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研究所の更に上へと飛び、ざっと見渡して観察したところ、空におれ以外の生物はいない。耳を澄ませば少し離れた場所から喧騒が聞こえる。その更に向こうには確かにご立派な海軍の軍艦が流氷と共に浮かんでいた。

せっかく飛ぶならもっと晴れた空が良かった。できればローを背中に乗せて。なんて、わがままはさっきので終わりにしねェとな。

雪に紛れて空を進み、下でざわめく人間達の死角に入るよう建物の屋根に飛び降りた。凍りついた屋根の上を歩きながら最初に来た時は観察する余裕も無かった建物の外観を見れば、氷山と一体化したようなそれはローの言っていた通り、科学の力を有する研究所そのものだった。

「不法侵入者めここは立入禁止の島だぞお!!」
「逮捕だ出てこーい!!」

…なんだ、あれが海軍?

玄関口の真上まで来て、ここからでは入口の様子が見えないことに気が付いた。仕方ないので静かに空へと舞い上がり耳をそばだてれば、下品な怒鳴り声がひたすらに続く。上からその集団を見ても、どう見たって海賊並に汚ェツラばかりが並んでいる。

むさっくるしい男どもの中に、女が1人と黙りこくっている厳しいのが1人。まじで何の用だってんだよ。あーあー、最高だったおれの数ヶ月を返せ阿呆。

顔をしかめている内に、研究所入口の大きな扉が開いてローが姿を現した。

「…え!?ス、スモやん!こいつって…!」
「し、死の外科医…!?」

七武海が突然現われたことに驚き慌てる連中の中で、動じないのが約1名。あれがローが言ってた「面倒なの」だろうな。

「おれの別荘に…何の用だ。白猟屋」

あ、出た。久しぶりに聞いたローのこの呼び方。極寒の空で待機しているというのになんだか嬉しさがふつふつと湧いてきて笑えてくる。変なあだ名つけるあんたも良い。また聞けて良かった。

白猟屋と呼ばれたそいつは、現れたローに怖気付いたらしい部下から「帰ろうぜえスモーカーさァん」と泣きつかれている。その名の通り、おおきな口に咥えた数本の葉巻からは絶えず白い煙が立ち上っていた。

「……ここは政府関係者も全て立入禁止の島だ、ロー」
「じゃあ、お前らもだな」

ニヒルな笑みを浮かべて構える大海賊と対峙しているのに、スモーカーは全く動じていない。なるほど、確かに“面倒”だ。葉巻をくゆらせた後、奴が懐から何やら電伝虫を取り出したので、おれは耳をピンと立ててその声に耳をすませた。



目を開けた電伝虫が発し出したノイズ混じりの音声は、しかし、驚愕に値するに十分な内容だった。



『おれはルフィ!海賊王になる男だ!!──ザザ──助けてくれェ─侍に殺され──ザ─ここは、パンクハザード!!ッギャアア──』




ぶつ、と切れたその音声に、島に沈黙が下りる。



……麦わら…って、言ったよな?
途端に脳裏に蘇る、懐かしい金髪の友人の笑顔。

それに侍って、今日ローが斬ったっつってた奴か?ワノ国の剣士がそう何人もこんなとこにいるとも思えねェ。誰かが…この島にいた奴が、侍に斬られた?

それをローが沈静化のために斬ったのかもしれない。ローの顔は帽子の鍔で隠れて見えないが、きっと面倒なことになったと思っていることだろう。

スモーカーはどうやら麦わらとローが繋がっていると睨んでいる。シャボンディの件やら頂上戦争の件を持ち出して、ローが麦わらを匿っているのではと疑っているが、残念ながらそいつはハズレだ。

「…用件はなんだ?緊急信号の捏造はお前ら海軍の十八番だろう」

冷静な声色を保ってはいるが、ローが訝しんでいることは手に取るように分かった。

「つまらん問答はさせるな。研究所の中を見せろ」

雪景色の中問答する二人の声を聞きながら、脳が急速に回転する。今ローが言ってた緊急信号ってのは、多分電伝虫を使ったSOSみたいなもんなんだろう。記事の通りなら最近魚人島を出航してこの海域の近くにいたはずの麦わらの一味が、侍に追われた誰かの発したそれを拾った。

カマバッカでサンジが楽しげに話してくれた、麦わらのルフィという男のことを思い出す。冒険って言葉が大好きで、とにかくトラブルの方へ突き進んでいく奴。…そんな奴が、さっきみてェなSOSを聞いたら?


「…っロー、もしかして」


あいつら、ここに来てるんじゃねえのか。

そいつらはそれを追いかけてきたんだ。とにかく伝えなければとローの元へ降りようとした時、研究所の中から喧騒が聞こえてきた。雪景色に似つかわしくない甲高い声に、思わず翼が止まる。


「外だーーー!!寒ーーい!!」
「パパとママに会えるーー!!」
「おうちに帰れる!」



突然わらわらと、大勢の巨大な子供と派手な連中が飛び出してきた。ローの背後から扉を蹴り飛ばしたのは、確かシャボンディで会ったトナカイだ。

…あー、最悪。思わず舌打ちが漏れる。ローからしてみりゃ面倒な状況だ。やっぱりこの島に来たのか、麦わらの一味。


…つーかなんだこのガキどもは?着ている室内着からしてここの研究所にいたらしいのは間違いない。だが、身体がでかい。でかすぎる。オレンジ髪の女が何やら勘違いをして「まさか子供達閉じ込めてたのあんた!?」とローに叫んでいる。あいつも確か、シャボンディで会った奴だ。


そしてワンテンポ遅れて、余りに懐かしい男が外へと飛び出してきた。


「どこの極悪人かと思えば!!てめェはスモーカー!そしていつものカワイコさーん!」
「………っ、」


あの寂しく辛い日々の中、毎日聞いていた声。少し逞しくなったスーツ姿。変わらない金髪。

面倒臭いことになったとしかめていた顔から力が抜けるのが自分でも分かった。胸に湧き上がってきたのは確かな喜び。


こんなに早く会えるなんて。



「…サンジ」


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