09

姿現しをした先で、ニュートのトランクの留め具がカチャリと外れた。慌てて留め直し、角を曲がる彼らの後を追う。これ以上動物たちを逃すわけにはいかない。ティナは、修理サービスと大きく書かれたトラックの陰にみんなを連れて隠れると「そこのアパート」と正面の建物を顎で指した。ジェイコブを支えているため手が塞がっているのだ。

「入る前に言っとくけど、ホントはこのアパート男子禁制なの」
「元からそうだったの?」
「そうよ。その方が安心でしょ?」
「ええ。すごく良いと思うわ」

私が身を置く環境において、女性専用のアパートは貴重だ。非常に安心できる。今の家を出ることになった時の候補に入れておくのもいいかもしれない。

「だったら僕たちとコワルスキーさんは別の宿を捜すから──」
「ダメよ。名前さんもいるんだから行く必要ないでしょ。ほら!段差に気をつけて」

ティナに引っ張られるようにして、入り口の階段を上る。案内されたアパート内は少し薄暗く、まだいくらか明るい外との差で目が慣れない。床にはヴィンテージ感のある木が使われており、歩くたびに軋む音が響きそうだ。

「ティナなの?」

2階へ上がると、階下から家主がティナを呼ぶ声が聞こえた。全員足を止め、息を潜めてその場で固まる。
男子禁制というのなら女子の私までビクビクする必要はないのだが、周りの緊張が伝わってドキドキしてしまう。

「そうです。エスポジトさん」
「あなた1人?」
「ええ、いつだって1人ですよ、エスポジトさん!」

ティナの返事を聞いた家主のエスポジトさんが立ち去ったことを確認し、ジェイコブ以外の全員で顔を見合わせた。無事、その場を切り抜けられたことに安堵の息を吐く。そのまま廊下を進み一室の前で立ち止まったティナは、数回ノックをした後にドアを開いた。パチパチと暖炉の薪が燃える音とともに、ゆったりとした音楽が流れている。

「ティーニー、お客様を連れてきたの?」

繋がった隣の部屋からこちらの様子を窺う彼女は、室内の灯りを受けてキラキラと輝くブロンドを揺らした。彼女の近くではアイロンがひとりでに動いてシワを伸ばしている。

「……すごい美人」

口を突いて出た言葉に、彼女はにこりと微笑んだ。

「紹介するわ。私の妹よ。服を着たら?クイニー」
「あら、そうね」

クイニーは、ボディーに着せてあったドレスを魔法で浮かせ、細い腕を袖に通していく。同性から見ても本当に美しい。彼女のような人を傾国の美女とでも言い表すのだろう。ジェイコブと並んで彼女の着替えに目を奪われていると、後ろからコートの袖を引かれ「見過ぎ」とニュートに指摘された。

「それで?どういうかた?」
「こちらはスキャマンダーさんと名前さん。国際機密保持法の重大な違反を犯したの」
「犯罪者ってこと?」
「そう」

クイニーは私を見て「こんなに可愛らしい方も?」と少しだけ驚いたように呟いた。可愛らしいだなんて、彼女に言われたら照れてしまう。

「こちらはコワルスキーさん。ノー・マジよ」
「ノー・マジ?ティナったら、どういうつもり?」

ノー・マジなんて大丈夫なのか、と小声で話をする2人から目を離し、室内を見回した。アンティーク調の家具が並べられ、足元には上品なデザインの絨毯が敷かれている。テーブルランプは芸術品のように美しく、まるでドールハウスの中に入り込んでしまった感覚。隣に立っていたジェイコブがフラついて、そのままソファーに倒れ込んだ。

「まあ!座って休んでて……彼、朝から何も食べてないの──あら、それは辛いわね……パン屋さんを開きたいけど、お金がないって……」

クイニーはニッコリ微笑んで「貴方、パンを焼けるの?あたしは、料理が好き」と言った。朝日のように眩しいこの笑顔に、みな惹きつけられるのだろう。

「心が読めるの?」
「ん、まあね。でも、貴方みたいなイギリス人は、苦手。なまりがあるでしょ。それから貴女は……日本人?」
「ええ」

ジッと私を見つめたクイニーは「あら。変ね」と不思議そうに呟いた。

「貴女、心の中が空っぽだわ」
「え?」
「あたし、日本語は分からないからきっとそのせいね」

彼女は、うふふと明るく笑ったが、恐らく理由はそれだけではないだろう。心の中が空っぽだと言われた瞬間、この世界の人間ではないことを見抜かれたようで胸がざわついた。

「俺の心……読めるの?」
「あら、気にしないで。男の人はあたしを見るとみんなそう思うの。さあ、何か食べなきゃ。待ってて」

杖を振って暖炉の前の下着を片付けたクイニーは「何を作ろうかしら」とキッチンに立った。棚から皿やカトラリーが次々と出てきては、テーブルに並べられていく。

窓際に立つニュートのそばへ行くと「何かいた?」とカーテンの向こう側を見つめる彼に訊ねた。一刻も早く動物たちを探しに行きたくてたまらないだろうが、逃げた先は私ももうよく思い出せない。

「今そこに、多分、ビリーウィグが」
「それって、大きい蛾のこと?」

くす、と笑ってカーテンの隙間から外を覗いた私に対し「そう、大きい蛾」と彼も笑った。

「昼間のはちょっと無理があると思わない?」
「いや……君だって、きっとそう言っただろう」
「……大きい蜂、とか?」
「ほら、やっぱり。似たような答えだ」
「ニュートよりはまだ近いと思わない?雰囲気が」

いい答えが浮かばず、食事の支度を進める彼女たちの元へ逃げた。魔法で浮かせられた包丁が、空中で食材を切っている。何か手伝わせてほしいと申し出たものの「ダメよ。貴女はお客様なんだから、寛いでいて」とクイニーに断られてしまった。お言葉に甘えて近くのソファーに腰を下ろすと「名前」とニュートが私を呼んだ。そちらを向くと、彼はドアノブに手をかけながら、行こうと口パクで伝えてきた。もう行くの、と同様に声を発さず返す。

「ねえ、スキャマンダーさん。パイがいい?シュトルーデル?」

ニュートに気づいたクイニーの一言で、全員の視線がそちらへ向けられた。彼は気まずそうに目を泳がせ「あ……いえ、僕はどちらでも」と答えた。こっそり出て行こうとしたのが彼女たちにバレバレである。

「貴方はシュトルーデル」

すでにテーブルについているジェイコブは、クイニーに話しかけられて嬉しそうに口角を上げた。

「あの、シュトルーデルって何?」
「薄い生地で食材を包んで焼いた料理よ。初めて?」
「ええ、初めて」
「じゃ、シュトルーデル!」

クイニーが杖を振ると、たちまち空中に食材が現れ薄い生地に包み込まれていく。テーブルに乗る頃には綺麗に焼き上げられ、仕上げに新雪のような粉砂糖が表面に振りかけられた。ジェイコブは、魔法を使って調理されていくその光景に魅入っている。私も初めて魔法を目にした時は同じような状態だった。

「ほら座って、スキャマンダーさん、名前さん。毒は入ってないわ」

映画では4脚しかなかったはずの椅子が、いつの間にか5脚に変わっている。ティナに促されてもドア前から動こうとしないニュートに「私、お腹空いちゃった」とそれとなく伝えると、ジェイコブに睨まれたこともありようやく彼も席についた。



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