固い金属の障壁を通り抜け九と四分の三番線ホームに出ると、紅色の機関車が煙を吐いていた。
ひとりでたどり着けて良かった…と安堵し、魔女や魔法使いやその子どもたちを横目に機関車へ乗り込む。
まだ早い時間だったせいか、乗り込んだ車両のコンパートメントはチラホラ人がいるだけだった。
誰もいないコンパートメントに入り、『不可逆探知拡大呪文』のかかった鞄に入れられなかった荷物をまとめたトランクケースを、頭上の荷物置き場に乗せようと背伸びする。
だが、背が足りなくて届かない。
「うっ……もう、ちょっと…」
「手伝ってあげようか?」
ドアを開けて顔をのぞかせたのは、昨日の高圧的なプラチナブロンドの男の子だった。
エマはつま先立ちしていた足を地に着け、結構です。と言うと自分の隣に荷物を置いて座った。
「君ってアジアの純血貴族なんだろう?父上から聞いたんだ。昨日のことは許してあげるよ。うちも由緒正しい純血一族さ、これから仲良くしよう」
「え…えぇ、でももう貴族じゃないわ。何十年も前に解体されて、華族制度は廃止されてるの。いまは没落貴族なんて呼ぶ人もいるわね」
ふーん。と興味なさ気に応え、男の子はエマの荷物を頭上の荷物置き場に乗せてくれた。
「あ、ありがとう…」
「礼はいい。ここ、座るよ」
「え、」
男の子が向かいの席に視線を落とすのを見て、エマは肩をすくめる。
「見ての通りひとりですから、ご自由に…」
「そのようだね。じゃ、遠慮なく」
「………名前をお聞きしても?」
「あぁ、そういえば名乗ってなかったね。僕はドラコ・マルフォイ。気軽にドラコと呼んでくれ」
よろしく。と差し出された手を両手で持つように握り、日本ではあまりしない握手で挨拶を交わす。
すぐに手を引っ込めようとすると、ドラコはキュッと手を握ってじっとエマの顔を見つめた。
「えと…」
「あー、その、珍しい顔つきだな。髪も瞳も真冬の夜空みたいですごく綺麗だ」
「よ、よぞっ…」
エマは顔を真っ赤にして今にも蒸気が出そうだった。
それを見たドラコはパッと手を離すと、大げさに笑ってみせる。
「はは、そんなに赤くなるなんて。もしかしてこんなこと言われるのは初めてかい?」
「あ、えぇ。その…私が住んでたところでは誰もそんな表現しないから驚いて。でもすごく嬉しい…その、あなたの髪も中秋の澄んだ夜に見た月みたいに美しいわ」
エマが恥ずかしくなって笑うと、何かを紛らわせるように手で口元を隠すドラコ。
彼女の頬はまるで色づいたいちごのように可愛らしく染まり、真冬の夜空を映した瞳はこちらの視線を避ける。
「君、」
「ドラコーーー!!どこ行ったのよーーー!!!」
「あぁ、パンジーだ。僕はもう行くよ。…また会いに来てもいいかい?君が良ければ」
「いいわよ…私、まだ友達がいないから」
足音が近づいてきたかと思えば、ドラコは急いでコンパートメントから飛び出して行った。
扉の前で女の子の少し怒ったような声が聞こえ、それをなだめるようにして彼が扉から離れて行く。
彼女だろうか。まあ、あれだけかっこよければいても何もおかしくない。感じの悪いひとだけど。
しばらくして、機関車がゆっくり動き出した。
これから向かう新しい学校、出会う人々に少し不安を抱きつつ、一息つくようにエマは目を閉じた。