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PM16:00


「や、マジでついてないわ」

残念なお知らせです。
重い足取りで帰路を辿る私は、道に迷っていた。
教科書でずっしりとした鞄が恨めしい。
自宅近辺まで帰ってきたはずだが、住宅街に迷い込んでしまった。
自宅マンションは4階建てとあまり高層ではないため、住宅街の中では見渡しても見つからなかった。

諦めたようにふう、とため息をつく。
「あー、疲れた。やってらんない」

ふと目に入ったのは公園だった。
鞄を持つ左手がもう限界。休憩しよう、と立ち寄ることにした。
「公園・・・・・てかテニスコート?」
一瞬、どきりとしたが誰もいない。さびれたストリートテニス場のようだった。
古ぼけたベンチに鞄を置いて、ほとんど無意識にテニスコートへ歩み寄っていた。

ネットは少し緩いけど整備された痕跡はある。
定期的に利用者の誰かがメンテナンスしてるっぽいな。
ネットのポールには、ラケットが2本立てかけてあり、ボールも転がっていた。

「…誰もいない、か」
きょろきょろと周囲を見渡した。人の気配はない。
躊躇しながらも私の手はボールとラケットを掴んでいた。

「・・・・・・っ」
なんて形容したらいいのかわからない気持ちになった。
右手で掴んだラケットの感触。左手の中にあるボール。
懐かしい。嬉しい。わくわくする。そして辛い。
ぎゅっとラケットを握りしめると手の筋が微かに震えた。
やっぱり、握力はかなり落ちているようだった。

制服のジャケットをベンチに脱ぎ捨てると、引き寄せられるようにベースラインに立っていた。
なぜ?もうここに立つことは二度としないと決めていたのに。
こんなにも辛くて悲しい気持ちが湧き出てくるのに、こんなことをしたって
慰めにもならないというのに・・・、突き動かされるように体が勝手に動く。

かつて何度も何度も味わった感覚がよみがえる。
左手でボールをトーン、トーンと地面に弾ませた後
トスを上げる。そして右腕を思い切り振り下ろした―――ー

パァン

手に響く感触はまるで電気が走ったようだった。
ボールは鋭く相手コートに打ち込まれたが、狙った場所とはずいぶんかけ離れていた。

「…ははは…やっぱ、腕にぶった…」
以前のそれとはくらべものにならないくらいのへっぽこなサーブに思わず笑ってしまった。
「もういっちょ、」

ひじから指先まで、しびれるような痛みが走った。
やっぱり、この右手は長くはもたないみたいだ。でももう一球だけ。
心の中で言い訳しながら2度目のサーブを打った。
回転のかかった球は通常とは逆の方向へと跳ね返った。

「なんじゃ、見かけん先客がおるのう」
「本当ですね」

不意に背後から聞こえた声。
瞬間、びく!と身体が跳ねた。
反射的に振り返ると、そこには長身の男子高校生2人組…

2人組の姿を見た私は意識が遠のきそうになった。
終わった。
本日2度目の人生終了のゴングが鳴る。

1人は銀髪で口元にほくろがあってやんちゃそうな風貌、もう一人は紳士そうな眼鏡男子。
彼らの制服には私のものと同じエンブレム。
そして「RIKKAI TENIS CLUB」の文字の入ったテニスバッグを携えていたのだ…。

なんて日だ。

「お前さん、ウチの生徒じゃな?」
にやりと笑ってまじまじと私を見るのは銀髪の方。
「1年か?背丈ちっさいのにのう、ええ球打つ」
「仁王君、女性に失礼です。で、貴方お名前は?確かに良いサーブでした」
「〜〜〜〜〜〜〜!」
これはまずい。

三島凪子一生の不覚。
油断するにも程がある。数分前の自分をはっ倒してやりたい。

「いえ、私はただの通りすがりです!!ごめんなさい勝手に入ってしまいました!興味本位でやってしまいました!!!!」
「・・・・痴漢か盗撮犯みたいなセリフじゃな」
「なんでも結構ですがどうか今見たことは忘れてください。私も忘れます」
「は?」
「では、お邪魔しました!!!!」

ラケットを仁王と呼ばれた人に押し付け
鞄とジャケットをベンチからむしり取り颯爽と駆け抜けた。
家路はわからない。だけど大至急この場から逃げたかったのだ―――

・・・・・・・・
夕焼け色に染まるテニスコートにたたずむ2人の男子高生。
「なんじゃァ、ありゃ」
「名乗らずに行ってしまいましたね。はて・・・今年の1年生にはあのような方は見かけなかったように思いますが」
「ふしぎな女子じゃな。顔もなかなか…」
「また貴方は…」
「柳に報告しちゃるか」
「まあ、確かにまたお会いしたいものですが…」

なにやら企み顔の仁王を、柳生比呂士が呆れた顔で眺めていた…。








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