断ち難き愛染

10


 医務室に着き扉を開けて中を覗くと、ドラコは優雅に紅茶を飲みながら本を呼んでいた。
 蜂蜜パイが乗ったお皿をふわふわ浮かせベッドについている机に置くと、彼は不審な目でそれを見つめきょろきょろ辺りを見回す。

「?…誰かいるのか?……エマ?」
「あら、よくわかったわね」

 カーテンの影から出ていくと、ドラコは少し驚いた顔でエマを見た。
 真っ黒な髪は月明かりに照らされ、いっそう艶かしく見える。

「なんとなく…こんなことするのは君しかいないと思ってね」
「それは光栄ね」
「別に、悪い意味じゃない。何しに来たんだ?…邪魔とかじゃなくて、ただ気になって。もう暗いし」
「別に、ただのついでよ」

 そう気取った顔で笑うと、先ほどまで硬い顔をしていたドラコの頬がほころぶ。

「それ、僕の真似かい?」
「そう見える?」
「君って意外と意地悪だ」
「あなたには負けるわよ」

 顔を見合わせ、また小さく笑う。
 ドラコは読んでいた本を枕の下に仕舞うと、座りなよ。と言いながら使っていた物と同じ柄のティーカップをお見舞いの山から取り出した。

「元気そうでよかったわ。これどうしたの?」
「僕がいつも使っている物だよ。クラッブとゴイルに持ってこさせたんだ」
「ふぅん」

 紅茶を注がれる前にカップの裏を見る。
 ―――ウェッジウッド、世界最大級の陶磁器メーカーの一つだ。

「《ませてるわねぇ》」
「?、何て言ったんだい?」
「趣味がいいねって言ったのよ」
「家の食器はほぼこれとロイヤルクラウンダービーさ。母上が好きでね」

 そう自慢げに微笑み、エマのカップにも飲み物を注いでくれるドラコ。
 紅茶と思っていたが、色を見るにどうやらハーブティーのようだ。
 スーっと湯気を吸い込むと、少しだけ苦味の混じった青りんごの様な香りが胸いっぱいに広がる。
一口飲めば、肌寒かった身体をぽっと温め、心を落ち着けた。

「わぁ…おいしいカモミールティーね」
「だろう?僕のお気に入りさ。少し冷めてしまったけど」
「私猫舌だから、これくらいの方が飲みやすいわ」
「僕も、少し冷めてる方が好きだ」

 整った顔立ちにあどけなさの残る笑顔に思わず胸が跳ねる。
体温が上がり、頬赤くなったのが自分でもわかった。

「どうした?頬が少し赤いぞ」
「そ、そうかしら?お茶で温まったせいかな…」

 誤魔化すようにカップを手に取り、また一口飲み込む。
 茶托に戻して大きく息を吐くと、うるさかった心臓が落ち着いた気がした。
 蜂蜜パイをかじりながら横目でチラッと彼を見ると、あることに気づく。

「…ドラコ、前髪の右目のら辺に何かついてるわ」
「え?…ん?どこだ」
「もう、取ってあげるからじっとして」

 席を立ち、透き通る様なプラチナブロンドに触れる。
 さらりとした少し硬い髪質、寝癖がつきやすくて朝の支度が大変そうだ。
 小さなごみを取ると、色素の薄い長いまつ毛と不健康なほど真っ白な肌が目に入る。
 絵画の様な美しさについ魅入ってしまっていると、ドラコがゆっくりと目を開けた。

「エマ?」
「あ、と、取れたわよ」
「ありがとう。エマ、シャワー浴びた?」
「えぇ。…え、臭いかしら」
「なっ、ちが!」

 エマが驚いてドラコの顔を見ると、思った以上に大きかった声に彼自身も驚き、パッと口に手を当てる。

「すまない。聞いたのはその、嗅いだことのない香りがしたからで」
「んー…日本から持ってきたシャンプーとかを使ってるから、それかしら」
「きっとそれだ。うん。いい香りだよ」
「ふふ、ありがとう」

 照れくさく笑って蜂蜜パイをかじるエマは、普段よりかなり幼く見えた。
 東洋人は顔立ちが幼い。
言うまでもなくエマもここでは周りより幼く見えるが、凛とした立ち振る舞いはドラコが見てきたどの女子より大人びていた。
 きっと、家名に恥じぬよう幼い頃から教えられてきたのだろう。
 なんだか自分と似ている気がして、思わず濡羽色の髪を撫でた。

「―――あ……これはその、ごみがついてたんだ」
「………あ、ありがとう。また体調を崩すといけないし、もう戻ろうかしら」
「そうか…」
「美味しいカモミールティーをありがとう。怪我、早く治るといいわね」
「あぁ、おやすみ。今日は話せてよかったよ」

 いきなり髪を触ってしまったことを後悔していると、無理やり景気つけている様な力ない声が出てまた気分が沈む。
 エマはそれに気づいてないらしく、おやすみなさい。と柔らかく微笑んで静かに医務室の扉を閉めた。

 談話室を通り抜け、自室の扉を開けるとそのまま顔からベッドにダイブする。
 足をバタバタさせた後死んだように動かないでいたが、しばらくすると顔を上げて自身の両頬に触れた。

「あつい…」



Bkm


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