胃袋を掴んでも

「あれ、お仕事中?」
「はい。でも気にしないでくつろいでてください」

 バスルームから出てきた彼を見ると、パーカーは少し小さいくらいだったが、下のサルエルパンツは長さが圧倒的に足りておらず脛がむき出しだった。

「服、きついですよね…」
「長さは足りないけどきつくはないから大丈夫だよ。貸してくれてありがとね」
「いえいえ、ならよかったです」
「冷蔵庫って開けてもいいかな?」
「全然。レトルトとかあると思うので、好きに食べてください。何か作れれば良かったんですけど…すみません」
「いいよいいよ。家に入れてもらえただけで大感謝」

 サングラスで目は隠れているが、詩織をキュンとさせるには十分な笑顔だった。
 邪心を祓うように首を横に振り、仕事に集中する。
詩織の集中力は凄まじいもので、手を動かして少しすれば周りの音は一切聞こえなくなった。

 30分ほど経った頃、チーズがこんがり焼ける香りが鼻腔をくすぐり、小さくお腹が鳴った。
 そういえば昼食がまだだったな。とお腹をさすりながら作業を中断してキッチンを見に行くと、鍋をかき混ぜるイケメンの姿があった。

「あ…あの…」
「あ、気づいた?すっごい集中してたから邪魔しちゃ悪いと思ってさ」
「ごはん作ってくれたんですか…?」
「そ!もうできるから座って待っててよ」

 ノートPCとタブレットを片付け、ランチョンマットをひいた上に箸、スプーン、フォークを並べる。
 子どものようにわくわくして席で待っていると、レストランのウェイターのようにトレーに乗せていた料理を並べてくれた。
 
「本日のメニューは、フランスパン、かぼちゃとほうれん草のグラタン、玉ねぎのスープでーす」
「すごい!美味しそうです!食べてもいいですか?」
「もちのろーん!君ん家の食材で作ったんだし、遠慮しないで食べてね」
「いただきます…!」

 まずはチーズが香り立つ焼き立てのグラタンをスプーンに取り、フーフーと冷ましてから食べる。
 最近は忙しくてまともな料理もできず、ただ焼いた肉や野菜をそのまま食べていた。
 だからなのか、野菜がホロホロと口の中で崩れ、とろとろのチーズと混ざり合うのを感じるだけで胸がジーンとする。
 次にスープを一口飲んだ。さっぱりした味わいで、玉ねぎの甘みが自然と頬をほころばせる。

「ん〜〜!美味しいです!」
「それはよかった。そんな美味しそうに食べてくれたら作り甲斐があるよ」

 にこにこ顔で自分を見つめるイケメンを見てはっとし、手で顔を覆う。
 ひどいにやけ顔だったに違いない。生き恥を晒してしまった。穴があるなら入りたい。

「あれ、どうして隠しちゃうの?」
「だらしない顔をお見せするわけには…」
「かわいいのに。もったいないよ」
「そんなこと言って…色んな女の子をたぶらかしてるんですか」
「君にだけだよ」
「そ、そんなの信じないですよ…」

 その純粋そうな顔に騙されそうになるが、そんなわけがないと強く言い聞かせる。
彼に恨みはないが、勘違いをしてこんなイケメンに惚れてしまえば自分を傷つけるだけだ。言うまでもなく重傷になり仕事に支障が出る。
 ジト目で見ると、彼は不思議そうに小首を傾げていた。

目次

novel top
TOP