静かな緊張

「はあぁぁ……もう、電車なんて乗りたくない…」
「人多いのは最初だけだったじゃん。それにピーク過ぎてたからマシな方だよ」
「五条さんで圧死するかと思ったんですけど…」
「ははっごめんね!体が大きいとこういう時困るよ」

 確かにこれだけ高身長じゃ日常生活大変だろうなぁと自慢げに笑っている顔を見上げていると、死んだ目してないで元気出して!もう着くからさ!と背中を軽く叩かれて改札を出た。
 舗装された道路の脇には手入れされたモミジが並んでいるが、その奥には狸や鹿が出てきそうな森がずっと続いている。

「結構田舎なんですね」
「郊外はこんなもんよ」
「なるほど…」
「まあ用もないのにこんなとこ来ないかぁ〜」
「でも!山登りに来たみたいで、雨上がりで空気も澄んでるし気持ちいいです」
「そうだね〜。ここなら執筆活動も捗りそうだね?」
「いや、引っ越す気はないですよ…?」

 そんな他愛もない話をしながらコンクリートの道から外れて石畳の道を歩いていると、あっという間にそれらしき建物が見えてきた。
 山登りに来たみたいとは言ったが、本当に山の中にあるんだ。神社やお寺みたい。たしかに執筆のとき想像していた宗教施設にも似ている。
 長い足でゆっくり歩いてくれる五条さんの後ろを着いて行き、鳥居と立派なくぐり戸を見上げながら通り過ぎようとした時だった。柱に付けられた表札がちらりと目に入る。

「東京都立…呪術高等専門学校…?じゅじゅつ??」
「うん。ここは呪術教育機関なんだ」
「じゅじゅつ…とは?」
「後でゆっくり説明してあげる〜」

 じゅじゅつ?呪術ってナニ?宗教施設に似てるって言ってたけどもしかしてがちがちの宗教学校来ちゃった?というか本当に学校?普通に着いてきちゃったけど大丈夫そ?帰れそ?
 とりあえず迷子になれば終わるので五条さんからは離れないようにしなければならない。宗教というものに悪い印象はないが、イケメンに釣られてきたということで心配しかない。
 ギギギギギギ…バタン、と重々しい音を立てて背後の扉が閉まる。気づけばいくつかのロウソクのみが灯された薄暗い部屋にいた。オワタ。

「座禅すればいいですか?」
「ん?」
「待ってください。懺悔ですか?」
「もしかしてテンパってる?ウケる」
「悟、何も説明せずに連れてきたのか」
「ヒィッ!」
「……」

 パニックで目の前に人がいるのに全く気づかなかった。しかもお化けでも見たかの様な悲鳴を上げてしまった。申し訳ない。
 私がはにかむ様に唇を歪めると、五条さんは手を口元に当てて笑いを必死で噛み殺す。気まずすぎる帰りたい。

「あの、す、すいません。おどどいてしまって…」
「くくっ…落ち着いてよ詩織。こちらは夜蛾正道学長」
「初めまして…相川詩織です。えっと、無宗教です」
「よろしく。ここはただの宗教学校じゃなく、れっきとした呪いを学ぶ学校になる。悟からは君が呪術を扱うと聞いているんだが」
「初耳ですが」
「詩織。これ、籠の中にいるの見える?」
「何もいませんが」

 鳥籠を目の前に差し出されるが、その中には鳥どころか何もいない。
 首を傾げて五条さんの顔を見るとサングラスを取り、ロウソクの火で少し黄みがかった碧眼を私に近づけた。

「君は見えてる。でも自分に呪霊は見えないという術式をかけてる」
「わかる単語が一つもないんですけど…」
「意図してかけたわけじゃないんだね。じゃあ、化け物とか幽霊みたいなのを見たことは?それを見たくないと思ったことは?」
「えっと、特に…」

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