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「ごめんなさい、狭いでしょ。平気?」
「平気よ、気にしないで」

クイニーが「余裕があるから大丈夫」と私のために場所を空けてくれたものの、もう少しこっちに来ていいとニュートの方へ引っ張られた。正直、私は立ち食いでも構わないのだが、あまりいい顔ははされないだろう。

「さあどうぞ、召し上がれ」

中央に置かれたシュトルーデル以外にも、テーブル上には彼女たちの手料理が並べられている。興奮のあまりタッパーにでも詰めて帰りたい気持ちを抑えつつ「いただきます」と両手を合わせた。普段はニュートと2人で食事をすることが多い分、大勢でテーブルを囲むのは久々だ。こうして誰かの家で手料理を食べるのも珍しい。リタには以前、家に行った際に昼食を作ってもらったことはあるが、もうしばらく会えていない。あの時は確か、リタの手料理が食べてみたいとお願いして作ってもらったのだ。テセウスが聞いたら羨ましがるに違いない。勿論、全力で自慢するつもりだ。

「これ……シュトルーデルって美味しい……すごく好きな味」

焼きたての生地が咀嚼するたび口の中でパリパリと音を立てている。恐らく食後のデザートとして用意されていたのだが、私の視線が
シュトルーデルに向いていることに気づいたクイニーが先に取り分けてくれたのだ。

「よかった!今日のはとびきり上手くできたもの」

私の言葉を聞いたクイニーは「自信作よ」と得意げに笑った。ジェイコブのパンに続き、夢にまでに見たクイニーのシュトルーデルを今ご馳走になっている。一口食べるたび、これが現実であることに感動して、また一口食べ進める。きっと彼女が作ったものだから特別美味しいのであって、他でシュトルーデルを食べてもここまでの感動は得られなかっただろう。

「……あ、名前」

おかわり分としてクイニーがプレートに乗せてくれたシュトルーデルを切り分けていると、横からニュートの手が伸びてきた。名前を呼ばれ反射的にそちらへ顔を向けると、そのまま彼は私の口元に触れ「何か付いてる」と手ではらった。

「あらあら……2人はとっても仲がいいのね。ねぇ、付き合ってどのくらい?もしかして……結婚してる?」

どちらから告白したのか、と食事そっちのけで聞いてくる彼女に「やめなさいクイニー。困ってるでしょ」と優しく嗜めるようなティナの言葉がかけられた。

「ごめんなさい、つい」
「大丈夫よ。それと、私たちは付き合ってるわけじゃないし、夫婦でもないわ」

私の言葉に彼女は驚いた表情を浮かべ、ティナを見た。

「ええ。そうらしいわよ」
「どうして?今もとってもいい雰囲気だったじゃない。ねぇ、ティーニー」
「そうね。さっきも似たようなことがあったんだし、別に隠さなくてもいいのに」
「いや、いい雰囲気なんてそんな。私たち学校も同じだったからその時の名残みたいなだけで……」

この会話のきっかけとなったニュートは、特に訂正もせず目の前の食事を淡々と口に運んでいる。「何か言って」と彼に助けを求めるも「何を……?」と意味が分からなさそうに返された。

「俺も、はじめは2人が恋人だと思ってたんだ」
「そうよね。そう思うわよね」

今までもこれからもそういう関係ではないと否定する私に、これからのことは分からないとニュートが言ってしまったことで、更に熱の上がったクイニーを落ち着かせるため結局30分程かかった。



ディナーは終盤を迎え、各々食後のお茶とおしゃべりを楽しんでいる。各々と言っても主にクイニーとジェイコブだ。ティナとニュートはお互いに黙ったまま、たまに目が合っては気まずそうに逸らしている。

「大した仕事はしてないわ。コーヒー淹れたりトイレ直したり……魔法でね。ティナはキャリアガールよ」

ジェイコブを気に入ったらしいクイニーが、彼の心を読んでは会話を進めていく。彼はまだ一言も発していないのだが、心中では次々と質問が浮かんでいるらしい。

「私たち親はいないの。子どもの頃ドラゴン疱瘡で死んじゃった……まあ、優しいのね。でも、1人じゃないから」

彼女の言葉に、私が生きていた元の世界とは違うのだということを改めて感じた。子どもの頃に両親が亡くなってから、ゴールドスタイン姉妹は今日までどのような人生を歩んできたのだろう。のほほんと生きてきた自分にとって、何も想像することができない。軽々しく、大変だったね悲しかったよねとは口が裂けても言えない。クイニーとジェイコブの会話を聞きながら、皿の上に置いたスプーンに映る自分を見つめた。

「名前」

膝に置いた手に他人の温もりを感じ、スプーンからそちらへ視線を移す。私の手の上に、ニュートの手がかぶさっている。

「名前。大丈夫?」

ニュートはこちらに顔を寄せ「どうしたの?」と気遣うように言った。彼の囁くような小さな声に、消灯後おしゃべりしていた時のことを思い出す。ティナたちは、まだ私とニュートの会話に気づいていないようだ。心配されるようなことが思い浮かばず「何が?」と訊ねると「寂しそうな顔をしてたから」と返された。自覚はなかったが、ニュートにはそう見えていたらしい。どうしたの、何があったの、と子犬のような目で見てくる彼に「大丈夫だよ」と安心させるように微笑みかけた。

「……本当に?」
「うん。本当」
「嘘だったら、君の部屋にニフラーたちを放つからね」
「それって地味にやめてほしいやつ……」

1匹でも手に負えないというのに、ベビーニフラーたちまで部屋に放たれたらとんでもないことになってしまう。銀行の金庫にまで入り込んでいたことを考えると、どのような対策を講じても無駄な気がする。ニュートは私の手を自分の手で優しく包み込んで「名前、僕には隠さないで」と言った。

「君のことが……その、すごく心配なんだ。だから、何か気になることがあれば、すぐに僕に言ってほしい」
「……うん、分かった。ありがとう」

そう言って、自分の顔が緩んでいることに気づいた。彼の言葉に、気遣いに喜んでしまっている。良くない。これはダメだ。心を読むのをやめてほしい、というジェイコブの言葉にハッとして、自然にニュートから手を離した。僅かに寂しそうな顔をされた気がして、胸が痛んだ。

「あ、ああ、誤解しないで──嫌じゃない。このご馳走、めちゃくちゃ美味しいよ。俺も商売柄料理はするけど、これは……こんな美味いもん生まれて初めてだ!」

楽しそうに笑って見つめ合う2人の姿に、徐々に惹かれあっているということが私にも分かる。

「貴方って楽しい人!あたし、ノー・マジと話すのって初めて」
「ホント?」

途端にクイニーが表情を暗くして「誘惑してないわ」とティナに言った。

「深入りするなって思っただけ。どうせオブリビエイトする人だから……悪く思わないで」

アメリカの魔法社会では、ノー・マジとの接触は許されていない。どれだけ事情があろうとも、オブリビエイトしなくてはいけないルールだ。ティナの表情を見るに、彼女も心苦しいのだろう。

「あら、大丈夫?具合悪そう」

食事を終えたジェイコブは、呼吸が荒くなり再び汗を流し始めた。

「コワルスキーさんと僕たちは早めに休ませてもらうよ」

席を立ったニュートは、ちらりと私を見た。

「君だって明日早いだろう。ニフラーを探しに行かなきゃ」
「ニフラーって何?」
「聞かないで。寝床はこっちよ」

寝室へ案内しようとティナが立ち上がると、ニュートは一瞬、居心地の悪そうな顔をして「じゃあ……名前」と私にも一緒に来るよう促した。

「名前さんには私たちと同じ場所で寝てもらうわ」
「いや、僕と名前は同じベッドで寝るから必要ないよ」
「何言ってるの?ダメに決まってるでしょ」
「今までの旅でもそうだったんだ、何の問題もない」
「え?今までも、2人で同じベッドに寝てたってこと?恋人でもないのに?」
「そうだけど」
「これは大問題よ、スキャマンダーさん。彼女は女性なの。貴方のトランクから逃げ出した魔法動物じゃないわ。分かってるの?」

2人が言い合う姿をジェイコブやクイニーとともに眺める。私についてのやりとりをしているというのに、他人事のように感じてしまう。勿論、積極的にニュートと同じベッドで寝ていたわけでない。例えば、宿で1部屋しか取れなかった時、ベッド2台で頼んだはずが何故かダブルサイズのベッドが1台だけ置かれていた時、森の奥地で野宿をする事態に陥り暖をとるためにくっついて寝ることになったなど、旅をしている上でそうせざるを得ない状況になった時だけだ。ベッドが1台しかない問題は、不思議なことに頻繁に起こるのだが。自宅では私室があり、それぞれのベッドもある。ティナは私の前まで来ると「当たり前だと思って流されちゃダメよ」と両肩を掴んで強く言った。

ホグワーツ時代、消灯時間を過ぎてもどちらかのベッドの上で魔法動物に関する話をしながら寝落ちてしまった経験も少なくないせいか、そういった状況に慣れてしまっているところはある。

しかし、今夜は状況が違う。そう、ティナがいるのだ。彼女の言う通り、当たり前だと思ってそのままにしてはいけない。誤解が生まれてはよくないだろう。何度でも、声を大にして言いたい。私の存在が火種になって、些細な勘違いから2人の仲がこじれるところなど見たくはないのだ。

「……確かに」
「名前?」
「ニュート、私、今夜は彼女たちのところにお邪魔させてもらうね」
「……なんで?僕と同じベッドが嫌になった?」
「同じベッドが嫌っていうより、ほら、勘違いされても困るでしょ。それに今夜は、ベッドが1台しかない宿でも外で野宿をしなきゃいけないわけでもなくて、それぞれ寝る場所を用意してくれてるんだから……」

かなり急な事だったにも関わらず、彼女たちは食事を用意して寝床まで提供してくれているのだ。私としては、申し訳ない気持ちで一杯である。なんならもう溢れ出ているレベルだ。椅子の後ろに立ったままの彼に近寄り「ね?ニュート」と俯いた顔を覗き込むとムッとした表情が見えた。ゆるく、への字に曲げられた口が開かれ「僕は困らないけど」と拗ねたように言った。

「え?」
「別に……僕は、勘違いされても構わない。名前は困るの?」

気まずさに場の空気が止まる、と思った瞬間「貴方、早く横になった方がいいわ」というジェイコブの容体を心配するクイニーの声に救われた。勘違いされても構わないなどと気軽に言わないでほしい。その一言だけで勘違いする女が、私を含めこの世には何万といるのだ。

結局、頑として譲らないニュートにティナの方が折れ、私と彼は今夜もベッドを共有することとなった。きっと、トランクに入るには同室の方が都合が良いと判断してのこともあるだろうが、同じベッドで寝ると言い出した時のティナの顔をきちんと見たのだろうか。彼女は少し引いていた。案内された部屋に入る前も「何かあったら……ううん、何もなくても、いつでもこっちに来ていいのよ」とティナは優しく私に言った。



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