明るくなる空





三大欲求のうち、私は睡眠欲を求めた。

「もう寝かせて......」
「動きと言葉が合わないな」

言われた通り、本能とは裏腹に動く自分の手にゾッとする。キーボードを打つ手を止めやしない。むしろ、今止めたら間に合わない。自分の上司である降谷零(ベビーフェイスゴリラ)さんの声が、隣から掛かる。隣からもひっきりなしに、カタカタと音が聞こえるので、きっと彼も顔はパソコンに向いているのだ。それでいてその声は、私同様に疲れきっている。

「大体何で私まで始末書なんですか......」
「お前もその場にいただろうが......あれ?居たか?」
「降谷さん記憶がおかしくなってます」

居ました。なんなら発砲までしました。そう答えれば、あー、なんてだらしない声が聞こえる。この人一体何徹目なの?なんて考えながらも手は止めない。もう自分が何を打ってるのかすら分からなくなるくらいに、眠気が私を飲み込もうとしてる。やだ、何この表現お洒落。

「何徹目ですか?私は二徹目です」
「まだまだだな、俺は三徹目だ」
「わあ、降谷さんしゅごい」
「ははは」

チラリ、降谷さんに目を向けても真顔でははは、と声を出していた。言葉と表情が一切伴ってない。ブルーライトカットレンズ越しに見る降谷さんの目元にはくっきりとクマが出来ている。ははは、なんて声出すんなら目尻くらい垂らしてくださいよ、そう言えたらいいのに。言ったらきっと以前されたように、強い力で頬を引っ張られる。耐えられない。
余計なことを考えていたせいで、きっと一分は無駄にした。またパソコンへと視線を戻して、Enterキーを押す。はあー、と大きく溜息を吐いて、椅子の背もたれに体重を掛け腕を大きく上にあげて、筋肉を伸ばす。眼鏡を外して目頭を押さえると大分疲れが取れるような気がする。気がするだけなのだけど。

「終わったのか?」
「残念ながら一段落です。始末書は終わりましたが」
「俺も始末書は終わった」
「お疲れ様です」
「苗字もな」

今日顔を合わせてから、初めて視線が合う。クマが出来た目を少し細めて笑う降谷さんに、私も化粧がよれきっているであろう顔で笑い返した。少し休め、と言う降谷さんに、いやいや降谷さんこそ休んでくださいよ、なんて言い合う。このやり取りは毎回恒例だ。よく飽きないな私達。

「コーヒーでも買いに行くか」
「なんなら、夜食も買いましょうよ」
「夜食というより朝飯だな」
「じゃあ行きましょ」

椅子に掛かっていたジャケットを羽織って財布を持ち立ち上がる。それと同時に降谷さんも立ち上がった。近くのコンビニへ、二人で人気の無い廊下に出て歩く。

−−−少しの気分転換。
睡眠欲はまだまだ消えないけれど、それは何時間後に満たせる事を祈りつつ、クマが出来ている私達はコンビニへと歩みを進めていく。
少しずつ明るくなってくる空に、私達は少しだけ目を細めた。






(安室さんのハムサンドが食べたいです)
(今度差し入れしてやる)
(降谷さんでは無くて、安室さんでお願いしますね)
(ワガママな部下だな)