21

「何か、聞こえてこない?」

先ほどまで爆発音やら何やら轟音が響く街にいたせいか、静かな駅構内に違和感しかない。極力足音を立てぬよう物音がする方へ歩いていると、前を行くニュートが足を止めた。彼の横から奥を覗き込む。上から下へと流れるように壁を伝うオブスキュラスが見えた。

「クリーデンス。クリーデンスだろう?」

ニュートの呼びかけに何の反応も見られず、彼は困ったように私を振り向いた。クリーデンスにとって、私たちは初対面のよく分からない大人だ。声をかけても聞いてもらえないのは仕方ない。とはいえ、不躾に近づいてはグレイブスと同じになってしまうし、大丈夫などという薄っぺらい言葉ばかりかけてもクリーデンスには響かないだろう。どうすれば心を開いてもらえるのか。もし、ここにいるのが私ではなくティナだったとしたら、彼女はどうしていたのだろう。あの時、グレイブスの足止めは私がすべきだったのかもしれない。例え、太刀打ちできなくとも。

「ねぇ、もしティナだったら、今どうしてたと思う?」
「彼女だったら?」
「うん。前にクリーデンスを助けたことがあるって言ってたし……今回も彼女の方ができることがあったんじゃないかなって」
「それは、僕は彼女じゃないから分からないよ。君だって彼女じゃない」
「それはそうなんたけど……」
「名前は名前だし、僕は君とクリーデンスを助けに来たんだ」

そうでしょう?違うの?と彼は暗に私に問いかけている。ティナに頼まれた時、私がクリーデンスを助けると決めた。彼の言う通り、私はティナじゃないからこそ自分で考えたやり方で助けるしかない。

「そうだね。私もニュートもティナじゃない」
「第一、君はいつもそういうことを考えるより先に動くだろう」
「考えなしに飛び出すってこと?」
「違う。そうじゃなくて、考えすぎるのは名前らしくないと思って……その、行動力の高さが君の良いところだから」

照れながらも言葉を選んで私のために伝えてくれていることが分かる。

「じゃあ、ニュートがそう言うならまずは何か試してみないとね。私のこと信じてくれる?」
「勿論。僕はいつも君を信じてるよ」
「ありがとう。ニュート。とはいえ、どうしよ……あ、スーダンでのことを話す?」
「スーダンで会った、あの女の子の話?」
「うん。ほら、同じ境遇の子の話をすればちょっとは興味が出てくるかなって」
「確かに……」
「あと」
「何?」
「私たちまだ名乗ってすらいないの。だからほら、まずは自己紹介をしないと」

ニュートは「自己紹介?今、自己紹介って言った?」と私に聞き返した。

「うん。だって、今のクリーデンスにとって私たちは名前も分からない顔も知らない得体の知れない大人でしょ?知らない人に突然声をかけられて追いかけてこられたら、大人だって気味悪くて逃げるよ」
「つまり?」
「自己紹介してからスーダンの女の子の話をする。順番間違えてグレイブスと一緒にされたくないし」

大人はみんなグレイブスと同じだと認識されたくない。「名前は昔からそういうところがあるよね。妙に礼儀正しいというか」とニュートは何か思い当たる節があるかのように言った。

「じゃあ、私が先に声をかけるからニュートも続いてね」
「いや、僕が先に行くよ。何があるか分からない」
「ニュート」
「何?」
「僕はニュート、だからね」
「分かってる」

オブスキュラスは、変わらず壁を伝って線路へと流れている。「クリーデンス」と再び呼びかけたニュートは「僕たちは同じ力を持つ女の子に会ったことがある」と続けた。私たちに計画通りに物事を進めるというのは向いていないらしい。もうすでに、まず名乗るという先ほど決めたことができていない。後ろで口を尖らせる私の視線を背中に感じたのか「あ、えっと、僕はニュート。ニュート・スキャマンダー 」と彼は焦ったように名乗った。

「アメリカには魔法動物の本を書く調査で来ていて……後ろにいる名前も一緒に」
「ニュート」
「……ごめん」
「いいよ。初めましてクリーデンス。私は名前。いつもニュートと一緒に調査の旅に出かけてて、今回はアメリカの魔法動物を調査しにきたんだけど……えっと、アメリカの人って何であんなに歩くのが速いの?私とは足の長さが違うって?」
「名前」
「ごめん」

段々愚痴っぽくなってしまった私にストップをかけたニュートが、更にオブスキュラスに近づいた。

「クリーデンス。スーダンで君と同じ女の子に会ったことがある。その子は君よりも幼くて、年も下だったけど」
「自分に何が起きてるのか気にならない?私たちなら、少なくとも他の人たちよりはクリーデンスの疑問に答えられると思う」

どうかな、と様子を窺いながら少しずつ歩み寄る。徐々に黒い粒子がざわつき始め、集まり、やがて人の形に変化した。「名前」と嬉々とした表情で私を見るニュートにコクコクと頷き返す。

「クリーデンス、そっちに行っていい?行っていいかな?」

ニュートは喜びを隠しきれない様子でクリーデンスに声をかけた。

「クリーデンス。姿を見せてくれてありがとう」

張り詰めていた緊張感が少しずつ解けていくのを感じる。クリーデンスに私たちの声が届いたのだ。「私もそっちに行っても平気?」と確認し動く前に、つい一瞬前まで目の前にいたニュートの姿が消えた。

「ニュート?」

呻き声が聞こえ、そちらを見やると線路上に倒れ込むニュートの姿が目に入った。「ニュート!」と一目散に駆け寄った私に「来るな!」と彼が叫んだ。構わずにそばまで行き「頭をぶつけてない?怪我は?」と声をかける。

「……名前……」
「血は出てなさそうだけど、骨が折れてたりとか。あと気持ち悪かったり……」

ニュートが攻撃を受けたことに自分が相当恐怖を感じているのが分かる。手が震えているのだ。

「僕はいいから、クリーデンスを」

険しい表情のグレイブスが杖を向け足早にこちらは向かってきているのが見えた。もう追いついてきたのか。杖先から再び放たれた呪文が、私たちではなく近くの柱に当たり一部がパラパラと崩れ落ちた。

「ダメだよ。私もニュートのことが大事なんだから、ニュートの心配もさせてよ」

ニュートの手を強く握り、姿くらましで近くの柱の影に移動する。グレイブスからの攻撃を避けながらクリーデンスを探していると、壁際で蹲る彼の姿を見つけた。どうやって保護しに行くかを考える間も無く、彼は突然立ち上がり線路の上を駆け出した。向かう先は真っ暗なトンネル。この駅は無人だが、列車は止まっていない。

「待って!クリーデンス!線路の上は危険よ!」

ハッとして急いで声をかけるも、止まることなくクリーデンスはトンネル内に入っていってしまった。追いかけようと慌てて走り出した瞬間、何かに引っ張られるような感覚の後、背中に強烈な痛みを感じた。同時に「名前!!」と強く私の名前を叫ぶニュートの声と列車が通過する音が聞こえた。

「いっ……」

痛いの一言すら言えずに息だけが溢れ、ズルズルと体が地面に倒れ込んだ。壁か柱かに叩きつけられたらしい。グレイブスの仕業だ。頭の中をかき混ぜられているような感覚と視点が定まらず目の前がよく見えない。呼吸はできているが、背中を強く打ったせいか肺まで圧迫されているような感覚がある。浅い呼吸を繰り返しながら、視界にちらつく黒い影にクリーデンスがオブスキュラスに戻ってしまったのだと察した。

「……クリーデンス」

こんなにも動けないことに無力さと悔しさを感じる。奥歯を食いしばり、地面に手をついてグッと伸ばした。大丈夫、手足が折れたわけじゃない。動ける。次は足をしっかり地面につけて膝を伸ばして立ち上がるだけ。それだけでいい。ゆっくり、ようやく立ち上がるとふらつく足でホームから線路に降りた。降りた瞬間のほんの僅かな衝撃でさえ背中に痛みが走る。明日はきっとベッドから起き上がれないだろう。暴れ回りながら天井を突き抜けたオブスキュラスは、そのままの勢いで再び駅構内に侵入し、今にもニュートとグレイブスに襲い掛からんと天井を埋め尽くした。

「クリーデンスやめて!」

駆け込んできたティナの声に、オブスキュラスの動きが鈍くなった。クリーデンスは自分を助けてくれたティナのことをちゃんと覚えているのだ。

「もうやめて……お願い。みんな貴方のことを心配してる」
「ティナ……」
「2人とも声をかけ続けて。君たちの言うことなら彼に届く。聞いてるよ」
「いいえ、ニュート。私じゃない……届くのは、やっぱりティナの声だよ」

緩やかな動きで彼女の声に耳を傾けているように見える。辛そうに顔を歪めオブスキュラスを見つめる彼女に「ティナ。貴女の声、ちゃんと届いてるよ」と手を取り頷いた。

「あの女の仕打ちは知ってる……つらかったでしょう……こんなことはもうやめて。私たちが貴方を守るわ」

ティナはそう言うと私とニュートを見て、再びオブスキュラスに視線を戻した。

「その男は、貴方を利用しているのよ」
「耳を貸すなクリーデンス。君を自由にしてやる。大丈夫だ」
「そうやって嘘でクリーデンスを苦しめるのはもうやめて。貴方のせいで彼はもっと傷ついたのよ」
「君は黙っていてくれないか。今はクリーデンスと話しているんだ」

鋭い視線で私を睨みつけるグレイブスに「いいえ。黙らない」と睨み返した。

「助けを求める純粋な男の子を貴方は自分のためだけに利用したのよ。そして、信頼させるだけさせて簡単に捨てた。貴方に出会わなければ、クリーデンスはもっと他の道を選ぶこともできた。この状況を作り出した原因は貴方にも大いにあるわ」
「君が何を知ってるというんだ。憶測で話をするのはやめてくれないか」
「憶測じゃない。紛れもない事実でしょ」
「やめて!」

ティナの叫び声にそちらを見ると、大勢の闇祓いたちがオブスキュラスに杖を向けていた。

「待ってください!クリーデンスはちゃんと話を聞いてます!あと少しなんです!」
「やめて!何もしないで!」

杖を下ろすようティナが訴えるも聞き入れられる様子はない。

「よせ!」

一際大きなグレイブスの叫びも虚しく、一斉に呪文が放たれた。呪文を受けたオブスキュラスは爆散し、黒い塵のようなものだけが残った。

「そんな……クリーデンス……」

ティナの悲痛な声が胸に刺さる。

「クリーデンス……愚か者たちめ。何をしたか分かってるのか」
「オブスキュラスを生む者は殺せと私が命じました」
「ああ。あなたの行いは歴史に残るだろう。大きな過ちとして」
「彼はノー・マジの命を奪いました。魔法の存在を秘密にする神聖な法律を犯したのです」
「でもそれは」
「名前」

腕を掴まれ振り向いた先で、ニュートは難しい顔で首を横に振った。クリーデンスが法律を犯したことも街の人々の人命を危険に晒し、奪ったことも確かで、罰せされるのは当然だ。とはいえ、そうなるに至ってしまったのはクリーデンスのことを見過ごしていた私たち側にも責任があるのではないだろうか。クリーデンスはまだ子どもで、守るべき存在だというのに、劣悪な環境で毎日怯えていたのだ。ピッカリー議長の言い分も分かるが、腑に落ちないところはある。

「その法律のせいで、我々はドブネズミのようにコソコソと。本当の自分を押し殺して生きねばならない。正体を知られないようにと常にビクビク怯えていなければならない。一つお聞きしたい議長。皆にも聞きたい。誰を守るための法だ?我々か、彼らか……俺はもう従えないね」
「闇祓いたち。グレイブスから杖をお預かりして。彼を連れて行きなさい」

杖を取り上げようと闇祓いに指示をしたピッカリー議長をグレイブスが振り返り、呪文を放ちながら徐々に近づいていく。このままでは危険だと判断したニュートがスウーピングイーヴルを飛ばし、グレイブスを拘束した。
「アクシオ!」とティナがすかさず杖を奪い、ニュートが杖を向け呪文を唱えると、グレイブスの髪色が黒からブロンドへと変わっていく。落ち着いた印象の瞳は左右で違う色に。徐々にグレイブスの姿が剥がれ落ち、本来の姿が現れた。

「グリンデルバルド……」

紙面と同じ顔。グレイブスに化けていたグリンデルバルドに、ピッカリー議長がゆっくりと近づいていく。

「捕らえておけると思うのか?」
「我々の名誉にかけて。グリンデルバルド」

闇祓いに連行される途中、グリンデルバルドは私とニュートの前で足を止め「覚悟はできているか?」と不敵な笑みを残していった。



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