13 夢から手を伸ばす

 静かな機械音を立てバーチカルブラインドが開き、ストライプの光が丁度顔に当たる。小さく唸りながら目を覚ますと、完璧なバランスで作られた顔が隣でスヤスヤ眠っていた。

「五条さんッ!!?!?」
「んあ…おはよ」
「どどどうしてベッドに?!?ハッ!なぜ私はしっかりお風呂に入ってパジャマまで!?」
「一緒にシャワー浴びたの覚えてないの?」
「全く覚えてないんですけど!?」
「いや、ただの冗談。君は昨日ちょー眠そうにしてたけど一人でシャワー浴びて寝た。僕は心配だったからもう一日泊まっちゃった〜」
「からかわないでくださいよ…!帰るの面倒になっただけでしょ!」

 ベッドの端っこから睨みつけると、碧い瞳が細くなり雪の様な白髪が陽に照らされてキラキラと表情を変える。そんな美しい光景を前にこれはもしかして夢なのではないかと寝起きでまだしっかり開いていない目を擦った。

「だって、この家居心地良いんだもーん」
「じゃあ引っ越せばいいじゃないですか」
「え、なに同棲?プロポーズ?」
「空室にってことなんですけど!」
「えー居心地いいのは君がいるからなのに〜」
「またそんなこと言って…」

 小さくため息をついてリビングに行くと、テーブルにいつも行くカフェのクロワッサンが置いてあった。どうやら五条さんが昨日の帰りに買っておいてくれたらしい。お礼と言っては何だが朝にいつも入れるコーヒーをお出しすると砂糖を大量にぶち込んでいたので、次からは野菜ジュースかラテにしようと思った。
 朝食を食べ終えてコーヒーを飲みながらメールの返信をしていると、向かいの席でつまらなそうに頬杖をついていた五条さんが口を開く。

「その仕事、続けたい?」
「うーん…私、物忘れがひどくて、たまにみる夢とか急に思いつくものを忘れたくなくて小説を書いてたんです。そこを内山さんに拾っていただいた感じなので…最初から小説家を夢見ていたわけじゃないんです。もちろん書くのは大好きですけどね」

 正直、こんな半端な気持ちで小説家を続けていてもいいのだろうかとずっと悩んでいた。執筆も読書も楽しい。だが、所詮夢やふとした瞬間に思い浮かんだものを内山さんにサポートしてもらいながら仕上げていた様なものだ。それに、今まで溜め込んでいたアイデアを書いたメモ帳は無くしてしまったし、最近では短い夢すらみていない。正確には起きたとき忘れているらしいが。

「こんな私がここまでやってこられたのは内山さんのお陰です。でも、彼とはもう仕事ができない。それなら、ここで人生の区切りをつけるのもいいかなって思うんです」
「…実を言うとさ、呪術師やってると頻繁に死体を見るし常に死と隣り合わせ。時には人も殺さないといけない。無理矢理やらせていいものじゃないんだよね」
「そんな仕事にドストライクの女を半ば無理矢理勧誘している理由をお聞きしても?」

 少し暗い顔で苦笑していた五条さんを煽るように笑う。彼はそんな私を見て些か呆気にとられるが、すぐにいたずら好きの子供の様に広角を上げて笑った。

「才能があるから」
「…人は、自分の才能を死ぬまで見つけられないことも珍しくないです。なのに私ったら20代半ばでぴったりなのを見つけられたかもって…そんなのやるしかないですよね」
「いいねそういうの、嫌いじゃない。でも怖くない?死ぬかもしれないよ」

 今までずっと夢の中を生きている気分だった。だが、昨日の内山さんと五条さんを見たとき、魂が震えた気がした。魂というものがあるのかはわからない。だが、これは現実なのだと実感し、今まで観たどんな映像作品よりも感動した。

「怖いですよ。でも一番怖いのは、何もせず老いて死ぬことですから」
「君、前世は戦闘民族だったのかな?」
「ふふっ、そうかもしれませんね」
「昨日の言葉はただの慰撫だったってわけだ」
「…内山さんにはお世話になりましたから。それに、理由は違えど私が強くなれば、彼ももうあんなことしないで済むでしょう?」

 そう言って、哀しさを紛らわせるように微笑んだ。

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