで凪いでいたローの瞳がぎらぎらと揺らめいているようにも見えたが、それを無視して言葉を続けた。絶対負けねェ。こんなふざけた話があるか?だって今日せっかく、やっとあんたに会えたのに。

「心臓取ったっつーことは、相手はあんたの強さを恐れてる。もしもの時心臓を潰せばあんたは動けなくなる…つーか死ぬからな」

自分で言った言葉に舌打ちをした。頼むから、死ぬ、なんてろくでも無いこと言わせてくれるなよ。足元に跪き、半ば訴えかけるようにその膝に手を置いた。

「…なァ、本当にそうなった時どうする。心臓を潰されちまったら?七武海になってまで、政府に下ってまで成し得たい何かがそこで終わっちまうんだぞ。代わりにおれの、部下の心臓ひとつくらい賭けてくれ」

ローは掴んでいたおれの手首を離し、腕を組んでソファにもたれた。解放された手首には指の跡が赤く残っていてじんじんと痛む。こちらを見下ろす目は、外で降りしきる雪よりも冷たい色をしていた。

「残念だがその案は却下だ。おれの能力がないと成り立たねェ内容だが、おれは協力しねェ」
「……っロー!!」
「もっとましな作戦を考えろ」

取り付く島も無くローは長い脚を組んで俯いた。その全身から間違いようも無く拒絶の空気が滲みでていて、へたりと腰が抜けた。この男の頑固さは知っている。怒りよりもいっそ恐怖の方が色濃く襲ってきた。ローが死のリスクの上に立っていることが震えるほど恐ろしい。

なんで。なんでだよ。なんで分かってくれない。
だってやっと…やっと会えたのに。ローの膝に置いた拳を震えるほど握り俯けば、床にぽつりと涙がこぼれた。

…なっさけねえ。あーあー畜生、こうなりゃ泣き落としだ。

勢いよく起き上がり、感情のままにローの胸倉を掴み上げる。
されるがままになっておれを見あげる表情は本当に、心の底から迷惑そうだった。冷めたその顔にぽたりと数滴涙が落ちる。
笑えるよ。そんな顔であんたに見られる日がくるなんて。それも、なァ。焦がれて焦がれて、やっと会えた今日にだぞ。


「っおれは!あんたの傍にいたいから戻ってきたんだ!!あんたがいなくなったら意味がなくなる…!!それならおれが死ぬ方がマシだ!!おれァ本気だ…心臓入れ替えなきゃ今ここで舌噛んで死んでやる!」
「………ッ、この、アホ馬が…!!」


ローの何かがぷつりと切れる気配がして、掴んだ腕の倍以上の力で胸倉を掴み返された。突然締まった肺に顔をしかめた瞬間に、起き上がったローに叩きつけるようにソファに引き倒される。

ぶつけた後頭部が痛い。衝撃に閉じていた目を開けば、真上から恐ろしい程冷えた目をした男に見下ろされた。ローのことを、怖い、と思ったのは初めてだった。

「……理解の及ばねェ馬鹿に聞くが」

息が詰まるほど胸を締めあげられ、細い息が漏れた。とてつもなく、怒ってる。低い声は怒りからか時折震えが混じっていた。

「チェンバーズ・リバー。あの日、目の前でお前が消し飛んだ時のおれの心情に、思いを馳せたことはあるか?お前がポーラータングに落としてった羽根を一枚一枚拾い集める、無様な船長の姿を想像したことは?毎日毎日おれの名を呼ぶお前の声の幻聴が聴こえる、心底クソみてェな日々だった……それでも藁にすがる想いで託したビブルカードが、役目を果たしてお前を連れて帰ってきたと分かったときの喜びが…分かるか」

声の出ない身体を、長い腕が乱暴に持ち上げた。

「…やっと、やっと腕の中に帰ってきたお前が、今度は心臓をくれてやるなんて言い出しやがった…なぁ、その出来の良い脳みそで考えてみろ。おれが、許すわけ無ェだろうが…!!」

怒りに震え肩で息をするローに、ぱ、と手を離され背中からソファに崩れ落ちた。せき止められていた空気が突然入り込んできて肺が悲鳴をあげる。

見上げた天井が涙で滲む。
ローはふんと息を吐いて、おれの隣に勢いよく腰かけた。


「…ずりィ……」


言えたのはそれだけだった。後はもう涙で言葉にならない。こんな事言われちゃあ、もう何も言えねェよ。とんでもない悔しさと、とんでもない喜び。ああ、どうしようもなくやるせない。

「成立しねェ案を寄越した時点でお前の負けだ」

吐き捨てるように言われた言葉に観念して目を閉じた。ああ、そうだった。おれはあんたに一生勝てないんだったっけ。

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