全速力なのだろうが、おれの速さには敵わない。とりあえずサンジの隣へ行こうと翼をもうひと仰ぎすれば、大勢の子供の一人がこちらを振り向き、何故かぱっと顔を輝かせた。
「お兄ちゃん達!なんか大変そうだけど、格好良いペガサスが追いかけてきたよ!!すごい本物だあ!!」
「ああ?ペガサスだとォ!?っおいリバーなんでこっち来た!?愛しのローはどうした馬鹿!!」
「…は?誰だお前?……いや、あー…あァ分かったそういうこと」
爆速で駆けていた集団の中に入れば、鼻血を吹き出しているオレンジ髪の女に驚いたように名前を呼ばれなんとなく状況を察した。
つまり?入れ替わったと。シャンブルズで魂ごと。あんた、こんな芸当も出来んのか。オペオペの実の能力無限大じゃねえの?
「お前サンジだな」
「何!この麗しボディの中身がおれだとなんで分かった!!」
「そーゆーとこ」
「あーちょっと!!!そこの真っ黒ペガサス!あんたあいつの仲間なんでしょ、私たちを元に戻して!!」
女言葉の巨大なロボが、涙目でこちらに叫んできた。
「いや無理。おれにはできねェし、ローのやった事だから文句もねェし」
「は~~~~!?」
「…あー、ナミさん諦めろ。こいつ賢いけど馬鹿なんだ…トラファルガー限定で」
やれやれと首を振っている女がサンジ、奥で怒り狂っているロボの中身がカマバッカで散々聞いた“ナミさん”、何故かちょんまげ男の生首を抱えたサンジの身体の中身がトナカイで、トナカイの中身がロボ。見事にバラバラだな。
シャボンディで初めて会った時は天竜人に喧嘩売ってた連中が、今度はこの島で中身バラバラ珍道中か。まじで話題に事欠かない奴らだ、麦わらの一味。
傍から見る分には面白いことこの上ないが、ローが迷惑するとなれば話は別だ。おれは我ながら冷えた目線で未だ女の身体に興奮しているサンジを見た。
相変わらずだな。こいつのこれだけは一生共感することはない。
「…で?サンジ、お前ら何するつもりだ。あんま勝手されるとローが迷惑すんだよ…お前ならおれの気持ち分かるよなあ?」
馬の蹄で背中を突っつけば、怒ったような女の顔がぐるりと振り返った。
「うっせぇお前があの目つき悪ィトラファルガー・ローのこと大好きなのはクソ程知ってるけどな!ただおれ達にもやらなきゃならんことがある!このガキ共を!助ける!!ナミさんのため!」
「ああ?助けるだァ?」
何おかしなこと言ってんだ、このお人好しは。イライラと子供達の方を振り返ろうとすれば、やけにつぶらな瞳になったサンジ……中身はトナカイ……が、隣に追いついてきた。
「なあ、お前シャボンディでケイミー探すの手伝ってくれた奴だよな?ずっとこの島にいたなら、こいつらが何の病気か知らないか?」
「………病気?」
トナカイが不安そうに尋ねてくる。その時ちょうど長い廊下がようやく終わり、出口が見えた。勢いよく氷山の一角に飛び出た所で立ち止まり、こちらを不安そうに見つめる妙にでかい子供達を見上げる。
病気、か。
ここはシーザーが化学兵器を作る研究所だ。人の住まないこんな場所に病院なんかあるわけがねェ。多分こいつらは病気なんかじゃなく実験体で、騙されてここに連れてこられたってとこだろう。そして、相変わらずお人好しなこの一味は見ず知らずの子供に助けを求められ、この研究所から連れ出そうとして出口でおれ達と鉢合わせた──こんなとこか。
「…お馬さん、どうしたの?」
「ねえ、ここ寒いよ…!」
「凍えちゃう……」
…子供が苦しむのを見るのは嫌いだ。昔を思い出すから。
薄着一枚で凍えだしたそいつらを吹き付ける風から守るため、翼を最大限まで広げた。大きく一枚の壁のようになった黒い翼は、大所帯を覆ってなお余裕があった。氷山の壁とこれに挟まれてりゃちょっとはマシだろう。吹き付けていた風は、翼に遮られて止んだ。
「…あ、ありがとうペガサスの兄ちゃん」
「あんた…ちょっと見直したわ。ありがとう」
「礼はいらねェ。おれもあの研究所から出るのは今日が初めてだから、お前らに有意義な情報は持ち合わせてねェ。ただローの命令通り、お前らが島から出ねェように監視するだけだ」
こいつらが実験体だという確率は限りなく高いが、あくまで推測に過ぎない。余計なことを言ってサンジ達を慌てさせてもローの負担がでかくなるだけだろう。
「分かった。まァお前は妙な真似しねェだろう」
「おうおうサンジ、さっきからこのウマと仲良さげだが知り合いか?」
随分と悪人面になったトナカイが喧嘩を売るように覗き込んできたのを顔を背けて無視する。中身はあのロボだったか。サンジの仲間だろうが、別に挨拶をする義理はない。
しかしサンジはそっぽを向くおれの頬を両手で挟むと、くるりと連中の方へと方向転換させた。ついでに顔を覆う毛をわしわしと撫でられて思わず目を細めてしまう。くそ、中身がサンジだからか気を許しちまう。
「ああ。このイケてる一角天馬はチェンバーズ・リバー。ウマウマの実幻獣種の能力者で、さっき入口にいたトラファルガー・ローの仲間で、地獄でできたおれのダチだ。スカして見えるが良い奴だから基本は信用していい」
「おい……」
「良いじゃねェか。恩人の紹介くらいさせてくれ」
恩人、恩人か。あの島でのことを言っているのだろうが、おれは別に何もしちゃいない。ただ話を聞いたり聞かせたりして、笑いあってただけだ。
「サンジ君の友達…?その黒いペガサスが…?ね、ねえ、基本はってどういうことよ」
「ああ。こいつァ頭も良いし合理的な判断ができる奴だが、トラファルガー関係だと頭のネジがぽーんと飛ぶ。例えばあいつがおれ達を殺せって言ったら本気で殺そうとしてくる。そういう奴だ」
「おいサンジ、ローはそんなこと言わねえよ」
「例えだ例え!!変わんねェなお前は!!」
こつん、と頼りない女の脚がおれの腹を蹴った。痛くも痒くも無い。「殺す!?ケダモノ!」「ケダモノー!」と航海士とトナカイがひしっと抱き合いだす。
そしてなおも寒がる子供達に痺れを切らしたのか、おれを警戒して一言も言葉を発しなかった侍の生首がついに動き始めた。なんと服を作り出せる悪魔の実の能力者だったらしい。子供達は分厚いコートに包まれてやっと顔色がマシになった。
「あのにっくき七武海の部下がいるというのに技をやすやすと見せるのも…それにせっかくの乳バンドが…」
ぶつくさ言う生首は一斉に制裁を食らっていたが、これで子供らは寒さは大丈夫だろう。翼を縮め、人獣型へと戻る。体毛が無くなった分寒いがこの方が目立たないはずだ。小さくした翼で身体を覆っていれば、振り返ったサンジがニッと笑みを浮かべた。
「お、人に戻ったか?久しぶりだなリバー。やっぱ馬の顔よりそっちの方がしっくりくるな」
「この顔で毎日一緒に寝てたしな?」
「語弊がある!でも、ああ……なんか懐かしいな。そんな経ってないってのに」
「そうだな……サンジ、元気そうで良かった」
「…ああ、お前も…船長と会えて良かったな…本当に」
こいつには泣き言めいたこともたくさん零していたから心配してくれていたんだろう。記憶よりも随分と低い位置から腕が伸びてきて、ぎゅっと抱きしめられる。再会を喜ぶ抱擁に、こちらも迷わず抱き締め返した。
「また会えて嬉しいぜリバー」
「ああ……」
……しかし、うーん、当たり前だが香りも感触も全然サンジじゃねェ。
腕の中に収まっているのは、オレンジ髪の女。違和感が半端なくて早々に引き剥がせば本来の体の持ち主が隣でわなわなと震えていた。
「ちょっとサンジくん…?私の体で人に抱きつかないでくれる…?」
「わ、わりィナミさん!つい!」
他の連中に挨拶をする義理も無いので、弁明を続けるサンジの元を離れ研究所の方角へ耳を澄ます。
時折聞こえる喧騒は多分ローが海兵とやり合ってる音だろう。本音を言えば傍で見てたかったが仕方ない。
一番良いのはサンジ達を言いくるめて子供達を研究所へ戻し麦わらの一味にお帰りいただくことだが、この様子じゃ無理だな。子供達を研究所から逃がそうとしているようだし、この一味は出来る限りそれを成し遂げようとするだろう。
それに入れ替わったこいつらならおれ一人でどうにか制圧できたとして、今姿が見えない麦わらがもし来ちまったら……。
そう思った時、寒空を割くような大きな声が辺りに響いた。
「いたーー!お前らー!!」
「…………げ」
ちくしょう誰だ、噂をすれば影がさす、なんて不吉なことわざを作りやがったのは。