断ち難き愛染

08


 ―――ドタドタドタ!
 普段聞くことのない様な地響きにエマは飛び起きた。
何事かと仕切られていたカーテンから顔を覗かせると、『魔法生物飼育学』担当のハグリッドが生徒を抱え、医務室に飛び込んできたところだった。

「マダム・ポンフリー!生徒が授業で怪我しちまった!!」
「なんてこと!ベッドに寝かせてください!…あらぁこれは酷い。深々と長い裂け目が…一体何をしたらこうなるんですか!」
「う、うぅ…死んじゃう、死んじゃう…」
「死にはしません!」

 痛み止めを飲ませ、テキパキと消毒や止血を終わらせるマダム・ポンフリーをアワアワ追いながら、こいつが侮辱して――ヒッポグリフが――とたどたどしく説明するハグリッド。
 どうやら、魔法省分類で『有能な魔法使いは対処が可能なレベル』である『XXX』のヒッポグリフを3年生最初の授業で取り扱ったらしい。

「なんてこと!!あんな危険な魔法生物を授業に…!?」
「確かに危険だが、俺の言ったことさえ聞いてりゃあ…」

 マダム・ポンフリーの文句にハグリッドの声はどんどん小さくなり、最後には黙ってとぼとぼと医務室を出ていった。

「うぅ、もうだめだ…おしまいだぁ……」
「そんなに喚けるなら大丈夫です!処置はもう終わりました!しばらく安静に寝ていなさい!」

 ピシャリと言い放ち、足早に医務室を出ていくポンフリー。
 聞いたことのある様な声だな…と少しふらつきながらベッドを覗くと、寝ていた人物とバッチリ目が合った。

「ドラコ…?」
「あ、え…エマ、もう体調は良いのかい?」
「えぇだいぶ。まだちょっとクラクラするけど。それより、あなたは大丈夫なの?深く裂けたって聞こえたけど」
「あぁ、腕がね…醜い野獣に襲われてこの通りだよ」

 包帯を巻いた右腕を上げて見せ、苦しそうな表情をするドラコ。
 ただ、いつも見ている彼と先ほどの弱々しく嘆く声が違いすぎて思わず笑いがこぼれた。

「ふふっ…!」
「な、何がおかしい!」
「ん、失礼。あなたがいつもと違いすぎてつい」
「笑い事じゃな!ーーいっ!うぅ…」
「ちょっと、安静にしないと」

 急に起き上がったドラコが右腕を抱えてうずくまると、エマは彼の両肩を掴んでそっと寝かせた。
くっつけた傷口が少し開いてしまったのだろうか。

「ぅ、うぅ…」
「ねぇ、あなたって意外と臆病なのね」

 そう言って苦笑するエマを見て、ドラコは深いため息をつきながら俯いた。
 プラチナブロンドの前髪が顔を半分隠し、上手く表情が読み取れない。

「僕に…失望したか?」
「失望?失望っていうのは、期待があってからなるものよ?」
「………」
「そんな落ち込まないでよ。初対面を考えれば当然でしょう?」

 項垂れたまま動かないドラコの肩に触れ、眉尻を下げて少し困った笑顔を浮かべるエマ。
 彼はしばらくして大きく深呼吸すると、エマから顔を反らしながら、あの時は悪かったよ。と聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で謝った。

「意地悪したくて言ったわけじゃないの。私こそ、さっきは笑ったりしてごめんなさい」
「あれは…笑われて当然だ」
「…あなた、自分に自信がないのね」
「それは……」
「私と同じ」
「ぇ、」

 ―――その時、コツコツと廊下を歩く音が聞こえ、エマがスッと立ち上がる。
 まだ何か言いたげなドラコに、またね、お大事に。と小さく手を振ると、医務室のドアを出た。

「あらミス・クジョウ、体調はもう良いのですか?」
「はい、ポンフリー先生。お薬ありがとうございました。授業に戻ります」
「今日はもうありませんよ。魔法生物飼育学の授業で問題があってもうすぐ理事長もいらっしゃいますから、寮の部屋にお戻りなさい」
「そうなんですか…」

 ペコリとお辞儀をしてポンフリーと別れると、地下にあるスリザリン寮を目指して歩く。
 ドラコは元気そうだったけど、そんな一大事になるなんて…ご両親が理事長なのかしら…。



Bkm


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