「そういや、侍がいた」
代わり映えの無い雪景色の島での、いつもの朝だった。
もうすっかり耳に馴染んでしまった寒風の吹き付ける部屋の中。朝飯に作ったエッグベネディクトをぱくぱくと減らすローを飽きずに眺めていれば、突然ぽつりと漏らされた聞きなれない単語に一瞬戸惑う。それからすぐに脳内でこれまで読んだ新聞やら書物やらを索引して思い出した。
「あー…ワノ国の剣士?」
「ああ。なんでここにいたのか知らねェがうるせェから斬った」
「へえ。ちょんまげだった?」
「ん…着物も着てた」
満足気に頷く姿に笑ってしまう。斬っちまったくせにちょっとテンション上がってねェか?初めておれの背中に乗った時もやけにキラキラした目してたし、少年心的なやつ?無くしてないよな。
侍が着ていた着物の形状を楽しそうに話すローを、我ながらだらしない顔で見つめていると思う。
こういうとこもおれには無い部分。弟はそういうロマンめいた話が大好きだったから姿が重なって、可愛い、と思ってしまうのは仕方ないと思う。
「“ござる”って本当に言ってたぞ」
「へぇ…会えて良かったな?」
「ああ、本で読んだ通りの風貌だった……どうした、何を笑ってる?」
「いや?おれもその場にいたかったなってだけ。続けてくれ」
「なら、ちょんまげの話をしてやろうか。あれァ奇妙な髪型で──」
……しかし、侍か。この島はエターナルポースでたどり着くことは出来ない。しかも外から見たら島自体が燃えてるような有様で、普通なら上陸する気が起きる訳が無い。そんな島に一体なぜ海の果ての侍が?
少しの胸騒ぎに襲われながらも朝飯を終え、おれは日課の筋トレを終えソファに横たわっていた。
相変わらず雪の降り続く窓の外を眺めながら昼飯のことを考えていれば、さっき外に出ていったローが早々に戻ってきた。
まだ数分も経ってないけど、トンボ帰り?やけに不機嫌そうな顔でドアを開け放ったローに首を傾げる。
「異常事態?」
「それに近ェ…海軍が来た」
思いがけない単語に起き上がりかけた身体が止まった。侍の次は海軍だって?なんだってこんな、ログも無ェ島に?ただのパトロールって訳じゃ無いだろう。
「…結構やばくねぇか?この島不法なもん作ってんだろ」
「あァ。シーザーが出るわけにいかねェからおれにお呼びがかかった。面倒くせェことこの上ない」
シーザー・クラウンは3億の賞金首だから表には…ましてや海軍の相手なんか出来るわけもない。なるほど、顔が利く七武海にうってつけの出番ってわけか。
「ま、だりィが理にかなってるな」
「全くだ…」
心底面倒そうなローは、ため息を吐いて緩慢に出口を親指で指した。あ、もしかして。期待を込めて近寄れば、こちらを見て一転口角を上げたローに頭をぽんと撫でられる。
「来てんのはG-5支部の軍艦だ。一人面倒なのがいる…お前も来れるか」
「やった、当たり前。おれ上から行く。やばそうになったら空から出る」
「ああ。いねェとは思うが、モネも飛べるから一応用心しろ」
「そいつ鳥だろ?空じゃ天馬の方が格上だ」
にっと笑えば、下がっていたローの口角が愉快そうに持ち上がった。それに満足して、壁に引っ掛けていた自分のパーカーを手に取り実に数ヶ月ぶりに腕を通した。念の為深くフードを被り顔を隠す。ローから分厚いコートを放り投げられたのでそれも着込む。寒さ対策は万全。
「おれァ中庭から行く」
「分かった。連中は玄関前だ」
「あァ。…あー、あの、一瞬良いか」
「?なん…──」
部屋の出口へと背を向けていたローの腕を掴み引き寄せて、薄く開いたその口に唇を押し当てた。冷えていたローの唇に、室内にいたおれの温もりが移っていく。瞼を閉じて、この数ヶ月で毎日のように享受していた感触を忘れないように焼き付ける。
…ごめん、こんなことしてる場合じゃねえって百も承知だけど。すぐに離れて背伸びしていた踵を地面に戻す。ローは珍しく、少し意表を突かれたような表情をしていた。
「…悪ィ、久しぶりに外出るから」
「……出るから?なんだ?」
にやりと笑みを浮かべたローに覗き込まれて、赤くなった耳を誤魔化すようにしてフードを深く被り直した。
「充電、的な」
「おれはいつからお前のバッテリーになった」
「けっ、結構前から……」
「………っはは」
コートの上から覆い被さるようにぎゅっと抱き締められて、ローが深く息を吸い込んだ。数秒の抱擁の後、すぐに身体が離れる。ずっとくっついていられたこの暖かい空間が終わるのだと、なんとなくだが肌で感じた。
「しゃんとしろよ、リバー」
「……分かってる」
踵を返すローの背がドアの向こうに消えるまで見送り、おれも中庭へと出た。雪の降り続ける空を見て、背中から翼を出す。人獣型で、余り目立たないように小さめに。ふるりと震える翼を何度か仰いで久しぶりに空へと飛翔した。