泉下にて

真っ暗でなにも見えない?そうでした、あなたがたは夜目がきかないんでした。はい、どうぞ、これを持って、ぶらちょうちん。足下を照らせば、まっすぐ歩くくらいはできるでしょう。寒い?さようですか、私はそうは思いませんけど。ああ、そう、あなたは、寒いかもしれませんね。いえ深い意味はございませんよ。あなたがたは、そりゃあ寒いでしょうねえ。なに、こんなに近くにいるのに私の顔が見えないのはおかしいって?心配しなくてもちゃんとここにいますよ。ほらこのとおり、さっきぶらちょうちんを渡すときに手だって見たでしょう。顔が見えないのは、そうですね、私が恥ずかしがり屋さんだからでしょうね。それは冗談にしたって、ぶらちょうちんは足下を照らすようにしかできておりませんので。私だってあなたの顔は見えはしませんよ。至極残念です、ええ。ずいぶん先まで真っ暗に見える?そう、それこそがお話せねばならんことでした。あなたがいらないことばかり聞くから、まったく。先まで真っ暗に見えるのは、ここよりずうっとずうっとまっすぐ歩いたところで道が二股に分かれているからでごさいましょうね。よくお聞きなさい。大事なことですよ。
お帰りになるには、足下をしっかり照らして、まっすぐ歩いて行って、二股に分かれている道のどちらかを選ぶんでございますよ。私からは教えかねますが、どちらか片方が現世に繋がっておりまして、そしてもう片方が、

「ぼくはあなたの顔が見たい」

…おやおや、驚いた。それならぶらちょうちんは無くてよござんすね。あらあら、真っ暗だ。それでは、ええ、お気をつけて、また後ほど。まだお若いのに、かあいそうに。


(平成28年1月2日夕刻 泉下にて)
prev top next
GFD