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「…で?おれァここにいても良いのか?邪魔ならそのゾウとかいう島行くけど」
「良い。いろ」

半分ヤケクソで提案したが、ローが速攻否定してくれてほっとした。出ていけとか言われたら延々号泣しながらゾウまで飛ぶはめになっていた。出来ればそんな虚しい空の旅はしたくない。


ちなみに雑な返事をしたローは、何処からか髪切り鋏を取り出して真剣におれの髪を切っている最中。
腰まで伸びていた髪はさぞ切りにくいだろうが、
異様なこだわりを見せたローは既に肩の少し上くらいの高さに完璧にヘアカットしていた。
段を入れたり揃えるところは揃えたり。なんだこのテクニック。あんた美容師までできんのか?

「この島での目的達成のために動き出すとき、奴らの予想外のカードが一枚でも多く手元に
あった方が良い。バレなきゃ対価を差し出す必要もねェしな……悪ィがその時まで、お前はこの部屋から出られねェが」
「え……ずっとあんたといれるってこと?」
「あァ。おれも用がある時以外は大体この部屋にいる」

なんだ、ただの天国か。いや天国が過ぎて、むしろ苦しいかもしれない。奴らって誰だとか聞かなきゃいけないことは山積みなのに、ずっとローといれるという幸福が全てを上回っている。

「全然大丈夫っつーか、逆におれ供給過多で多分いつか倒れる。戦力になんねェかも」

真剣に言えば、壁に掛けられた小さい鏡越しに目が合ったローが呆気に取られたように押し黙った。

「なに」
「いや、お前…いよいよ隠さなくなったな」
「あァ?ああ……いやだって、ずーっと溜め込んでたんだぜ?口に出さねェと爆発する、まじで。いやおれだって、何言ってんだ自分って思うけどさあ」
「は、元々末期だったが酷くなってるな」
「……駄目か?」

もしかしてうざかったりする?若干不安になってローの方を振り返れば、楽しげな笑いと共に頭を撫でられた。

「別に構わねェ。ただ、おれに気を取られてる隙にやられるとかは勘弁しろよ……全くお前、何言わせやがる…」

冗談で無く、本当にその危険があるから自分でもやべェと思う。本気で心配されそうなので大人しく口は噤んでおいた。

「……よし終わりだ」

満足気な声がしたので鏡に向きなおる。どうやら完成したらしい。その出来はといえば、やっぱり完璧だ。首元あたりの高さで段が入って、肩の上で計算されつくした無造作さで跳ねる髪、それと前髪は真ん中で分けて目元に流す絶妙な長さ。

完成度は勿論のこと、何より嬉しいのはこれがローの思うおれに一番似合う髪型だってことだ。だって見てくれ、この達成感に満ちたローの顔。なんか可愛いんだけど。格好良いじゃ飽き足らず、ついに可愛いって感想までおれから引き出しやがったこの男。たまんない。

「完璧。さんきゅ、ロー」

とんでもない毛量が減ったせいか頭が軽い。振り返って首を傾げ、ローに見せびらかしてみる。

「どう?」
「似合ってる」
「え」
「長ェのも良かったが……それもお前には似合う」
「…えっ」

真っ直ぐな返答に面食らって何も言えなくなった。ローは至って真面目な顔をして、切ったばかりの髪に手を入れて指通りを楽しんでいる。似合ってる、だってよ。顔が熱い。お互い長いこと離れていたせいか、何でもかんでもそのまま口に出してしまう傾向が強くなってしまったようだった。

何故だか熱くなってきた目頭をぱちぱちと瞬きして誤魔化す。首筋に置かれた手に手を重ねて、自分も思ったことをそのまま言おうと思った。

「…一年半、伸びてく髪を見る度あんたに会いたくなった…切ってもらえる日が来て良かった」
「……ああ」
「ロー……本当に、会いたかった。あんたがいなきゃおれ……」
「リバー」

髪を撫でるその手が後頭部に添えられて少し力が込められる。その力に身を任せれば、じっとこちらを見つめる端正な顔へと距離が近づく。

ローの小さな顔を両手で包みこんで、薄くシャープな唇に自分のをやんわりと押し当てた。静かな接触だったのに、身体中が歓喜で熱くなる。再会して初めての唇へのキスだった。

目を閉じて、角度を変えて吸い付けば同じように返されて鼻先から息がもれる。一ミリの隙間も無いように焦がれた男の唇の感触を堪能する。この一回の口付けに、我ながら万感の思いを込めすぎているような気もするけど。
会いたかった、抱き締めてほしかった、やっぱ心臓を取り戻してほしい、その他色々。

ローは唇を触れ合わせたままおれの腰を抱き寄せると、そのまま太ももを跨がせて脚の上に座らせた。唇を離して向かい合って、少し下にあるローの顔を眺める。あー、好きだ。多分、一生見ても飽きねェんだろうな。

「……ずっと、こうしたかったんだ」

そう呟いて微笑めば、濃いグレーの瞳がおれを映して少し揺れた。

抱え込むように肩に手を回すと二人分の体重を支える椅子が重たそうに音を鳴らした。後頭部を大きな手で包まれて、耳たぶから頬をローの唇がキスを落としながら滑る。とっくに熱を集めて赤くなった肌に少し冷えた鼻先が擦れるのがたまらない。

「……っロー、会いたかった。会いたかった……」
「………あァ」
「あんたがいなきゃやだ」
「ここにいる」
「これからもずっと髪切って」
「あァ」
「……おれのこと待ってた?」
「………」

返事の代わりに唇が柔らかく押し付けられた。ぎゅぎゅぎゅ、と胸が詰まる。自分よりも下にあるローの頭を抱き締めて子供じみたキスを返した。触れ合うだけのそれを繰り返して、胸元から目を細めて見上げてくるローの前髪をかきあげて、その額にもキスをする。ローは口角を上げて楽しそうにおれを見ている。いつだって余裕って顔しやがってさ、悔しいけど一生敵わないんだろう。

椅子を軋ませながらぎゅっと抱き合っていると、吹き付ける寒風が部屋の窓をガタガタと鳴らした。極寒だった外を思い出してますますローに抱きつく手に力を込める。

「……なァ、おれがここにいることってバレたらまずいんだよな?」

問えば、ローはおれの腕の中に大人しく収まりながら緩く首を傾げた。

「まァバレない方が良いって程度だが……お前の心臓も寄越せと言われかねねェからな。この部屋までは来ないと思うが」
「この島に誰がいるのか、聞いても良いか」
「ああ……一から話せば長くなるが」
「面倒なら良い。おれはあんたの言う通りにする」
「いや……」

ローは傍のテーブルに置いていた帽子を手に取って、ぼんやりと眺め始めた。黒いブチ模様のいつもの帽子。伏せられた目は物思いに耽っているようにも見えて、おれは珍しい無防備な姿を見て口を噤んだ。
やがて腰に回されていた手に力が入り、ローが何か決めたように此方を見上げてくる。でもいつもよりも少し柔らかくて、隙の多い表情。

「……大丈夫か?別に、あんたが言いにくいなら良いんだ本当に」
「いや、何から話そうか考えていた」
「話してくれんのか」
「お前は巻き込むことになる」
「巻き込まれてェ……から、良い。全然」

ローはふっと微笑んだかと思えば、おれを抱きかかえて奥にあったソファへと歩き始めた。歩調に合わせて心地よい振動が伝わる。

「…おれはあの島でお前を見つけた時……お前の目が、自分と似ていると思った」
「え……?」
「だからお前を連れ出した」

ぽすんとソファに降ろされ、ローが追いかけるように隣に腰掛けた。言葉の続きを待っていれば、覗き込んできた灰色の瞳に視線が縫い止められる。


「お前の目が、復讐と悲しみの籠った目が、おれと一緒だと思った」


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