オブスキュラスの出現、魔法省の人間に成りすましたグリンデルバルド。そして、破壊された街と多数の目撃者たち。一晩のうちに起きたこの騒動は、すぐさま魔法界全体に知れ渡るだろう。ピッカリー議長や闇祓いたちと同じくらいのタイミングでやって来たクイニーとジェイコブが、ニュートにトランクを渡した。
「これ、誰かが見張ってなきゃと思って」
「ありがとう」
「スキャマンダーさん、名前さん。疑って申し訳なかったわね」
「いえ……私たちもみなさんを混乱させてしまい申し訳ありませんでした」
魔法動物をトランクから逃して街を破壊しまくったのは事実だ。
「魔法の存在が知られてしまった。街の全員をオブリビエイトするのは無理だし……」
魔法界の存在が公になれば、新セーレム救世軍のような団体がますます出てくるに違いない。今まで干渉することなく保っていた人間界と魔法界の関係性に軋轢が生まれ、最悪の場合争いが起きてしまう。ピッカリー議長の表情と場を包む沈黙に、誰もが事の重大さに口を閉ざした。
「そうでもない。できますよ」
なんてことないように声を上げたニュートに視線が集まる。
「どうするの?」
「僕たちがここに来た理由を思い出して」
「アパルーサ・パフスケインのブリーダー?」
「それから?」
「それから……フランク?」
「うん。そう」
「それで……」
「フランクにあれを運んでもらおう。スウーピングイーヴルの」
「……あ!そういうことね!」
ニュートは天井に開いた大穴の下まで行き、その場にトランクを置いた。
「名前。もう少し離れて」
言われて一歩、二歩後ろに下がる。蓋を開き、彼も私の隣に並び立った。突風とともに大きく翼を広げ飛び出してきたフランクは、その場に降り立ち私とニュートをじっと見ている。
「アリゾナに着いてから出すつもりだったけど……今はお前だけが頼りなんだ、フランク」
「ちょっと早いけど、トランクの中よりももっと広い場所で自由に飛べる時が来たよ」
動物たちとの出会いがあれば、こうして別れもある。私たちは魔法界に生息する全てを保護できるわけでもずっと一緒にいられるわけでもない。あるべき場所に帰してあげることが大切なのだ。
「もうここでさよならなんて寂しい」
「僕も寂しいよ」
別れを惜しむかのようにフランクは私とニュートにくちばしを擦り寄せ、小さく鳴いた。
「まだ一緒にいられたら良かったのに」
「うん。だけど……ますます離れがたくなる。さあ、もう時間だよ名前」
ニュートはポケットから小瓶を取り出し「あとは分かってるよな?」とそれをフランクに向かって投げた。それをくちばしで器用にキャッチしたフランクは、分かっているとばかりに私とニュートをしっかりと見た後、小瓶を咥えたまま天井に開いた大穴から外へ飛び出した。
「行っちゃったね……」
「あいつは何にも縛られずに自由に生きるべきだ」
「うん」
「それに、フランクは名前のことをずっと覚えてるよ。忘れたりしない」
「そうだといいな」
「フランクのことも僕たちが覚えていよう」
「うん」
「またどこかで会えるよ」
間を置いて、青い光が見えた後、雨が降り始めた。闇祓いたちが、街や駅構内に修復魔法をかけていく。天井に開いていた穴も塞がれ、ここでは何の騒ぎもなかったかのように全て元通りになった。事の成り行きを見守っていたティナたちに「みんな覚えてないよ。あの薬は強い忘却の作用があるんだ」とニュートが説明した。
「大きな借りができたわね。スキャマンダーさん。名前さん。さ、トランクを持って出てって」
「はい」
「分かりました、議長」
闇祓いを引き連れ歩き出した彼女は、ピタリと足を止めこちらを振り向いた。
「そこにまだノー・マジがいる?オブリビエイトして。例外はなしよ」
「あの……友達もダメですか?」
「悪いけど──目撃者は1人も残せないわ……法律ですから」
「分かりました……」
ピッカリー議長は「お別れを言いなさい」と申し訳なさそうに眉を下げ、今度こそ背を向けて去っていった。
「今日はお別れ続きだね」
ぽつりと溢した私に「そうだね」とニュートも寂しそうな声色で返した。
「名前。ジェイコブを見送らないと」
「うん……」
ジェイコブを先頭に、誰からともなく重い足取りで地上へと続く階段を上がっていく。外は未だ雨が降り続けているが、人々の日常はすっかり戻ってきているようだった。
「おい……なあ、いいんだよ、これで。だって──俺なんか……本当なら、ここにいるはずじゃなかった」
クイニーにジャケットを引っ張られたジェイコブはこちらを振り向き「俺なんか、何にも知らないはずだった。本当ならね」と力なく微笑んだ。
「たまたま2人が俺の記憶を──あれ──ニュート、名前、何で俺を連れ回したんだ?」
「何でってそれは……」
「君が好きだから……君は……友達だから。ジェイコブ、僕たちを助けてくれたこと、ずっと忘れないよ」
「ジェイコブは、私にとって初めてのマグルの友達だよ」
ジェイコブの目には薄らと涙の膜が張っているように見える。私たちの言葉に「そうか……!」と彼は満足げに返した。
「ねえ、あたしも行く。2人でどこかへ行っちゃうのはどう?どこでもいいわ。ね、貴方みたいな人、どこにもいないわ」
「そこらにいっぱいいるよ」
「いいえ。いいえ……貴方はたった1人よ」
クイニーの言葉が胸に刺さる。人間はこの世にたくさんいようとも、彼女にとっての唯一はジェイコブしかいないのだ。私にとってもそれは同じだ。ティナでもクイニーでも、ジェイコブでもない。私にとっての唯一は、ニュートだけだ。ちら、と横目でニュート見ると、ジェイコブと同様に彼も込み上げてくる感情を我慢しているようだった。魔力を持つか持たないかというだけで同じ人間なのに、一緒にいることもできないなんて。懇願するように言葉を紡ぐクイニーと悲しみを耐えて微笑むジェイコブに、目頭が熱くなる。
「もう行かなきゃ」
「ジェイコブ」
「大丈夫だ……大丈夫……大丈夫。夢が覚めるようなもんだろ?」
「ええ……そうね。だけど、覚めてしまったとしても、見たいと思えばいつだって誰だって自由に夢を見られる。だから、ジェイコブがまた夢を見たいと思ってくれたら、きっとまた会えるよ。ね、そうでしょう?ニュート」
「うん……そうだね。ジェイコブがそう望むなら、またいつか会えるよ。名前の言う通り、誰だって夢を見ることができる」
ジェイコブは「ありがとう」と眉を下げ泣きそうな顔で笑った。本当はみんな、雨降る街へ出ていく彼を引き留めたい。行かないで、まだ一緒にいよう、と。だがそれは、私たちと彼が違う種族である以上叶わない。魔法で傘を作り、ジェイコブのそばまで歩いていくクイニーを静かに見守る。2人とも気持ちは通じ合っているはずなのに、社会が許してくれないことが悔しい。雨に打たれるジェイコブを少しの間見守り、姿くらましをして静かにその場を去った。