「あ、」
「...げ」
お互いに目を大きくし同時に声が出た。
「どうしてここに」と思わず零れる。ここは米花でも、杯戸でも霞ヶ関でもなく、並盛だ。波森には基本的に来るはずのない人間がそこには居た。
金髪青目でみんなの王子様である、安室透が居る。しかも隣には確かバイト先の榎本梓を連れてだ。
逆に彼と榎本梓が驚いているのは私にではなく、私の横と後ろに居るリーゼント軍団のせいだろう。因みに榎本梓とは1度しか出会ったことがないから、あっちからすれば初見に近いだろう。私に気付くことなんて100%無い。とりあえずでまた貼り付けた笑みのまま、こんにちは 、と言葉を吐き出した。
「安室さんがこちらに居らっしゃるのは珍しいですね」
「ええ、少し遠出と思いまして」
「彼女さんとデートで?」
「か、彼女なんて辞めてください!炎上が...!」
少し大声を出して否定をする姿に私も私の部下もポカン、としてしまった。炎上?とぼそり呟くと後ろから幸田が SNSで誹謗中傷されたりすることです 、と教えてくれた。
つまり安室透とデートをすると炎上するのか、と思わずほくそ笑んだ。
「人気者がどうしてここへ?」
「並盛にとても美味しい珈琲豆があると聞きまして」
「ああ成程、それなら駅の方へと戻ればあるかと」
態々駅から離れて来る必要もないし、そのお店なら駅のすぐ近くだ。それに迷ったのなら榎本梓のスマホでナビを出すことも出来ただろうに。
どうせ序でに風紀財団のアジトでも探そうと思ったのだろう、後ろに居た部下の一人を呼びつけて彼を自分たちの前へと押し出す。
「城尾、彼等を駅までの送り頼んでもいいかな」
「ハイ!」
「え、」
「彼がちゃんと、貴方達を駅まで送りますのでその珈琲店には彼に聞いてくださいね」
よろしく、と吐いて踵を返し城尾以外を引き連れてアジトへと戻るために少し遠回りになるが、並盛神社へと向かって足を出した。彼等警察がアジトを気にしてちょいちょい警察が出入りしていたのはまだ記憶に新しい。尾行もされたがその時は撒くことに徹し、あまりにしつこい時は幻術すらをも利用して隠し通した。
そして今日、珍しくそれを命じていた張本人がお出ましだ。
前回の件については記憶には無いはずだから、こちらが態々一緒にいる必要は無い。それに今日は恭弥に頼まれていた実験報告もせねばならないし、秀さんから頼まれている依頼もやらなきゃならない。......やることはあれど、今日の私は見回り以外特にやる気が無いのが本音だけど。幸田に回してもらった車へと乗り込み、うーん と唸っていると幸田が不思議そうな顔でミラーから覗き込んできた。
「どうされました?」
「んー、やることはあるけど、面倒だなーって」
ふうーと息を吐いて窓に目を向けると、景色が流れていく。本当に米花に比べてとても平和な街だ。
風紀財団が牛耳ってる、と他では言われるがその言葉に偽りは無い。風紀財団無しで居ればこの街だって米花と変わらず、犯罪率は高くそして市民は怯えて暮らさねばならなくなる。そんなのを並盛町ラブな風紀委員長が許すはずもなく、彼は自分の風紀委員を、風紀財団へと育て上げ犯罪率を低く下げたのだ。彼を動かすには十分すぎる理由だったし、私達はその恭弥に着いていけることが幸せだ。
だからこそ、こうやって見回りは欠かせない。まあ私は見回りなんて中々しないのだけれど。神社付近の景色に変わった時にふと、違和感を感じその場で車を止めてもらう。
「誰か居る」
「え?」
「幸田は裏から入っていって......私は後で戻るから」
ドアを開けて飛び出て神社へと一目散に走っていく。少し見えた頭におもわず顔を顰めた。
「何してるんですか降谷さん」
「ああ、やっぱりここが集会場なのか」
「通りかかったんですよ......で、何してるんです」
「城尾さんだっけ?彼に発信機つけたらここで終えてるんだよ」
ほら、と出されたスマホ画面の地図。黒い点がここで止まっている。それは勿論城尾がここにいる証拠だ。しかし、城尾はまだ帰ってくるはずがないし、彼だってここにいるはずがない。
「珈琲店は?」
「ああ、断ったよ。やっぱりいつものところで買おうって話になってね。梓さんはその店のマスターと話していたから、名前さんと少し会ってくる、なんて言ったら頬赤らめて行ってらっしゃいって」
「へえ......」
榎本梓はなにか勘違いしている。頬を赤らめるような関係でもなんでもないのだけど。つまり、彼は適当に言い訳してこちらに帰ってきた城尾の発信機を辿って来たということだ。これは城尾をこってり絞らざるを得ない。
「残念ながら発信機を付けたとしてもここらで捨てられていると思いますよ。なんたって彼はわざと付けたまま居たと思うので」
足元にこっそりと発信機を落として足でジャリジャリと踏みにじる。その行為に降谷さんは笑って見ていた。
「そういうことらしいな......さすが名前の部下だよ」
「まあ、恭弥が優秀だからですよ」
「恐れ入ったよ。やっぱり俺は名前を好きだよ」
部下のミスを隠す姿は女にしては素晴らしいよ。
そう言って彼はパーソナルスペースをゆうに超えて来た。運が悪ければこのまま唇がつきそうな距離だ。
「私は残念ながら恭弥の犬らしいので」
「猫になれたらおいで。俺は名前を守るよ」
誰かに守られるくらいなら自害するよ、そう言えば彼はもっともっと追いかけてくる。
つい口に出てしまっていたのか、自害なんて簡単に言わないでくれ、と言われてしまい内心で小さく後悔をした。彼にとって身近な人間の死は苦しくなるものなのだ、と。その言葉こそ彼のめのまえでは禁句なのだ。死が隣り合わせな彼に私は安易に発した言葉に少し自分を卑下した。