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「随分若いんですね」


その言葉にニコリ、と適当に顔を作り「よく言われます」とだけ答えて出来たコーヒーをカップへと注いだ。
誰も居ない店内にはカウンターに座る彼女とここの店員である自分だけでいつもは掛かってる穏やかなBGMも、既に消してある。聞こえるのはコーヒーを注ぐ音と彼女のカタカタと打つキーボードの音だけ。
ここへと呼び出したのは自分であるが初対面の人間に自己紹介などする前に言われたことに少しだけ気分が悪くなる。しかしその気持ちを隠してカップをソーサーへと乗せ「お待たせ致しました」と笑顔で彼女のパソコン横にそっと置いた。


「ああ、ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそわざわざ来ていただきありがとうございます。自己紹介が遅れましたね、僕は安室、」

「ああ、偽名は結構です。私は名字名前です。これから貴方との取引を担当します」


よろしく、とレンズ越しに目を向けられドキン、と少し胸が鳴った。それは恋とかではなくこの名字名前と名乗る人間はただの一般人ではないことがすぐに見て取れる。風見に風紀財団の人間について調べてもらったが、その通りの様だ。


「参りました…僕の名前はご存知かと思いますが降谷零です」

「外で会う際には安室さんと呼ばせていただきますよ。それで、依頼されていた件ですが横領した金のプール先のデータ入手してきました」


パソコンの画面をこちらへと向けてくれた彼女に「ありがとうございます」と伝えてそのままパソコン画面を見ると自分が求めていた情報がずらりと載っていた。
思わず「ホー、」と言葉が漏れそのまま画面をスクロールしていくと目の前から「美味しい」とつぶやく声が聞こえた。その声に反応し目線をパソコンから彼女へと移すとコーヒーを飲んでいる彼女と目が合う。


「コーヒーとても美味しいです」

「…そう言って頂けて嬉しいですよ」

「降谷さん警察なんて辞めてこっちに転職した方がいいんじゃないですか?ぜひ並盛にお店出してくださいよ」

「まさか。僕は辞めるつもりはありません。…並盛にお店を構えるのは良さそうですね。犯罪率も断然低いですし」

「オススメですよ並盛。まあ雲雀の前で群れさえしなければ」

「それはまた難しい話ですねえ」


くるりと彼女の方へパソコンを返すと彼女はUSBにデータをコピーしていく様でカチカチとマウスを動かしていく。
その指にハマっている2つのリングに思わず目が行ってしまう。中々存在感のあるリングで彼女の白く細い指には随分と不釣り合いだ。目線をそのまま上げていき彼女を少し観察しているとその視線に気付いた彼女は「見すぎですよ」と言いつつマウスをカチカチとまた動かしていた。
ボタンを開けたワイシャツから覗く鎖骨。

「鎖骨に随分深い切り傷が残ってますね」

「…昔のおやんちゃですよ」

「女性がおやんちゃですか」

「乱闘になった際の傷が未だに残ってるだけですよ」

「ホー…」


さも当たり前のようにでた"乱闘"という物騒な言葉に少なからず驚く。何故風紀財団が観察対象とならないのか。風紀財団は観察対象にもなりうる集団だが観察対象にならないのは上からの指示だ。つまり表すのは上が風紀財団と何か取引している。だからこそ今回自分が確認するのも含めて彼女とこうして会っているのだが、第一印象が風紀財団に対しては物騒の一言だ。しかし仕事に関しては素早く詳細まで出ているのが結果だからなお驚く。
ピコン、とUSBが抜かれカウンターの上へ置かれた。


「以上が今回の依頼結果です」

「ありがとう、早くて助かります」

「いいえ、コーヒーとても美味しかったですよ」

「いつでも来てください、取引関係なく」

「そうですね…では偶にお邪魔させていただきます」


そう言って財布を出す彼女の手に自分の手を重ねると彼女は「随分大胆ですね」と笑った。


「こちらがお願いして来てもらったんだから出す必要は無い」

「……じゃあお言葉に甘えて、ご馳走様でした」


すんなりと仕舞われた財布に自分の手を退けて彼女を見つめる。キャメル色のバッグは上質な革が使われていて、それに合わせた財布もイタリア製だろうか。随分と小物がお洒落で、彼女はどうやらイタリア製のものが好きなのだ、とカウンターに未だ置かれているメガネケースを見て思った。
そしてイタリアと言えば、風紀財団との繋がりがあるイタリアンマフィア"ボンゴレファミリー"だ。ボンゴレファミリーとはその幹部の多くがこの日本から出て行った者が多いと聞く。
つまりは彼女も───


「マフィア…」

「え?」


咄嗟に零した言葉に彼女はこちらへと視線を合わせた。


「イタリア製のものが多く、風紀財団といえばイタリアンマフィアのボンゴレファミリーと繋がっている」

「はあ」

「つまり君も風紀財団もマフィアということになるのかな」

「…残念ながらハズレですよ」


そこまで言うと彼女は立った席にまた座る。今度はパソコンとメガネを仕舞うようだ。丁寧にカバンにパソコンを入れながら彼女は小さくため息を吐いてまたこちらへと視線を寄越した。


「風紀財団はボンゴレファミリーの一部ですが財団に属している者は残念ながらマフィアとはなりませんよ」

「しかし繋がりがあればそれは立派なマフィアの構成員では?」

「私達は別と考えてもらってもいいです。マフィアになれば縛りが出てくる、動きにくくなるので今のボスが構成員としては認めてません」

「ホー随分と優しいボスですね」

「元々優柔不断なダメダメでしたからね」

「………まさか初日でそんな優しいお顔を見られるとは思いませんでしたよ」

「……は?」


本人は気づいてないがその話をしている時彼女はふ、と目を少し下げた。よっぽどそのボスのことを信頼しているようだ。しかし随分な言われようだな、と心の中で少し笑った。


「私は好きですよ、彼等のこと。だからもし貴方達がボンゴレをつつく様なら全力で立ち向かいますよ」

「そうですか。つつかれるようなことしないで下さいね」

「まさか。ボンゴレも風紀財団も所謂自警団ですのでつつかれるような事なんて有り得ませんよ……さあ、そろそろ帰りますね」

「送っていきましょうか」

「御遠慮しておきます。部下が待機してますので」


スっ、と立ち上がり鞄を肩にかけると彼女はヒールの音を鳴らして扉の方へと向かっていく。
その背中がくるりと周り彼女が小さく笑って「また来ますね」と言って出て行った。
カランカラン、とドアベルが鳴りながら閉まった扉を見つめていると目の前の道路を車が通って行った。どうやら本当に部下が待っていたらしい、見てくれはまだ20代前半に見えたが部下を持つ人間だとは、彼女は面白い人間だ。


「名字名前、か」


彼女の指に嵌っていたリングと言い鎖骨の傷と言い中々彼女は面白そうだ、と手の中に収めてあるUSBを触りながら1人呟いた。