05

朝起きた時には既に降谷さんの姿は無く、代わりにポアロのコーヒーチケットが置かれていた。
結局あのまま甘い雰囲気になりそうな所を何とか回避し、ホテルの食事を楽しみシャワーを浴びてそのまま二人して就寝した。因みに食事についてはまず私が摘んでから彼は手をつけた。何事も疑うことは悪いことではないが、外の食事も自由に出来ないのは大変そうだ。だから初めての場所等は私が摘んでから彼も手をつける為、毎回シェアになる。


「それにしても、」


チケットが置かれているということは、朝ごはんを食べにおいで、ということなのだろうか。随分素敵なお誘いではあるが、今日は使いたくない。というよりも、無駄にポアロへとは足を運びたくはない。理由としては名探偵君がポアロの上に住んでいることが主な理由となる。彼は小学生の姿をした高校生探偵である。人間が小さくなる薬なぞこの世にあるものか、と知った当初は大変に驚いたものだ。しかしながら、私たちの世界でも匣とリングで動物が出てきたりするのだし、お互い様ではあるな と考えを改めた。
その薬を作った人間として宮野志保が居るが、彼女も名探偵同様に薬を飲んで幼児化している。組織の人間も周りの人間もそれに気付いていないのだから、少しだけマヌケのように思えてしまう。
......だからといってばらす気なんて更々ないが、少なくとも恭弥はこのことを知っている。そして興味も持っている。
きっと恭弥にチケット貰ったと話せば接点を持てと言われてもおかしくはない。そうなれば厄介事が増えてしまう。
無駄に危険な物は消去するべし。すみません、と心の中で謝りながらそれを灰皿の中へと置き、藍色の炎で包んだ。



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気配を消すことに集中しながら、目の前で行われているであろうやり取りを見るために細い隙間のある場所で物音立てぬように腰を屈めた。
例のポモドーロと赤條の取り引きが今日あることは掴んでいた。掴んでいた上で降谷さんに伝えなかったのはただ邪魔をされたくなかっただけである。今回のやり取りについては武器流しだけな様で、あっさりと既に終わりそうな雰囲気である。その様子を隙間から覗いて、掛けているメガネで録画を行う。今日はその様子を見たいだけなのだ。だからこそ警察に邪魔をされては出来ない。
誰に邪魔をされるわけでもなく、見ていたところで中からは次の取引について話されていた。隙間に耳をつけて聞きたいところだが、それをしてしまうと危険だ。後で録画を見直して会話を聞こう。

......そろそろ引き上げようか。
時間にして約5分だが、それだけで十分だ。もし仮にこれで解散となるタイミングで姿を消すのも遅れた場合顔を見られる可能性だって出てきてしまう。術を使えば簡単なのかもしれないが、私は骸やマーモンみたく幻術の力が強い訳でもない。無駄なエネルギー消費は為にならないのだ。メガネの縁をタッチして、また気配と足音に意識を集中させながらその場を後にした。


少し歩いたところで パッパッ と短くクラクションが鳴った。何だろうか、クラクションが鳴った方を見ると珍しい姿の人間が乗っていた。車内から手を挙げこちらを見ている。この場合は行った方がいいのだろうか、数秒悩んだところでやましいこともないし、と路駐していたその車へと近付くと指で助手席を示された。
めんどくせえ〜、なんて心の中で悪態を吐いてとりあえず貼り付けた笑顔のまま助手席へと乗り込んだ。シートベルトをしたと同時に車は動き出す。


「名前がここらに居るのは珍しいな」

「いや、そっちこそ沖矢さんで秀さんの声って珍しいじゃないですか」

「君は沖矢昴はあまりだろう?だからと思ってのことなんだがな」

「...ありがとうございます。まあ出来れば秀さんの姿が一番いいですけど」


ついつい言ってしまう。私は根本的に作られた人間は嫌いなのだ。だから、基本的に会うことを良しとしているのは降谷零と赤井秀一になる。沖矢昴の姿であったのは多分これで2度目になる。嫌いだと伝えて以降は何かあれば彼は危険を承知で赤井秀一の姿で会ってくれていたのだ。
秀さんは 「すまない」と沖矢さんの顔で言った。まあ、事情が事情なのだから仕方はないのだから、私だって別にとやかくを言うつもりは無い。


「で、君はなぜここに?」

「安室さんからコーヒーチケット貰ったので行こうと思ってたんです」

「ホー?随分と遠回りだな。それに何か臭うぞ」

「......言っても構いませんが、秀さんが動くと降谷さんがぶちギレちゃうので言うのやめておきます」

「そうか、それなら辞めておこう」


引き下がってくれる秀さんは本当にいい男だと思う。まあ、察してはくれてるみたいだが、ポモドーロを捕まえられては困るのだ。まずはこちらで処理をせねばならない。
米花とは逆方向へと車を走らせ、並盛の方向へと向う旧車に揺られながら、次のタイミングで捕獲するべきだな、と考えた。