鉄格子越しに薄暗い地下空間がどこまでも続いている。助けを求める声を上げたとしても、自分の声がただ響いて虚しいだけだろう。確かこの後、無事に脱出できていたような。続編が作られているということは助けが来たに違いない。朧げな記憶に希望を抱きながら、鉄格子から手を離した。
トランクを回収されてしまったニュートは、すっかり気落ちして牢屋の隅でうずくまっている。彼の隣に腰を下ろすと、いつもより丸まった背中を優しく撫で「動物たちなら大丈夫だよ。信じよう」と声をかけた。
「……名前」
「何?」
「大勢の、見知らぬ人間たちが突然入ってきたら、みんな怯えるに決まってる」
「うん……そうだね」
「一刻も早く、安心させてやらないと」
「うん」
もうスクリーンや画面越しではなく、学生時代から彼のことを見ているからこそ分かる。あんなに一緒にいた動物たちを自分から強制的に離されて、気が気でないだろう。ニュートは私にもたれかかり「君がいてくれて良かった」と息を吐いた。
「動物たちのことを奪う羽目になってごめんなさい。本当に」
ティナは唇を震わせ、私たちに対して謝罪の言葉を口にした。大きな瞳からは今にも涙がこぼれ落ちてしまいそうだ。彼女はアメリカの魔法社会の秩序を守るために行動したのであって、禁止されている魔法動物を許可なく持ち込んだ上に逃がしてしまったこちらに落ち度がある。ティナ、と彼女の名前を呼ぶと潤んだ瞳で私を見た。
「貴女のせいじゃないから……そんなに悲しい顔をしないで」
むしろ巻き込んでしまったことを謝ると、彼女は「いいえ」と首を横に振った。どこまでも優しい女性だ。
「だけど、あんなにオブスキュラスの存在を認めてくれないなんて」
「それは……オブスキュラスはここ何世紀も現れなかったわ」
「もしそうなら、それはアメリカだけの話よ」
ここがそうだからといって世界中のどこも同じだとは限らない。
「もしかして、見たことがあるの?」
「ええ」
「誰か説明してくれない?そのオブスキュ何とかって、一体何なんだ?」
ジェイコブは簡易ベッドに座り、私たちに説明を求めた。
「3ヶ月前スーダンで、僕と名前が1人見つけた。昔はもっといたそうだ。でも、今も存在してる」
「うん。頻繁に目にすることがなくなっただけで」
「オブスキュ何とかって生き物なのか?」
「生き物じゃなくて……現象?」
いつの間にか私のコートを控えめに掴んでいるニュートに「何て言ったらいいの?膨大な魔力の塊とか?」と助けを求める。彼は咳払いをひとつして、地面に視線を落としたまま口を開いた。
「魔法使いたちがまだ身を潜めず、マグルの中で暮らしてた時代、迫害を避けるため、自分の能力を抑えつけようとする魔法使いたちがいた。その挙句、自分の力を制御しきれずにオブスキュラスというものを生み出したんだ」
ジェイコブを見やると頭にハテナが浮かんでいる。私も初回でこの説明をされても頭に入ってこないだろう。気づいたティナが「コントロールが効かない闇の力よ」と補足した。
「暴れて何もかもを破壊するの。通り抜けた後は建物が崩れ去ってたり……」
「攻撃して、爆発して──そして消え去る」
ティナは「彼らは長くは生きられないんでしょう?」とこちらを見て訊ねた。
「オブスキュラスを生む者が10歳より長生きした記録はない。僕たちがアフリカで会った女の子は……」
その時の様子を思い出しているのか、言葉を詰まらせたニュートの代わりに「その子は8歳で死んでしまったの」と続ける。それでも、どうにか助けられないかとニュートはギリギリまで諦めなかったのだ。彼女はその事実を聞き、悲しそうに目を伏せると、鉄格子に背を預けてそのまま地面に座り込んだ。
「じゃ、ショー議員を殺したのは、そんな年端もいかない……子ども?」
「そういうことになる。相手がマグルなら、尚更。年齢に関わらず一瞬で命を奪われてしまう……」
あの議員を殺害したのが子どもだと知り、ジェイコブは口を閉ざした。衝撃を受け、言葉が出てこないように見える。聞き慣れないオブスキュラスという存在の正体が、力をコントロール出来ず暴走した子どもとは思わないだろう。
「……俺たちはこれからどうなっちまうんだ?」
ポツリ、と疑問を口にしたジェイコブに全員が目を向ける。
「ジェイコブは、すぐにオブリビエイトされることになると思う。魔法に関する記憶を全て消されて、またいつもと同じ日々に戻るだけ」
「アンタたちは?どうなる?」
「私たちは、きっとこの後尋問を受けて、処遇が決まることになると思う……このまま疑いが晴れない場合は、アズカバン……刑務所に入れられるか……」
「入れられるか?」
「もしくは、その、」
死刑執行が下されるとは言えず、言葉を詰まらせる。
「……最悪の事態に、なるかも」
そもそも存在しない私は、ここで消されてしまうかもしれない。実は話の流れが変わっていて、ティナの代わりにあの椅子ごと飲み込まれるとか。三角座りをして膝の上に置いた手が、今改めて恐怖を感じて震えているのが分かる。心配そうに私を見つめるティナと目が合った。もし、そうなったとしても、彼女が無事でいられるなら私はその運命を受け入れるしかない。彼女が危険に晒された際の身代わりとして、この世界に呼ばれたのだと思えばいいのだ。
「知り合えてよかったよ、ジェイコブ。パンの店、持てるといいね」
ニュートは、牢屋に残るジェイコブを振り向き声をかけた。昨日今日と起きた出来事について整理していた私たちの元に白衣姿の者たちが現れ、ジェイコブ以外は外へ出るよう促した。後ろに回された手にはずっしりとした手枷をはめられており、早く歩けと急かされている。
「すごく美味しかったから自信持って!ジェイコブなら絶対大丈夫!」
ニュートと同じように後ろを振り向き、ジェイコブに向かって叫ぶ。彼は鉄格子を掴んでその隙間からこちらを見つめている。
「食べたのか?」
「ごめん、トランクが入れ替わった時に少しだけ!」
「いいよ。食べてもらえて良かったよ!」
ジェイコブの寂しそうな笑顔を最後に、視線を正面に戻した。