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ペンギンに連れられて船底近くにある風呂場に着くまでに、何人かのクルーとすれ違った。ローのことを信じておれに快く接するもの、疑り深く勘ぐるもの、反応は様々だった。まあ、至極当たり前のことだと思う。
かつていたスラム街でも、新顔が来ると大抵の奴は良い顔をしなかった。おれも面倒そうな奴は問答無用で追い払っていたし、ここはローという絶対的な長がいる分、余程ましな対応だ。

「おら、ここが風呂場な」
「ああ。…結構でかいな」
「うちは潜水艦っていう閉鎖的な船だし、やっぱ清潔な方がクルー同士も気分良いだろ。お前もこれからはちゃんとこまめに入れよ」
「あいつも入ってんのか?」
「船長のことか?船長は殆ど毎日入ってるぜ。医者だし清潔な方が良いんだろ」
「…そういえば医者って言ってたな」

檻の中で、額の骨折を手際よく治療してくれたローを思い出した。…治療というには、あの長い刀で切り刻まれているような感じがして恐ろしかったけど。

「そゆこと。んじゃ、おれの案内はここまでだから、風呂入ったら部屋帰って今日はもう休め。これ着替えなー、おれのつなぎの予備」

雑に畳まれた白いつなぎを手渡して、「じゃっ」と背を向けたペンギンに、慌てて声を張り上げた。

「世話んなった!ありがとう、ペンギン…サン」
「はは、無理にサン付けなくて良いよ。慣れてねんだろ」
「…ずっとスラムで育ったから、礼儀も何も知らないんだ」
「あんま気にすんな。ここは海賊船だぜ?」

おれの肩をぽんと叩いてニッと笑い、ペンギンは風呂場を後にした。その陽気な後ろ姿を見送りながらおれはますます、海賊というものが分からなくなった。

布きれ同然の服を脱いで、シャワーのコックを捻る。誰が用意したのか、湯船にはほかほかのお湯が張られていた。
頭からシャワーを被ると、凝り固まっていた血や泥が排水へと流れていった。随分と久しぶりに身体を洗いながら、おれは自分の身体のそこかしこに残る傷跡を指でなぞった。

「……これは、万引きしたおれを殴ろうとしたパン屋の親父の爪痕…これは衛兵にナイフで切られた時の……これは、あん時のあいつらのか──このあばら骨んとこは、なんだっけなァ……」

ひとつひとつなぞっていると、それらをつけた人間も、守りたかった人間も、もう誰もいない事実が重くのしかかってきた。
あの島の人間は、もうおれしかいない。あまりに現実味が無くて、不思議と涙も出なかった。きゅっとシャワーの栓を閉めると、毛先から落ちる雫がぽたぽたと手の甲を弾いた。

そういえば、ローの指にはDEATHと彫られていた。死、なんて物騒な言葉を彫った人間が、おれを生かした。矛盾している。可笑しくなって、ひとりくつくつと背を震わせた。面白くて笑うなんて、弟が死んでから初めてのことだった。


湯船にもじっくり浸かって風呂を上がった。そしてペンギンのつなぎを着て、ほかほかと湯気を立たせながら風呂を出た。久しぶりに鏡で見た自分は、肌の汚れも無くなり髪の毛もつやつやして、スラムにいた時よりも余程健康そうだった。満腹まで食べたご飯も効いたのだろう。ローのよく分からない能力の処置のおかげで、顔の腫れもかなりましになっていた。

「………よし」

ぱん、と頬を叩いて風呂場を出る。部屋へと戻る廊下を歩きながら、これからについて考えた。海賊のことも、この世界のことも、おれは殆ど何も知らない。新聞を読む日課など無かった。その日の飯にありつけるかだけがおれ達兄弟の問題で、世界の問題を考える暇など無かったのだ。
自分の憎しみを受け持って船に乗せてくれたローに、このままでは何も返せない。

「…とりあえず、色々知らねえと。いや、その前にローに飯の礼か」

ローはどこにいるのだろう。ローの部屋の場所はペンギンには聞いていない。探すか、と気合いをいれながら角を曲がると、丁度誰かと鉢合わせた。ぶつかりかけるすんでのところで足を止め、ぱっと頭を下げた。

「悪ィ」
「いや、ん?……んん~~?…もしかして、リバーか?」
「え?…ああ、えっと、シャチだっけ」

男は、ペンギンに紹介されたシャチだった。多分、この海賊団の古参。シャチは呆気にとられた顔で、まじまじと此方を見つめている。
しげしげ観察されて流石に居心地が悪くなり、眉を顰めた。

「…んだよ」
「あー、ごめん。汚れ無くなると別人みたいになってて分かんなかった」
「…そうか?」
「そうそう。いやー顔腫れてて全然分かんなかったけどイケメンだなー羨ましいぜ」

あっけらかんと言って能天気に笑うシャチから目を背けて、おれは俯いた。

「……別に。この顔に生まれて良かったことなんか、一度も無い」

スラムじゃ、顔の良い奴ほど身の危険が増える。おれと瓜二つだった弟と我が身を守るため、ひたすらに腕っ節を鍛えるしかなかった。あの忌々しい両親から受け継いだ顔面だっていうのも、殊更に気に入らない。おれはつなぎの襟をぴったり閉じて、口元まで引き上げて顔を隠した。

「…なァ、センチョーさんが何処にいるか知ってるか?」
「キャプテンなら船長室だと思うぜ、角の階段上がった奥な」
「分かった。ありがとう」

シャチに礼を言って、おれは俯きながら足早に船長室へ向かった。

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