静心を繋ぎ止める

 いつもより早くシャワーを終え、部屋着のワンピースに着替える。
下着はお気に入りの物を着た。死体になっても綺麗でいられるように、詩織は普段からそうしている。
 新品のタオルを持って濡れた髪のままリビングに出ると、彼は床であぐらをかきながらテレビでニュースを観ていた。

「あ、おかえり〜。テレビ勝手につけてごめんね。台風が気になってさ」
「台風…」
「うん。大きくて遅いから、明日の朝までは注意しろってさ」
「そ、そうですか」

 またうっかりしていた。今日の朝に台風が近づいているという予報を見ていたにも関わらず、天気がよくなるまでうちに…なんて、まるでワンナイトを誘っているみたいではないか。
 だが、あのまま彼を置き去りにしていたらきっと自分を許せなかった。これ以外道はなかったのだ。と、自分に言い聞かせる。

「―――ぁ」

 気がつくと、彼が目の前に立っていた。
 少しかかんで視線を合わせ、サングラス越しにこちらをじっと見つめているのがわかる。
 心臓の鼓動がまるで太鼓のように激しくなり、体は石のように固まって動かない。

「僕を家に入れたこと、後悔してる?」
「そ、そんなことは…」
「普段から初対面の人間を家に上げるの?」
「違います…!」
「……よかった〜」
「え、?」
「だって危ないじゃん。美人さんだし、おまけにお金も持ってそうだから悪い人に狙われちゃうよ?」
「えと、気をつけます…」
「これ僕のタオル?」

 こくりと頷くと、彼は爽やかな笑顔で礼を言ってバスルームに消えていった。
 髪を乾かし、家にある中で一番大きいサイズの服を持って行く。
バスルームの近くまでくると、陽気な鼻歌が聞こえてきた。

「あの、濡れた服、洗濯機にかけときますね」
「ありがとう!助かるよ」
「着替えの服は、タオルと一緒に置いときます」

 彼の服のポケットに何も入っていないか確認し、裏返しにしてからドラム式洗濯機に入れていく。
カゴにはパンツだけが入っていなかったが、きっと見られたくないか、一緒に洗われたくないのだろう。
 その時、ガチャッとお風呂場の扉が開く音がして思わず振り向いた。
 彼は日本人離れした碧眼でこちらを見つめ、雪のように白い髪から水を滴らせながら上半身だけを扉の隙間から覗かせている。

「もう上がってもいいかな?」
「はい、あ、いいえっ。すぐに終わるのでもうちょっと待ってください…!」
「はーい」

 最後に固形洗剤を放り込みスタートボタンを押すと、急いでバスルームから飛び出た。
 光に透かしたサファイアのような瞳と絵に描いたように綺麗な顔立ち、それでいて無駄な肉が一切ない引き締まった身体。思い出すだけで胸が高鳴る。
 気を紛らすためにノートPCを開き、仕事の続きを始めた。締め切りも近いし一石二鳥だ。

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