今日の正午きっかりに僕はあなたに会いに行く
広場は円形の石畳、外形と同心円を描くようにそびえる白い噴水は、きっかり一時間ごとに水柱を噴き上げる。水柱は高く、広場の外形と噴水の間にもう一つ、水溜まりの同心円を生み出す。宣教師は首を傾けて腕時計の文字盤を覗き見る。次に水柱が上がるまでにはあと五分の猶予があった。なるほど、それで広場の石畳は完全に乾ききり、水溜まりの同心円はまだ存在せず、何十羽何百羽という白鳩が乾いた石の上をてくてく歩いていた。
噴水の頂点から噴き上がる水柱を受け止めるのにあまり機能していない大理石の池は、光沢を失ってやや苔むしている。銅貨や銀貨が何枚か、水底でゆらゆらしているのを宣教師は見た。二人連れの子供が駆けてきて一枚ずつ銅貨を投げこんだ。新たに仲間入りした銅貨も同じように水底でゆらゆらするだけだ。向こうから両親とおぼしき二人がやってきているのが見えたが、しかし彼らは深刻な顔で何か話し合い歩みは非常に遅かった。二人のうちどちらが子供たちに銅貨を握らせて追い払ったのかは分からないが、その目論見は上手くいったようだ。子供たちは今や水に手を浸すことに夢中になり、時折時計台を仰ぎ見ては水柱が上がるのを今か今かと待っていた。
宣教師は多少憂鬱になって空を仰いだ。空は砂のような黄色で、太陽はない。ネイビーブルーの雲がぽつぽつと流れていたが、日差しを遮る手助けにはならない。まぶしいので仰ぐのをやめ、もう一度腕時計を覗こうとして、宣教師は待ち人の来訪に気がついた。時計台の脇の細い路地から出てきた異教徒は、花屋のトラックが停めてある横をすり抜けてこちらに歩いて来る。花屋の主人はピエロに扮した小男で、歩きすぎゆく異教徒を見送ると首を傾げた。その拍子に目尻のティアドロップが反射して光り、腕いっぱいに抱えていた球根が傾いてばらばらと転がり落ち始めた。花屋の主人は大袈裟に慌てふためき、ついに球根はすべて地面に落ちてしまう。そんな小事件を気にもとめず、異教徒は大股で歩いてくる。走り出すのではないかというほどの速さだ。宣教師は噴水を背にし、大理石に踵を押し付けたまま動かなかった。子供たちは未だ水をばしゃばしゃやっている。二人の両親が深刻な話し合いの合間に時計台を仰ぎ見た。花屋の主人は散らばった球根にかき集めながらもキョロキョロと辺りを見回している。宣教師は異教徒を見つめる。異教徒はついに走り出した。二人はしっかりと視線を合わせたまま、決してお互いを視界から外さぬように、ある種の監視とも言える冷徹さを持ってお互いを―――

カチ、

不躾な音は時計台の大時計と宣教師の腕時計の長針が発したもので、ついでに時計台のほうはきっかり正午であることを主張するために重々しい鐘の音まで放った。直後、宣教師の背後で水柱が噴き上がる。白鳩たちが一斉に飛び立ちその羽音が広場に充満する。歓声は子供たちのもの。悲鳴は恐らく彼らの母親のもの。沈黙は彼らの父親のもの。また球根を取り落とした花屋の主人の喉で悲鳴は詰まってしまったので、彼が驚き仰け反る様子はさながらパントマイムのようだった。宣教師に見ることができたのはここまでで、なぜなら噴き上がった水柱が同心円を描くために帷となって落ちてきたからだ。大量の水は宣教師の視線を遮り、傾いた異教徒の脚だけを最後の映像に宣教師は長い長いまばたきをした。
次に目を開けたとき、広場には予想通り水溜まりでできた同心円が増えていた。飛び立った白鳩たちは舞い戻り、濡れた地面を避けててくてく歩いている。花屋の主人は球根を拾い終わり、おどけることもせず宣教師を見つめていた。目尻のティアドロップが燃えるような悲しみにぎらぎらと反射するのを見て宣教師は踵を返した。噴水の横を通り抜ける。二人の子供たちの両親は、また深刻な顔をして話し合っている。子供の片方は楽しそうに水面を叩いていたが、もう片方の子供の目にどろりとした現実が沈んでいるのを宣教師は見た。恐らく聞き分けのいい子供なのだろう。かまわず歩き、とうとう広場から出る。広場の出入り口にたむろしていた白鳩たちは、宣教師が通り過ぎるのを待って飛び立ったようだった。
細い路地に体をねじ込むようにして宣教師は小走りになる。頭の上では細長く切り取られた黄色い空があり、ネイビーブルーの雲がぽつぽつと流れている。太陽はない。しかし宣教師の頬骨の上の皮膚は、すでに日焼けしてじりじり痛んでいる。急がなければ、宣教師は思った。もう時間がない。宣教師は走る。わき目もふらず走る。時計台と噴水が見えてきた。噴水に背を向けて、こちらを向いて佇む黒い人影は恐らく件の異教徒だろう。この路地を抜ければ、すぐ広場に入れる。遠く目の前を花屋のトラックが通り過ぎ広場に入っていった。運転手はもちろんピエロで、目尻にティアドロップを付けている。急がなければ、急がなければ。日差しのせいで時計台を仰ぎ見るのが辛いので、宣教師は走りながら腕時計を覗き見た。広場に入れば、異教徒の視線が宣教師を刺すだろう。腕時計によると、正午きっかりまであと一分である。


(今日の正午きっかりに僕はあなたに会いに行く)
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