「あの、悪いけど……僕たち他に用事があって」
「あら、そう。それはまたにして」
「ショッピングも?」
「ええ。そうね。勿論」
「じゃあ、代わりに、さっきあなたが食べてたホットドッグの店に連れて行ってくれる?」
「何がどうしてそうなるのよ。あれは銀行近くのワゴンで買ったの。多分もう無いわ。そもそも何しにニューヨークへ?」
「バースデー・プレゼントを買いに」
「ロンドンでは買えないわけ?」
「ええ。私たち、ロンドンでは買えないものが欲しくて」
「アパルーサ・パフスケインのブリーダーは、ここニューヨークにしかいないんだ。だから……」
立派な彫刻の装飾が施された高層ビルに着くと「第3条のAよ」とティナは入り口の警備員に伝えた。
「あのね、言っとくけど、ニューヨークでは魔法動物の飼育は禁止なの」
「どうして?」
「危険だからよ。そのブリーダーなら廃業させたわ」
この世界に来て随分時間が経っていることもあり、色々と忘れている部分も多いが、このビルの外観にはどこか見覚えがある。回転扉の隣にある入り口から押し込められるようにビル内へ入ると、荘厳な内装と遥かに高い天井が私たちを出迎えた。正面の階段を登った先には、巨大な時計のような装置が見える。アメリカ合衆国魔法議会、通称
「やぁ、ゴールドスタイン」
「どうも、レッド」
ティナに連れられ、美しい装飾が施されたシースルーのエレベーターに乗り込む。彼女が屋敷しもべ妖精と話している間、私と同様にあちこち見回していたニュートと目が合った。
「ねぇ、ニュート」
「何?」
「ここって、イギリス魔法省と違ってなんだか華やかだね。それに、ほらあの人……」
素敵なファッション、と言いたかったのだが、エレベーターが降下し始めたことによりそれは伝えられずに終わった。
「さっきの人はどこで服を買ってるんだろう……」
「そんなに?」
「そんなに!」
ティナは咳払いを一つしてから、こちらを一瞥した。声のトーンを下げ「そんなに。それくらい素敵だったの」とニュートに続きを話す。彼は、ふーん、と興味があるのかないのか分からない反応を返すと「じゃあ」と口を開いた。
「同じ物は見つからないかもしれないけど、用事が終わった後に名前の服を見に行こう」
「いいの?」
「うん。君は何でも似合うから、ニューヨークのファッションだって似合うと思う」
「ありがとう。でも、何でも似合うは言い過ぎ」
「え?……いや、本当のことなんだけど」
例え見ることができなくとも、そう提案してくれただけで、その気持ちが嬉しい。目的の階に到着すると、エレベーターの扉が開かれた。会議室らしい部屋には、重苦しい空気が流れている。向かってくるティナに気づいたピッカリー議長は「自分の立場は分かっているでしょう、ゴールドスタイン。もう闇払いじゃないのよ」と厳しい口調で彼女に告げた。
「はい、ピッカリー議長、でも私は、」
ティナとピッカリー議長のやりとりから、自然とグレイブスに視線が流れてしまう。恐らく、もうすでにあの人は別人だ。今もこうして腕の立つ魔法使いたちを騙してしまうグリンデルバルドを前に、リアルな恐怖をひしひしと感じた。
「……貴女、日本人?」
話しかけられることを予想していなかったため、変に上擦った声で「はい。そうです」と返事を返した。ピッカリー議長は私を見て「珍しいわね」とだけ言って、再びティナに視線を戻した。
「ゴールドスタイン。調査本部は今とても忙しいの。重大な事件でね。出ていって」
「はい、議長……」
強く拒絶されたティナは、私たちの腕を掴んで諦めたようにエレベーターに乗り込んだ。エレベーターはみるみる降下していき、エントランスとはまるで違う薄暗い地下で止まった。降りた先では無人のタイプライターがいくつも動いており、作られた書類がそれぞれの部署へパイプを通して送られている。
「名前、気をつけて」
「うん」
低い天井から下げられた魔法の杖許可局の看板の下を潜り、郵便物が山積みになっているデスクの前で立ち止まった。
「それで、杖の許可証は持ってるの?外国から来たなら、ニューヨークでは必要よ」
「あ……何週間か前に郵便で申請した。2人分」
「多分、その中のどこかにあるかと」
本当は申請などしていないのだが、そう言って目の前の郵便物を指した。杖の申請をしていないことがバレるとややこしい。またテセウスに小言を言われるかもしれない。ティナはバインダーを開いて、私とニュートの名前を書き込んだ。
「それで、貴方たち赤道ギニアに行ってたの?」
「ええ。1年くらい」
「現地調査を終えたばかりで、魔法動物の本を書いているところです」
「駆除の仕方の本──とか?」
「いや、殺すんじゃなく、保護する必要があることを分かってもらうための本」
魔法動物に対しての理解を深めてもらいたいからという意図があって、と説明をしている最中「ゴールドスタイン!」とティナの名前を叫びながら、アバナシーが会話に入ってきた。
「ゴールドスタイン!君はまた、調査部の邪魔をしてきたのか?どこにいた?」
「え……?」
彼はこちらを見て「どこで君たちを拾ったのかね?」と私たちに訊ねた。シティ銀行の前だと答えたら、新セーレム救世軍の集会にティナが参加していたとばれてしまうだろう。彼女は接触禁止だったはずだ。
「僕たちを?」
「えーと……」
ティナを見ると、首を小さく横に振って言わないでほしいと目で訴えている。どう言うべきか答えあぐねていると、痺れを切らしたアバナシーが「また、新セーレム救世軍を追っかけてたのか?」とティナに鋭い目を向けた。
「とんでもありません」
視界の端に、グリンデルバルド扮するグレイブスの姿が見えた。
「ようこそグレイブス長官」
「邪魔するよ、アバナシー」
「ご報告します。グレイブス長官、こちらの、スキャマンダーさんのトランクから魔法動物が逃げ出して、大騒ぎになりました」
「……見せてもらおうか」
トランクが開く寸前、ごめんねティナと心の中で謝った。これはニュートのトランクではない。開いても中には魔法動物ではなく、菓子パンがぎっしり詰まっているだけだ。予想通り綺麗に並べられたパンを見て、その場の誰もが沈黙した。
「どうして?確かにここから……」
トランクの持ち主であるニュートを見ると、動揺した表情で私を見返した。ため息を吐き去っていくグレイブスを引き止められないまま、ティナは落胆の表情を浮かべてトランクの中を見つめている。アバナシーも呆れた様子でまたどこかへと去っていった。
「これは、僕のじゃない……」
「じゃあ、貴方のトランクは?どこなの?」
「あー……恐らく、さっき入れ替わったんだと思う」
「貴方がオブリビエイトしなかったノー・マジさん?」
「そう」
「なら、早く取りに行かないと!」
ニュートとティナがトランクの行方について話している最中、2人から菓子パンへと視線を移す。美味しそうなパンが、今すぐ食べてと言わんばかりに私の前に並んでいる。全てジェイコブお手製のパン。どうあっても絶対に食べることができないと思っていた今後コワルスキーベーカリーに並ぶパンが、今、目の前に存在している。ちら、と2人を見やると未だトランクの行方について話しているようだった。この騒動が終わった後、私は再びイギリスへ帰ることになる。その後、彼のパンを食べられるタイミングはもしかするとないかもしれない。2人の意識が私に向いていないうちに、とワクワクしながら1つ手に取った。食べる食べないで迷っている場合ではない。ジェイコブお手製のパンを食べるという夢が叶うのだ。焼き立てでなくとも美味しそうな香りがするそのパンに、遠慮なく齧り付いた。
「……美味しい!!」
「名前?食べちゃったの?」
「ウソ、この状況でよく食べられるわね」
「だって、ほら、このパンが食べてほしいって」
「こら、ダメだろ。お仕置きされたいの?」
「動物たちと同じこと言わないで」
「あまり悪戯が過ぎると、君のこともトランクの中にしまっちゃうよ」
「まぁ、怖い。あ、よかったら食べる?」
「いいえ、私は遠慮しておくわ……それに、貴女のじゃないでしょ」
やんわりとティナに断られ、仕方なくカバンの蓋を閉める。もう一つ食べたいところだが、手にしている分だけで我慢するしかなさそうだ。「僕には?」と聞いてきたニュートに、本当は食べたかったなら素直にそう言えばいいのにと思いつつ「ニュートも食べる?」と再び蓋を開く。何種類か並ぶ中から「これがオススメ」と手にしているのと同じパンを指した。
「じゃあ……僕もそれにする」
「うん。どうぞ」
好きなのを選んで、と取るよう促す。ニュートはカバンの中からではなく、私の手に持っている食べかけのパンにそのまま齧り付いた。ティナもその行動にギョッとして目を見開いている。ニュートは「本当だ、名前が好きそうな味」と自分の口の端についたパン屑をサッとはらった。
「随分、仲が良いのね。本当に友達?」
「ええ、友達よ。勿論」
「今はね」
「だから、今は、って何?私、そのうち絶交されるってことなの?」
蓋を閉める前に、2人の目を盗んでこっそりポーンチキーを1つ取った。