18

閉店後のメイシーズデパートからは人気店だという活気は少しも感じられない。ショーウィンドウには上等なコートが並び、クリスマスの装飾が施されている。元の世界でも、デパートなどのショーウィンドウでこうして季節の移り変わりを感じていたことを思い出した。

「おい。あれ……」

ジェイコブの指した先には、ぷかぷかと宙に浮かぶハンドバッグ。その不自然で異様な光景に、ドゥーガルの仕業だとニュートは即座に分かったらしい。音を立てて勘付かれぬよう静かに店内へ潜り込むと、商品棚やマネキン、大きな置物に隠れながらその後を追う。

「わ、可愛い」

ツリーを模した小さく可愛らしい置物が目に入った。同じようなサイズのスノードームや雪だるまなど、冬を思わせるモチーフが近くの台の上にも綺麗に並べられている。他にも気になる商品は山ほどありそうだが、今は何かを購入することものんびり店内を見て楽しむこともできない。残念に思いながら、ただ横を通り過ぎた。

「私のクリスマスはどこ……」
「帰ったら僕たちのクリスマスを」
「本当?」
「君の好きな、あの角の店でケーキを買おう」

あの角の店、というのは自宅からほど近い場所にあるケーキ屋のことだ。店の雰囲気が好きで前を通るたびにチラチラと見てしまうのだが、そう頻繁に買うこともできず誕生日か来客がある際くらいにしか寄ることがない。

「ショートケーキはこの間食べたけど、やっぱり苺が乗ってるのがいいなあ。クリスマスぽいし」
「君はチョコレートのケーキを食べた時も同じことを言ってた」
「そうだっけ?」
「どのケーキの時も同じだよ。ケーキだけじゃなく、君のそれは食べ物全てに言えるけど」
「じゃあ、スコーンの時は……」
「やっぱりサクサクしてるものがいい。そう言って一度は同じものを選んでる」
「ニュートよく覚えてるね」
「僕が、どれだけ君と一緒にいると思ってるんだ」

他人の方が自分以上に自分のことをよく見ているらしい。ニュートはデミガイズから目を離さず「でも、まずはドゥーガルを連れ戻さないと」とサンタクロースの置物にサッと身を隠した。

「名前さんこっちよ」

ティナに手招きされ、足音を立てぬよう注意しながら彼女の隣に並ぶ。デミガイズが姿を現し、高い位置に置かれたお菓子に手を伸ばしているのが見える。

「デミガイズは普段はおとなしいんだ。でも、怒らせると凶暴になってかみつく」
「この前、怒らせたのだーれだ」
「……僕だよ」
「何をしたの?」

眉を顰めたティナに「聞かない方がいいと思うけど……」と内緒話をするみたいに小さな声でコソコソと教えた。

「それは怒って当然ね」
「でしょ?」

デミガイズは手に下げたカゴからお菓子をこぼしながらどこかへ歩いていく。

「君たち2人は……あっちに回って。なるべく予測しにくい動きをして」
「じゃあ、私は向こうに」
「名前は僕から離れない約束だろう」

お菓子の並ぶ棚裏に移動しようとして、ニュートに手を掴まれ引き戻された。

「あれ、デミガイズの声?」

店の奥から聞こえてきた唸り声に、ティナが私とニュートを見て訊ねた。

「あれはデミガイズの声じゃないよ」
「デミガイズがここに来た理由があれかもしれない」
「ここに来た理由?」
「あいつの目は、確率に基づいてものを見てるんだ。少し先の未来の出来事を予測する力がある」
「だから、予測しにくい動きって言ったのね」

このデパートの倉庫らしい屋根裏にある部屋へ入ると、デミガイズはお菓子の入ったバケツを床に置いて中から一つ取り出した。

「それで、今は何してるの?」

天井に向けてそれを差し出すデミガイズの姿に、ティナが首を傾げる。

「子守だ」
「ごめん、みんな。私たちちょっと間違えたみたい」
「僕が悪いんだ。全部集めたと思ってたけど……数え間違えてたらしい」
「それってつまり……」
「ここにいるのは、デミガイズだけじゃないってこと……気をつけないと大変なことになるかも」

窓から差し込んだ光に照らされ、オカミーの大きな体が露わになった。

「あれ、の子守をしてたの?」
「そうだと思う。いつもは両手で収まるようなサイズなんだけど」
「オカミーは伸縮自在なんだ。広い場所があれば、それだけ大きくなって──空間を埋める」

ニュートを見つけたオカミーが、こちらに首を伸ばした。

「ママはここにいるよ。ほら、君の大好きな名前も」
「迎えに来たよ。一緒におうちに帰ろう」

ニュートがトランクを床に置き、開けようとした瞬間、静かな空間に鈴の音が響いた。音のした方を見やると、クリスマスツリーの装飾であろうキラキラしたオーナメントが転がっている。音に驚いたオカミーが、先ほどよりも更に体を大きく伸ばし部屋いっぱいに広がっていく。

「ニュート!」

オカミーの背中にしがみついたニュートとの間に、長い尻尾が割り込んだ。「名前は離れてて!」とこちらへ叫ぶ彼に「そう言われても!」と衝撃で倒れてきた棚を咄嗟に避ける。

「みんな、何か虫を見つけて!何でもいい──虫とティーポットを!早く捜して!」

ニュートの呼びかけに、オカミーの巨体を避けながら皆で虫とティーポットをさがす。ティーポットは構わないのだが虫だけはどうにも受け付けられそうにない。「ティーポットよ!」とティナがいち早く声を上げた。長い尻尾に押され、全員部屋の壁に打ち付けられた。

「ゴ……」
「待って!やめて!その名前を口にしないで!」
「君が苦手なのは知ってるけど、今は我慢して。まずはこの状況をどうにかしないと」

わざわざ名前を出さず、虫をティーポットに入れてと言うだけでいいだろう。その名を口にしようとしたニュートにすぐさまストップをかけた。

「分かってるけど無理なの!すごいゾワゾワする!」

早くどうにかしてくれ、とそれを持つジェイコブに視線を送る。彼はティナに目配せをして、それを宙に放り投げた。見ているのも嫌でその光景から逃げるようにギュッと目を瞑る。虫を追ってオカミーは無事ティーポットの中に収まった。

「正直に言って──カバンから逃げたのはこれで全部?」
「これで全部だ──本当だよ」

同意を求めるニュートの視線に「うん。全部だよ」とティナに返せば、彼女はホッとしたように息を吐いて顔を緩めた。








「リタ・レストレンジ……聞いたことあるわ」

デミガイズのドゥーガルとティーポットに捕まえたオカミーを無事巣に戻し、他の動物たちの様子を見に歩いていると作業用の小屋近くでクイニーの声が聞こえた。リタの名前に反応して自然と足が止まる。何の話をしているのだろう。あまりよくないとは分かっていてもつい気になってしまう。

「学生時代、とても仲が良かったのね」
「お互いはみだし者だったから。それで僕ら……」
「とても親しかった。長い間」

まだ私に気づいていないらしいクイニーとニュートは、こちらに構わず話を続ける。盗み聞きは良くないと分かっていても、何となく気まずさを感じてこのタイミングで出ていくこともできず物陰に身を潜めた。

「彼女は奪う人で、与えてはくれない」

クイニーは、ニュートの心の何を読み取ったのだろう。静かに話す彼女は「だけど……貴方のそばにはいつも与えてくれる人がいた」と穏やかな口調で言葉を続けた。ニュートに何かを与えてくれる人。それも気になるが、そもそも、リタがニュートの何を奪ったというのだろう。

「それは……名前ね」

突然、自分の名前が出てきたことに驚いて、アッと声が出そうになった。両手で口を押さえ耐える。この流れで、まさか自分が出てくるとは思わない。これ以上は、私は聞いちゃいけないのではないだろうか。そう自覚していても、何故か足が動かない。

「心を読まないで」
「名前は貴方にとって必要不可欠な存在。常に心の拠り所にしていて、ニュート自身の一部だと言ってもいい」
「だから、心を読まないでって言ったのに」
「そうね。ごめんなさい。でも、自然と流れてきて……読めてしまうの」

謝罪の言葉を口にしながらも続けるクイニーに、ニュートが諦めて作業の手を止めるのが見えた。

「とても温かくて、思いやりと優しさを感じるわ。名前のことを本当に大切にしているのね。他の誰よりも」
「名前は……」

言葉を探すように沈黙を挟み「他の誰とも違う」とだけニュートは言った。

「比べることなんてできない」
「貴方にとって、唯一無二の存在」
「ああ、うん。それは……勿論」
「まあ。素敵ね。その気持ちを彼女には伝えないの?勇気が出ない?」

再びニュートの心を読んだらしいクイニーが恋バナを楽しむキャッキャとした雰囲気から変わり、真剣な声色で彼に問いかけた。

「……勇気が出ないんじゃなくて、何か気掛かりなことがあるのかしら。私から見ても2人はすごく素敵な雰囲気なのに、何を気にしているの?」
「それは……」

それは、何。次に発するニュートの言葉が気になって、前のめりになってしまう。「何をしてるの?」と急に後ろから声をかけられ、びくりと肩を揺らした。

「ティナ……びっくりした」
「驚かせてごめんなさい。何かあるのかと思って」

私の視線の先にいるニュートたちを見て「そういうことね」とティナはフフと笑った。

「ちょっと出て行きづらくなっちゃって。どうしようかなって思ってたところ」
「そうなの?じゃあ、私と行きましょう」
「う、うん。ありがとう」

ティナは私の手を引いて2人の元へ足を進めると「何の話をしてるの?」と先ほどと同じように声をかけた。ようやくこちらに気付いたクイニーとニュートの視線が向けられる。一瞬目が合ったニュートは「いや……別に」と言って手元の作業を再開した。

「学校の話」
「そう学校」
「え、なに学校?学校があるの?魔法使いが行く学校が……アメリカに?」
「もちろんあるわ──イルヴァーモーニーよ!世界一の魔法学校といえばそこなの!」
「イルヴァーモーニー?」
「私とティナの母校よ。名前も絶対気にいるわ!」
「そうなんだ。ホグワーツ以外のことは知らなくて」
「世界一の魔法魔術学校はホグワーツだよ」
「ホグワーシュ?」

フランクの鳴き声と共に激しい雷鳴が轟いた。和やかな空気から一変して不穏な空気が漂う。隣に立つティナも不安そうな面持ちでそちらを見つめている。

「危険だ。危険を感じ取ってる」

ニュートの言葉に、場に緊張が走った。



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