1-08:暗夜行路-a
 第三眼鏡橋近くでエイドを下ろし、俺とアシフの二人と簀巻き一つを乗せたミニバンはひたすら海を目指す。すっかり夜の様相の街並みを通り過ぎるときのあの、飴細工が糸引くようなネオンの応酬は、さすが名夜景に数えられる街なだけはあるというものだ。目にうるさいくらいだ。それこそ東京だとか、関西のほうだとか、もっと近くて天神なんかみたいに圧倒的な人口密度がひしめいたりしてはいないのに、とても騒々しく感じる。そもそも街並みが騒々しいんだ、この街は。全体的に古めかしい。モダンやレトロと言えば聞こえはいいが、ようは前々前時代的な表情の建物ばかりが市街地にさえ居並んでいる。左を向けばこの国の足跡の名残り、右を向けば教会群を筆頭に西洋式の瀟洒な館群、後ろを向けばすぐそこに中華街が迫る。そんなやたら多国籍な異国情緒あふれる街並みが、海まで一気に切り立った斜面の中に無理矢理詰め込まれているのだ。しかも埋め立ててもなおやたらに複雑な海岸線のおかげで、そんな斜面が湾を挟み、幾重にも向かい合っている。これで騒々しくなければなんだというのだろう。そもそも、前々前々前々時代、この国が総力をあげて頑なに引きこもっていた時代でさえ、この迷路のような海から有象無象をひっきりなしに招き入れ、魑魅魍魎としていた街なのだから。

「エイドがいつ船の免許取ったか、アリエル知ってル?」
「知らん。地元にいたときじゃね」
「エイドの地元って…ウクライナかア〜」
「は?アイツ俺にはロシア出身とか抜かしてだんだけどぉ」
「ダイジョブよ、ノルウェー出身とも言ってたヨ」
「なにが大丈夫だよ。ノルウェーか、鮭釣ってたんかな」
「今度実家から送ってもらオ」

 うひひひとか、さも楽しげにアシフが笑う。相変わらずエイドの出身地は非公開らしい。そこは闇だから。エセ生真面目エイドの貴重なアピールポイントでもあるから。あと出身地大喜利みたいな、うん。
 第三眼鏡橋でエイドを降ろしたのは、普通車運転免許さえ持っていないエイドが唯一持っている免許をフル活用してもらうためである。川縁にはこれまたボス所有の小型船舶が停留してあり、ボスの元へ向かうにはそれしか足がない。ヘリでもチャーターできるなら話は別だけど。陸路では決して行けない。ボスの根城、もとい邸宅は、この複雑に入り組んだ湾内に点在する小島のひとつにぽつねんと鎮座しているのだ。さながら東洋型縮小版モンサンミッシェルのごとく。まず立地が嫌みなほど洒落ている。さすがは金持ち、シャッチョサンである。

「これだからボスんとこ行くのメンドいのヨネ」
「おい、そういうこというなよ」
「いい子ぶんのかよアリエル、ゲロ吐くくせに!」
「それはゴメン?でもボスってどこに耳あるかわかんねえし地獄耳だし」
「アリエル、そういうコト言うナ?」

 力まかせに小突くと、アシフは甲高い声を上げて笑った。夜になるともういよいよ外の様子が判然としないスモーク貼りの窓からなんとか現在地をうかがう。そもそも後部座席の俺はともかく、運転してる張本人のアシフは現在地なんかばっちり把握してるだろうが。とうに繁華街は抜け、この街のメイン通りで路面電車の線路を有する淵欠通りも渡り抜け、駅周辺のおしゃれなデートスポットではないほうの殺伐閑散とした海辺に差し掛かっている。きらびやかな駅周辺とは一変し、なんともうら寂しく、掘っ建て小屋未満の劣化した窓ガラスがパリパリに割れているような建物が建ち並び、明かりなどは一つもない。小さな船着き場が無造作に居並ぶおかげで、海岸線は刃こぼれしまくった包丁の輪郭のようにがたがたしている。もしくはミニマムリアス式海岸、ミニミニフィヨルド。そのすべてが、すぐそばの真っ黒な海から吹き寄せる潮風に容赦なく晒され色味を失い、もう何十年も近寄る者などいないことを存分に主張してくる。この街の子供たちは、中学生くらいまではゲーセンとカラオケとこのあたりに近づくことを夏休みの友にて禁止される。まあね、明かりもねえし、人気もねえし、埋め立てられた海岸特有の急に深くなるような海に落っこちたって、誰も気づきゃしねえだろうし。

 月明かりもないのにそこかしこに落ちている影が、ヒクヒク波打っているのに気付いてしまうかもしれないし。

「アッシー、徐行徐行!こういう道では徐行って車校で習ったろ?」
「ホイ。安全運転ナ。…車校で習ったカナ?そのころまだ日本語ビミョーだったからウル覚えダヨ」

 よく受かったな。
 減速し、つられて二人とも黙ったことで静まりかえる車内。車内だけじゃない。もともと外は人類滅亡後のごとく静かだ。いきおい息が詰まる。ヒクヒクと蠢く影。気のせいかも、いやあるいはわりと夜風があって、そのせいで影を落としている大元の何かがなびいているのかも。なにが影落としてんのかも不明だけどな。今、我らがミニバンがミシミシ踏みしめている舗装の剥げかけた小径には、おおよそそんな形のものは見あたらないのに、いやな感じに細長い影が幾重にも連なって落ちているのだ。その正体が動いてしかるべきものなのか、予想すらできない。…でもやけに生き物めいた動きだなあいやな予感しかしねえなあ。
 そのときタイヤが砂利かなにかをひいて、ぱきんと音を立てた。静寂を打ち破るその小気味よい音に、アシフがひくりと薄い眉を動かす。間を置かずにもう一度、ぱきん。まあ、これだけボロボロな道路だったらな、かつてアスファルトだった砂利なんかいくら転がっていてもおかしくはない。なんて思っていたらすぐさまもう一声、ぱきん。ぱきん。ぱきぱきぱきぱき!

「アッシー止まれ止まれ!」
「ホイ。ナニかな?なんか踏んじゃってるカナ?」
「やな予感しかしない」
「ア〜後ろに死体乗せてルし、ラップ音みたいナ」

 それを今言うなよ、という気持ちをこめてアシフを睨むと「アリエルってビビリよネ〜」となんとも腹立たしい煽りが返ってきた。その態度から見るに、元ニューヨーカーの都会っこはきわめてドライで面白味のない超常現象否定派であるらしい。俺だって信じちゃいないけど、信じていなくたって、日本で生まれて日本で育てばこういった状況にある種の恐れを抱くものでしょーが。後ろ、ミニバンなのでまさに俺の座る後部座席の背もたれを隔ててすぐ後ろには、確かに死体もとい簀巻きが乗っている。まさか信じてないけども。もしこれが『そういう現象』だったら、もうとっくの大昔に遭遇してなきゃつじつまが合わないもの、まさか信じちゃいないけども。やっぱり不気味なものは不気味だ。理屈と、そういう本能的な恐怖はやっぱり違うじゃん。

「ナニか踏んでル?」
「待って…つーか前のほうがよく見えるだろが」
「夜目利かないの、ニューヨーカーダカラ、都会っこナノ」

 どうにもお気楽なアホは放っておき、俺はおそるおそる窓の外を覗き込む。こうしているあいだにも、車体の下から「ぱきっ」だの「みしっ」だの、いやな感じしかしない音が絶えずにいるのだ。もう車は微動だにしていないのに。
 スモークを貼った見づらいことこの上ない窓から、精一杯目を凝らす。ネオンなんて届かない、今宵は月明かりすらない、そんなアスファルトの地面に落ちている、幾重もの黒い影。それは我らが乗車中の車体の下にもタイヤの下にも満遍なく隈無く伸びている。ヒクヒク蠢いて見えたのはやはり気のせいだったのだろうか、今はそんな風には見えない。ぱきん、とまた音がした。なんの音だホントに。確かに車体の下から聞こえはしているのだけど。ぱきん、ばき。タイヤの下までほとんど黒い絨毯のように伸びている影は、劣化しまくったアスファルトのせいかひび割れて見える。みしみし、ばきっ。目を凝らしていると、どうもヒビが広がった。稲妻が空に走るように、亀裂がすばやく走り大きくなった。砂利を踏みつける音じゃない、亀裂が広がる音だったのだ。でも、なぜ?なにに亀裂が入っているんだ??ばきっ、ばきっ。もっともな疑問に満ちる俺の胸中などお構いなしに広がり続ける亀裂が、とうとう走りきってつながった。

 バシッ

 その瞬間、亀裂のつながった部分が剥がれ落ち、信じられないことに地面に穴が開いた。そしてこれまた信じられないことに、その穴から溶岩のようにドス赤い奈落が覗く。剥がれ落ちた黒い地面の破片が、真っ赤に口を開けた奈落にどこまでもどこまでも、果てなく落ちていくのがわかる。え?夢?という感想は車体がガクン!と激しく傾いたことでとりあえず吹っ飛んだ。さすがのアシフも「ウップス!?」と叫ぶ。いやな予感しかしない。後ろのほうへ傾く車内でバランスを取りながら今一度窓のほうへ身を乗り出すとその瞬間、亀裂だらけの地面が一気に崩落を始めた。

「アッシー出せ出せ出せ出せ!!!!」

 言わずもがな、すでにアシフはMT車かという激しさでチェンジレバーを操作しアクセルを踏み込んでいた。オフロード走行用でもない軽の自家用AT車じゃなかなか聞けないような勇ましい嘶きを上げるミニバン。さらに真っ赤な口を開けた奈落へ飲み込まれるようにガックンガックン傾く車体。今、何度くらい?ちょっとした心臓破りの坂道くらい?もう恐怖で直視できないが、おそらく真っ黒な地面の崩落する音と思われる名状しがたき破壊音はよりすさまじく、激しくなっている。『突然地面に真っ赤な穴が開き、落ちそう』という、とてもアンビリーバボーで南無三な状況に追い込まれ、ついつい正気を失いそう。なんとか堪えてなるだけ前方へ体重移動する。讃えよこのささやかな努力。

「なにこれなにこれ、なによこれ!どおなってんのお!?アッシー頑張ってぇ!!!」
「どうなってンの?なんで後ろ重いノ?なんの音??アリエルちょっと外出て押してクレヤ?」
「バッカ無理に決まってんだろ!!もお、頑張れってホラあ!!!!」

 イマイチ状況を飲み込めずイマイチ危機感の無いアシフとなおも傾き続ける車体、海獣に食べられる小船の断末魔のごとき破壊音にシビレを切らした俺は、後部座席からサイドブレーキを跨いでフロントガラスへタックルかました。成人男性一人分+火事場の勢いの体重移動を受け、車体がわずかに前へつんのめる。助手席の足下に俺が落っこちる衝撃でダメ押し。その瞬間、アシフがもうエンジンがかわいそうになるほどアクセルを踏み込み、我らがミニバンはようよう落ち窪んだ地面から抜け出した。

「油断しないで!走って!走って!安全な場所へ行くまで止まらないで!」
「なに?なんだったノ?」
「そのままだよ!落ちそうだったんだよ!穴に!」
「穴ァ〜??」

 久方ぶりに水平となり進み始めた車内で、未だこの態度なのがこのアシフである。驚き。俺は助手席の足下から這いだし、乗り出して後方を確認した。…んもうスモーク邪魔くせえな!まるでこの世のものとは思えなかった地面崩落現場は遠ざかっていくばかりですでによく見えない。なんかモヤモヤしてるし…なにがモヤモヤしてるんだ…?黒いモヤモヤが、ちょうど地面が崩落したあたりに渦巻いてて…なんか伸びてない?伸びてきてない?きのせいかな?

「エイドもう着いたかなァ?つーか、フロントガラスって意外と丈夫ネ」
「…」

 イマイチのんきにもほどがあるアシフのほうを、見たのが間違いだった。だってスゴい、今の危機的状況を切り抜けたのに共有できないってやっぱ、腹立たしいじゃん?顔見て一言言ってやろうと思って。前をしっかり見、安全運転を心がけるアシフの横顔、の背景。

 運転席に窓ガラスの向こうに何かいる。

 それは真っ黒で、細長く、海底に生える黒々とした海草のようにヒクヒクはためいているが根本ははるか後方で見えず、触手と言うよりは実体の無い影のようで、窓ガラスにぺっとりと貼り付いたかと思うとぐるんっと一つしかない目を開けた。そう、目だ。ぎょろぎょろと、ピンポン球ほどの大きさの一つしかない目玉が、ぺっとり貼り付いて車内を窺っている。ぎょろぎょろする黄色い眼球と目が合いそうになり、とっさに目を逸らした。

「アッシー…。もうちょいスピード出して、絶対に、横見ないで、スピード、出せ」
「ホイ。横?」

 見るなっつてんだろがダボが!!なんとも軽快にひょいっと窓の外を見たアシフは、なんとも軽快に前方へ視線を戻し、うっすら笑った顔のまま、ぐいぃぃぃんとアクセルを踏み込んだ。

「目が合った…!目が合っちゃたヨ…ッ!!」
「なにしてんのお、ねえ…?見んなっつったよねえ…!?」
「オーマイガーッ…!ジーザス!ジーザス…ッ!!」

 なんか半泣きで主の祈り唱え始めた。スピードはぐんぐん上がっている。真っ暗でギザギザな海岸線を、得体の知れない触手に追いかけられながら走る走る鞭打たれた競争馬のごとく。だめだ。状況が理解の範疇を超えた。知らない、あんな生き物知らない、知らない。しかも、どうやら一本じゃない。影のように実体のない触手達は、無数に数を増やしながら次々に追いついてくる。スピードを上げ続けてもものともしない。きっとあの地面が崩落した赤い穴から生えているんだろうに、どこまでもスイスイ音もなく伸びて追いかけてくる。そのどれもがぎょろぎょろした黄色い目玉を持っていて、我先にと、ミチミチ押しのけ合うようにして車の中を覗き込んでくる。その熱狂ぶりはすさまじく、押しつけられる触手達の身体が軋み、窓ガラスと擦れたむき出しの目玉がギイギイまるで鳴き声のような音を立てた。
 もし、この圧力で窓ガラスが割れたら。
 考えたくもない、でも、考えちゃう。後部座席のその後ろの簀巻きに意識が行く。やっぱり、こういうものを乗せてるから、こういうことが−−いやいやいや。

「あっ、アレ!エイドじゃん!」

 運転席はもうダメだが、助手席のほうの窓ガラスはまだ幾分余白を残していて小さくその様子が見えた。打ち捨てられた船着き場でギザギザした海岸線、そのちょっと離れた暗い海上を、一隻のちいさなモーターボードが突き進んでいく。闇夜に紛れる暗い色の船体。短く刈り込んだ金髪の長い人影、エイドだ。川下の停舶所から河口を出、海岸線沿いに回り込んだエイドが追いついてきたのだ。迷路のような湾内に浮かぶボス邸へ向かうには、ボートでもクルーザーでもなんでもいい、船を使わなくてはならない。そしてこの車を乗り捨てていく都合上、指定の船着き場から簀巻きを乗せなくてはならない。船着き場とそのボート自体を使うのは俺たちばかりではないので、わざわざ途中で船舶免許持ちのエイドを降ろして合流、というしちめんどくさい手順を踏まなくてはならない。とにもかくにもエイドはすぐそこまで来ていて、どうにか冷静になって見ると合流場所である指定の船着き場もすぐそこに迫っている。でも、どうするんだこのすさまじい物量の触手を引きずり疾走している状況で。止まるのか?船着き場に着いたら止まるのか?ていうか、エイドはこっちの様子に気付いているんだろうか?

「どうするアリエル、着くケド、と、止まる?」
「つーかコイツらエイドに気付いたらどうなるんだ…?俺らは車内だけど、エイドなんかほぼ外じゃん、あれ、剥き出しじゃん」
「犠牲になってもらウか…」
「やむをえん…非常に残念だがやむをえん…」

 所詮小悪党。あっさり身内の一人を窓の外の名状しがたき目玉ちゃんどもに捧げる決意をする。さすが人でなし。エイドが犠牲になるか、窓ガラスがとうとう割れて俺たちが犠牲になるか、二つに一つならば、致し方ない。
 しかしまあそこはお約束で、そのどちらにもならなかった。やけに静かになったな、と気付いていやいや窓を見やると、貼り付く目玉ちゃんたちの数が明らかに減っている。数と最初のインパクトが薄れてくるとその動きのおどろおどろしさも薄くなる。きょろきょろしながら、また一本、一本と離脱していく目玉たち。とうとう最後の一本が後ろへ流されるように離れていき、あわてて後方を確認するも、なんの変哲もないうら寂しい海辺のあぜ道が続いているだけだった。
 折りよく目的の船着き場に着き、疲れ切ったようにタイヤが軋んでミニバンは停車した。月明かりすらなく。外はただ真っ暗で、もちろん影などない。振り切ったのだろうか、追いきれなくなったのか?無事に、逃げ切ったのか?そもそもアレなに?なに?
 アシフは何も言わない。絶賛放心状態で宙を見つめている。パニックに陥っていた割に、なかなか的確なドライビングだったな、ちゃんと車校で学ぶこと学んでんな、とよくわからない感心をしていたら、突然窓ガラスを叩かれて俺とアシフは飛び上がって抱き合った。

「「アーーッ!!!!ワーーーッ!!!!」」
「うっせ!うっせ、うっせえ!!!ナニしてんの、早くシロ!」

 まあ冷静に見ればエイドなんだけど。はや懐かしの声。耳を押さえて顔をしかめたエイドにドアを蹴られ、おそるおそる外に出る。なんともなかった。車体をくまなく調べたが、お約束みたいに手形が残ってるとかそんなこともなかった。まあ目玉ちゃんたち、手なんかなさそうだったけど。エイドにくっそ「なんだコイツ」みたいな目で見られたけど。

「ナニ?どしたの?なにかあった?」
「エイドお前船から俺たちの車見えなかったの…?」
「見えたヨ!だから、時間ぴったしだなって思ったノニ、ぜんぜん降りてこない」
「なんともなかった…?」
「ねえよ。ナニコレ恐い話でもはじまんの?」
「いや…」

 どうやらエイドには我らがミニバンが吹き流しのごとく引き連れていた目玉ちゃんたちは確認できていないらしい。見えてないってこと?俺たちだけ見えたってこと?えっ、いよいよ心霊現象じゃねえか。

「なんでもイイケドサ、早く船に乗せちゃわないと、簀巻き」
「おう…」

 いや、いいや、気にしないどこう。気にしても恐いし、考えても意味がわからなくてなおかつ恐いし、ならもう気にしないでおくしかない。深く考えないでおくしかない。幻覚だよ、きっと夢だよ、地面の崩落も、ミニバン落下未遂も、追いかけてきた名状しがたき目玉ちゃんたちも。なにより今はもっと恐いことがある。今もなお後部座席のその後ろに乗ってる簀巻き、あれを運んでしまう前に誰かに見咎められることだ。
 開け放しのドアに半身を差し込み、今なお運転席で宙を見つめているアシフに話しかけた。

「はやいとこやっちまうか。オイ、アッシー手伝えよ」
「待っテ…」
「なんだよ」
「腰抜けちゃってるカラ、待っテ…」

 よく今まで運転できたな。
 半泣きのアシフと、わけがわからずイラつき気味のエイドと、現実逃避気味の俺と。晴れ渡った夜空には月明かりすらなく、影も作れないほどの星明かりが申し訳程度に俺たちを照らしていた。
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GFD