編集部との打合せで今回出版する本について諸々の確認や引退の相談、手続きを終えた頃、時刻は13時を過ぎていた。表紙や帯等は内山さんとの打合せでほぼ決まっていた為、残っている仕事は然程なく話はスムーズに進んだ。といっても、すぐに引退という訳にはいかないので、2ヶ月先までちょくちょく打合せ等の予定が入っている。内山さんが担当していた業務は他の担当者さんが手分けしてこなすことになった。
五条さんによると、内山さんは呪術師ではなく呪詛師という扱いらしい。一般社会では裁けない犯罪を過去に犯している為、呪術規定に基づき処罰されるとのことだった。編集社では身内の不幸により普通退職したことになっている様で、急な出来事に編集部は大忙しだそう。犯罪者として表に出ていないことに安堵し、私は何も知らないフリをした。いつもよりずっと長い打合せで硬くなった腰をほぐす様に反らせ、手を天井に伸ばす。
本当に私に呪術なるものが使えるのだろうか。五条さんは無意識に意識を操ってるって言ってたけど、どうすれば意識してできるんだろう…。ぼーっと天井を眺めていると、部屋のインターフォンが鳴った。まだ五条さんが迎えにくると言っていた時間ではないが、早めに着いたのだろうか。しかもオートロックのインターフォンをすっ飛ばしてきたらしい。
ガチャッと玄関の扉を開けると、見知らぬ男女が三人いたかと思えば次の瞬間頭に鈍痛が走った。ぐらりと視界が回転して平衡感覚がおかしくなる。激しく壁にぶつかり、そのまま倒れそうになる前に三人組の一人が私の腕を掴んだ。
「女の子殴るなんて胸が痛むよ」
「嘘つきだね〜いたぶるのが好きなくせに」
「ベラベラ喋ってないで奥に運んで。さっさと終わらせるわよ」
腕を掴んでいた男は私をリビングまで引きずると、もう一人の男が無造作に置いたリビングチェアに座らせる。女は私の意識がはっきりしてきたことを確認すると、気味悪く笑って顎を持ち上げた。
「ふぅん、聞いてた通り綺麗な顔ね。ぐちゃぐちゃにしちゃいたいところだけど、怒られるもの嫌だから始めさせてもらうわね」
「なに、を…」
「洗脳♡」
頬を強く掴み、真っ黒な瞳で私を見る。真っ黒は広がり、この香りは…何だっけ?
「あなたは私たちの奴隷よ。私たちの言うことだけに従えばいいの。じゃあまずは…」
___頭が割れそう。痛いのは嫌…痛いのは……あれ…なんだか楽になってきた。でも…。
「あの人、なぜだかあんたを気に入ってるみたい。だから、ね?良いでしょ。何度か寝るだけよ」
「耳障りな音」
「は?」
ビチャビチャッ!と生暖かい液体が足にかかる。足湯、行きたかったんだよね。でも、ちょっと血生臭いな。
「ゔぁ…あ…ッ……」
「こいつっ!何しやがった!!?」
首を掴まれる。息苦しい。苦しいのは、嫌。ドサリと大きな音を立てて、首を掴んでいた男が倒れる。死んだ様に動かない男の脈をもう一人の男が確認する。
「死んでる…」
「何なんだよ…お前…!!!」
ピンポーンピンポーンと陽気なオートロックのインターフォンが部屋に響き、口から血を流している女と顔面蒼白の男の肩が跳ねた。
「やべえ!俺の式神で逃げるぞ!!__浮魚!!」
「ぐっ…覚ええ"な"!グゾ女…!」
トビウオの様な形をしたモノが突如出現し、二人を乗せてリビングの大きな窓を突き破る。その耳をつくような音に眉をひそめた。足元の血溜まりに視線を落とすと、自分の頭からもポタポタと血が滴り落ちる。あぁ、そういえば棒状の物で殴られたんだった。止血しないと。
ガタンッ!と、割れた窓の方から重いものを床に落とした様な音がした。今日はうるさいのが多いな。
「詩織!!しっかりしろ!おい!」