奥さんが思い出す





結婚する前に私は初めて降谷零の過去に触れた。

大きな案件と後始末が漸く終わったから帰る。それだけ伝えられ、切られた電話に心踊らせた。
約半年ぶりに会えた零くんは随分と疲れきっていて、部屋へと帰ってきてすぐに私の胸へと顔を埋める。私はその姿に、お疲れ様だったね。とだけ声を掛けてその頭を撫でながら、帰ってきてくれたという現実にぶわりと涙が出そうになった。泣くまいと無理やり目を開いて、疲れているとは分かっていたけれど私は零くん、零くんと彼の肩を少し叩く。私の胸元から離れて虚ろな目を私の方へと向けた。

「零くん」
「名前、名前...」
「れい...ちょっ!どうしたの!?」

ポロポロと、彼の目から涙が零れていた。それに私は慌てふためいてしまい、咄嗟に自分の指で彼の涙を拭こうとするも、涙は止まる気配がしない。

「どこか痛いの!?」
「ちが、う」

ふるふる、と小さく首を左右に動かす彼に痛みではないなら良かったと少しだけホッとする。とうとう指ではキリがないと、服の袖を引っ張りそれで拭うと布からじんわりと温かさが伝わる。

「やっと、全部、終わったんだ」

私の頬に手を添えて、泣きながら静かに話し出す。私はその話に相槌も何もせず黙って聞くことに徹していた。
多くは語らなかった彼や話を聞いて、私は頭の中で少しずつ彼の情報を入れていく。
特に、失ってしまった幼馴染のことと警察学校時代の友人の話。彼の中で、きっとその人達が大きな存在だったんだろう、と分かる程に彼は悲痛な顔をしながら話していた。また泣きそうになるのをグッと堪えて両袖で、零くんの目から止まることのない涙をひたすら拭いて誤魔化していた。

「夢の中で、そいつらが言ったんだ。
ゼロはひとりじゃないだろうって。
いつまでひとりで生きていこうとしてるんだ。
辛いのはお前だけじゃねえ。
いい加減自分の幸せを考えろ。」
「そう言って、俺の手を押し返したんだ」

その言葉に私の涙腺もとうとう崩壊する。この人が寝ている時に、よく魘されていたのを思い出す。魘されている度に起こすと、少しね、と言われるばかりだったのだけれど、それはきっと彼らの夢を見ていたのだろう。

「おかしいよな。もう居ない人間がそんなことを言うわけないのに」

私の頬を撫でる手がピタリと止まってヘラり笑う零くんに、私の顔は歪む。この人は本当にいい性格をしている。

「零くん、何がおかしいの。なんで言うわけないと断言するの」

ピシャリ、と言葉をハッキリと返せば零くんの目が大きく開いた。思っていた返答と違ったのか、そんなこと私には分からない。零くんの手が下りていってしまったことに少し寂しさを感じるが、今はそんなことどうだって良かった。
彼は夢の中で言った彼等の言葉を所詮夢だ、と終わらせようとすることに少し腹立たしくなる。

「零くんは彼等が本当に自分達のことを引き摺って生きてほしいと思ってるの?」
「自分に幸せになる権利は無いとでも?何?その押し付けがましいやつ。そんなので、誰が喜ぶわけ?マイナス思考もいいところ過ぎない?」
「大体零くんそうやって零くんが言ってしまえば、彼等を否定していることになるんだよ分かってんの?」

一通り捲し立てた私は少し手の位置を下げて零くんの頬をギュッと押す。一度もしたことがない、零くんの顔に少しだけ笑ってしまう私に反して零くんは大きく開いたままの目に、タコの口の様になったことをまだ理解出来ていない様子。零くんがなにか話そうとするけれど、思うように言葉が出てこない。それをいいことに私は、そのタコの口に軽く噛み付いた。

「っ、ふ」
「まだ、疲れきっている頭だからそうやって、負の方向に思うのかもしれないね」

唇を離して手から力を緩める。どうやら涙はもう止まったらしいので、濡れてしまった袖で最後に目尻を拭いて下ろした。

「次、夢に彼等が出てきたら言っておけ!」
「降谷零はこの苗字名前が幸せにすると!」

分かったか!と強気で言ったはずなのに、自分の頬が濡れていることに気付く。腕でゴシゴシと自身の目を擦って拭いても、涙腺が、もともと崩壊していたからか、次々に涙が出てきてしまう。こういう時くらい、止まれよ!と悪態を付いた所で、それは受け入れられないらしい。

「名前、ありがとう」

腕を引かれて、私のぐちゃぐちゃな顔が露になってすぐ、その顔を見られることもなく零くんの胸へと置かれた。私の背中に回された腕は強く込められている。

「俺には名前が居るもんな、名前が俺を幸せにしてくれるんだもんな」

「ふ、そうだよ、だからもう死に急がないで」
「ごめん、ごめんな」
「謝るくらいならするな」

2人で抱き合ってぐずぐず。いつものかっこいい零くんはもうお休みです。
私も可愛らしく待つ女はおやすみ。

「本当は零くんが怪我してたこと知ってるんだからね!」
「うん」
「でも、私は信じてたから!」
「うん」
「だから、皆もそうやって零くんを思って来てくれたんだからね!」
「っ、うん、」
「私が一生涯零くんを幸せにする!最期の時はもちろん手を繋ぐ!」
「...なんか、プロポーズみたいだな」
「それでいいよ!まだ22歳のガキンチョからプロポーズ!いいじゃん!」
「っは、はは」

腕の力が弱まった頃、私は離れて目の前の涙で濡れてる零くんの顔を両手で包んだ。

「私と結婚しよう、私が零くんを幸せにする」
「俺と結婚しても、式なんて挙げられないぞ」
「誰が式を挙げたいと言ったの、私は貴方の戸籍に入る!」
「うん、ありがとう...幸せにしてくれ」

もちろん!お互いぐちゃぐちゃな顔で笑って口付けた。




(零くん愛してるよ)(俺も愛してるよ)(結婚したら苗字に入る?)(そこは男らしく降谷で)